投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「ええっ!!ここも売り切れーっ!!」
とうとうアシュレイは店先に座り込んでしまった。
それもそのはず。商店街にある八百屋、八軒すべてを回ったのだから。
「ちっくしょうーーーっ!!あのジジィめーっ!!」
あの老人が買い占めたことは一目瞭然。
行く先々に、あの強烈なニンニク臭がただよっているのだから。
怒ったところで全ては後の祭り。
悔しくても仕方ない。汚れを払い立ち上がり顔を上げると、斜め前の薬局が目に入る。
「そうだ!!」
またしても閃き感じアシュレイは、薬局目指して駆け出した。
「けっ、桂花!!なんでオマエが」
「パートです」
アシュレイを白衣姿で迎えたのは従兄弟の嫁、桂花だった。
金遣いの荒いダンナを持つ桂花は、家計を支えるため資格を生かしパートに出ていたのだ。
「ここは薬局です」
馬鹿にした桂花の態度に瞬時アシュレイは背を向けた。だがティアの白い顔を思い出し腹に力を入れると再び桂花に向き直る。
「俺じゃない。ティアだ」
「守天殿? あの方に何か?」
ティアの名を出した途端、先ほどの態度はなりを潜め、紫の瞳に真剣さが増す。
「いや病気でも怪我でもない。ただ、このところ疲れてるみたいで」
「そりゃ、そうでしょう」
桂花はフンと鼻を鳴らし、チラリとアシュレイを見る。
引っかかりは無視することにアシュレイは続ける。
「何か滋養剤でも――」
「滋養剤?」
桂花は眉をひそめる。
「―――あなたの前でも元気がないんですか? あの守天殿が?」
頷くアシュレイ。
「―――そのエプロンでも?」
「なんだよ突然!!」
「いえ、見覚えがあるような気がしたので」
「あっ・・・悪りぃ。柢王にもらったヤツだった」
桂花に悪いと思ったのだろう、アシュレイはわすがに頭をさげる。
そんな素直な態度に硬かった桂花の表情も和らぐ。
「似合ってますよ。ってより貴方用に誂えたものでしょう。 守天殿はご覧になりました?」
「いや、さっきおろしたばかりだ」
「だったら滋養剤はいりません」
桂花はきっぱり言いきる。
「それより貴方に」と桂花はカウンターにあるドリンク剤をズイと差し出した。
「何だよっ!?」
「新発売の滋養剤です」
「俺ぇ!?」
「明日の朝には必要になります」
再度桂花はきっぱり言いきると、カウンターにある数本のドリンク剤をアシュレイの買い物籠にすべらせた。
慌てて返そうとするアシュレイに「買い物はいいんですか?」と桂花が時計に目をやる。
つられて時計を見たアシュレイは飛び上がる。
買い物どころか、ティアが帰って来る時間ではないか。
予定変更。ティアを迎える如く駅へとアシュレイは慌てて薬局を飛び出した。
「間違って守天殿に飲ませなければいいけれど」
それは、それで楽しいかも。
慌てて去ったアシュレイにくすくす笑っている桂花の前に、旦那柢王が現れた。
「早いお帰りで」
「週末だぜ。おまえに会いたくて直帰で帰ってきた。もう上がれるだろっ」
彼特有の軽口ながらも桂花の心ははずんでいく。
「タイムカードを押してきます」
冷静を装いつつも足早に、桂花は店の奥へと姿を消した。
桂花を待つ間、柢王は店内を探索する。
薬局というのは中々に面白いものが潜んでいる。
野生の感。早速カウンターにある見慣れぬドリンクに手にとると、その効能にニヤリと笑う。
「効き目は身体で試さなきゃな♪」
試飲品をいいことに数本まとめて飲み干した。
「お待たせしました」
「さ、とっとと帰るか」
サッと袖で口を拭い柢王は、帰り支度で現れた桂花の腕をとり店を出た。
空きビンは既にゴミ箱の中。証拠隠滅にぬかりない。
柢王の手がