投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「い〜しやぁ〜きぃも〜おいも!美味しいよ!!」
アウスレーゼの代わりに残りの焼き芋を売る事を課せられて、初めはやけくそだったアシュレイだが、マイクで叫ぶと、奥様達が走って来て飛ぶように売れるので面白くなってきた。
「楽しそうだね。アシュレイ」
隣でゆっくり車を走らせているティアは楽しそうなアシュレイを見ているだけで幸せだ。悔しいけれど…アウスレーゼ様の着せたフリルのエプロンはアシュレイによく似合っていて、可愛いすぎる。
「やってみると、楽しいぞ。いらっしゃ…」
「今から伺うところだったのですが、どうして焼き芋を売っているのですか?」
磯野さんちでの夕食会に向かう途中の桂花に、苦笑するティアと仏頂面のアシュレイが車から降りて来る。
「いろいろあって」
「お前には関係ないだろっ!」
「アシュレイ。今日の夕食は桂花のすき焼きがいいって言ったのは君でしょ」
ティアの取り成しに、ふんと横を向くアシュレイ。そこに、呑気な様子で柢王がやってきた。
「焼き芋かぁ。うまそうな匂いだな。なな、桂花買ってくれよ」
「ご飯前に…」
「いいだろ!一つくらい」
「仕方ありませんね」
「よっし、半分こにしようぜ!」
柢王は半分に割った焼き芋をかじって、美味いっ!と残りの半分を桂花に差し出す。
「夕食が食べられなくなるから、結構です」
「そう言わずに上手いから食えって、ほら、あーん」
「んんっ…強引な…あぁ、美味しいですね」
「だろ!落ち葉で焼いても上手いけど、やっぱ一味違うぜ」
「柢王、口の横に焼き芋が付いていますよ」
「ん?」
いい事思いついたと柢王は笑って、桂花に口元を指し示す。
「子供ですか?あんたは…」
柢王の笑顔に負けて、桂花は顔を寄せる。
「こうしての食べるともっと上手いだろ?」
「まったく、あなたって人は…」
なんて、羨ましい。あれくらいしてくれないかなとティアがアシュレイを見ると、どこからか現れたアウスレーゼ様と戯れていた。
「やった!最後の一個が売れた!!…終わったぞ!!」
「それは、よかった。あぁ、疲れた」
肩をたたく素振りのアウスレーゼに、アシュレイはくってかかる。
「何もしてないだろ!俺とティアがほとんど売ったんだぞ!!」
「…アウスレーゼ様。初めからアシュレイに手伝わせるつもりでしたね?」
この人が、アシュレイの払い忘れに気付かないはずがない。それにティアは焼き芋屋が来た事にも気付かなかったのだ。アシュレイがギリギリ間に合う位置でわざと売っていたとしても不思議ではない。
「どうだろうね。最初は楽しかったんだけどねぇ」
退屈したとアウスレーゼ様は宣って。あきれ顔のティアと怒るアシュレイだ。
「…アウスレーゼ様」
「な、何だと!」
「終わりよければ、すべてよしと言うではないか。アシュレイのエプロン姿は可愛いぞ」
アシュレイの姿を眺めてご満悦のアウスレーゼに、アシュレイはわなわなと怒りに震えた。
「謀ったな!」
「財布を忘れたそなたが悪いのだよ」
我には、好都合だったがとアウスレーゼ。
「うっ…」
「なんだ、また財布を忘れたのか?」
もはや天才的だなと柢王が言えば、桂花も財布を忘れるなんてあり得ないとあきれ顔だ。
「学習力なしだな」
「なんだと!」
アシュレイの関心が桂花に向いたところで、アウスレーゼの悪魔の囁きがティアの耳に入った。
「子猿が着ているエプロンはプレゼントするぞ。あれは普通に着ても可愛いが、…エプロン試してごらん。」
その夜、アシュレイがエプロンでティアに泣かされたとか、なかったとか…ただ確かな事は、その時のエプロンがティアの秘密の宝物となった事だけ。
…あの時のエプロンだ!思い出しただけで、恥ずかしくて顔から火が出そうなアシュレイだ。
「今度こそ捨てるからな!」
「それは駄目っ!」
捨てられては困るティアは必死な顔ですがりつく。
「だって、それは大切な僕とアシュレイの思い出のエプロンなんだよ。アシュレイが見たくないなら、見えないところに隠すから!」
「絶対、捨てるっ!!」
ティアの記憶も消したいくらいなのにと、エプロンを破る勢いで握りしめるアシュレイだ。
「じゃあ、またしてくれる?あれから、一度もしてくれなかったじゃない」
「しないっ!」
「なら、これは僕の宝物にしてもいいよね?それとも…してくれるの?」
どっちがいいの?と甘く囁くティアに、なぜ窮地に立たされているのかわからないアシュレイだった。
次の日の氷暉の日記には、アシュレイ姉さんは朝起きてこられなかったが、ティア義兄さんは上機嫌で小遣いをくれた。
作戦は成功して水城にいつもは食べられない100円のアイスを買ってあげられた。
この手は使える。
エプロンは柢王おじさんがティア義兄さんにこっそり頼まれて保管する事になったらしいと書かれた。
「君、盗みは立派な犯罪だよ?」
「アウスレーゼ様!?」
「ふふっ、今は焼き芋売りのお兄さんだよ。さて、代金を頂こうかな」
優雅に焼き芋の絵が入ったエプロンを見せるアウスレーゼに、ティアとアシュレイは気まずく視線を絡ませる。
「…」
「おやおや、本当に泥棒だったのかい?いい度胸だね」
「違うっ!財布を忘れただけだ!!」
「ふーん」
何か言われるよりも、アウスレーゼの視線が怖い。
「ううっ、すぐ取りに帰るから!」
走って帰ろうとするアシュレイの肩に手を置いてアウスレーゼが囁く。
「それより、体で払ってもらおうかな」
「なっ!?」
「アシュレイと僕は結婚しているんですよ!」
アシュレイを背中にかばったティアは自慢げだが、アウスレーゼは首をかしげた。
「何か、問題があるだろうか?…あぁ、不倫も楽しそうだね。むしろ、好都合ではないか。マダムキラーと呼んでおくれ。ふふっ」
マダムキラーってホストじゃないんだから…ティアは頭を抱え、なんて恥ずかしい事をとアシュレイは頭から湯気が出そう。
「…アウスレーゼ様。マダムキラーなんて言葉をどこから…」
「変態っ!!」
「ふふっ…交番に行ってもいいのだよ?磯野さんちのアシュレイがってみんなに言われてもかまわないのかな」
そんな事になったら、会う人みんなに、今日は財布を持っているか聞かれそう…それはイヤだと焦るアシュレイ。
「ううっ」
ここは夫として、妻を魔の手から守らなくては。
「アウスレーゼ様っ!!…代わりに僕が…」
「何言ってるんだ。俺の所為なんだから俺が責任をとる!」
アウスレーゼがキラーなのはマダムだけではないのに、ティアに身代わりなんてさせられるわけがないと、アシュレイ。
「駄目だ、アシュレイ。何をされるかわからないんだよ」
「おやおや、期待には答えないといけないかな?」
アウスレーゼの流し目に色香がこめられる。やぶ蛇だ。ティアとアシュレイは手に手を取り合って今にも逃げ出しそう。
「ふふっ。仲良き事はよき事かな。逃げたらどうなるかわかってるね?…まあ、二人一緒でも、我はかまわないよ。さあ、おいで。」
気分はドナドナ…楽しそうなアウスレーゼに連れていかれて。
「ちょっ…やめっ…そこ触んな…」
アウスレーゼの手から逃れようとアシュレイは身を捩る。
「駄目なところばかりではないか。ん?」
「んっ…そこもダメだって!くすぐったいだろっ!!」
そんなわけで、アウスレーゼは「これも罰だよ」とアシュレイにフリルのエプロンを着せている。
「相変わらず、敏感だね」
「相変わらず…?って、どう言う事?アシュレイ!」
アシュレイにエプロンを着せるのは僕だけの特権なのにと悔しそうに見ていたティアの目が吊り上がる。
「な、なんて事言うんだ!何もないって!!(あれは、内緒だって言っただろ!)」
小言のつもりのアシュレイ。
でも、聞こえてるよ。
アウスレーゼ様の意味深な笑みに、ティアは「夜が楽しみだね」と呟いて、アシュレイのお仕置き決定か?…
ガラガラガラ…
「ただい…ま?」
ティアが玄関を開けると、アシュレイが怖い顔で待っていた。あきらかに怒っている。今日は会社帰りに飲んでないし、思い当たる事はないけれど、おそるおそる尋ねた。
「…ど、どうしたの?」
「どうしてこれがあるんだ?!」
仁王立ちのアシュレイの手に握られているのは、フリルの愛らしいエプロンだ。あれは、ティアが絶対に見つからない場所に隠したはずなのに。
「な、なんでっ!?」
ティアの動揺に義弟の氷暉が自慢そうに笑う。
「ティア兄さんの隠し事見つけてやったぜ。感謝の気持ちは形でな」
「なんだ、小遣い目当てなのか、ちゃっかりしてるな」
ティアはアシュレイが小遣いを渡すのを神妙な顔で見ながら、僕だったら口止め料に倍出すのにと悔し涙を流していた。
「兄さん、いいな!」
羨ましそうな水城に優しい目をした氷暉が言う。
「明日のおやつはアイスだ」
やった!と水城が歓声をあげて駆けていく兄妹を尻目に、アシュレイの尋問が始まる。
「あの時、捨てろと言ったエプロンがここにあるのはなぜか説明しろっ!!」
…あれは確か、まだ寒い季節だった…
「ティア!どこ行くんだ?」
茶色の紙袋を抱えて上機嫌なアシュレイが走ってくる。
「それは、こっちのセリフだよ。行ってきますの挨拶もしないで」
日曜日の午後をのんびり過ごしていたら、突然アシュレイが家から飛び出して行ったのだ。
「あっ、あんな恥ずかしい事いちいちしてられるかっ!」
「新婚さんは、みんな必ずするものなんだよ?どうして、恥ずかしいの?」
嘘だけれど…外国式挨拶を習慣にしたいティアはアシュレイの弱みである哀しげな顔で訴える。
「ぐっ…た、ただいまはするから!」
「本当に!!」
「あ、あぁ…」
覚えてたらと、呟くアシュレイだ。
「じゃあ、行ってきますは、今してもらおうかな?」
「なっ!…こ、こんな公園で、何考えてるんだっ!」
逃げようとするアシュレイに、誰も見てないからとティアは囁いて。
「んーんん??」
甘い匂いにティアが目を開けると、ホクホクとした焼き芋が目の前に。
「ほ、ほら、あーん…」
アシュレイのごまかしにティアはうらみがましく口を開ける。
その顔を可愛いとアシュレイが思ったのはティアには絶対内緒だ。
「う、美味いだろっ!」
とりあえず、耳まで赤い恥ずかしがりやのアシュレイの手から食べさせてもらえた事でティアは満足して。
「うん、美味しいよ。これを買いに行ってたの?」
「そう!音が聞こえたから、急いで買いに…ああっ!!」
「ど、どうしたの?」
「…お金払ってない…かも…」
「ええっ!?食べちゃったよ」
アシュレイは焼き芋を買った時の事を思い出しながら、ふと大事な事に気が付いてポケットを探る。
「ない…!!急いで出てきたから、財布を持って来るの忘れた…ティアは?」
アシュレイの期待するような上目遣いは可愛いけれど。
「僕も持ってないよ…」
ティアの困ったような視線に、新婚をからかわれたから恥ずかしくて逃げてしまったのだとは言えないアシュレイだった。
Powered by T-Note Ver.3.21 |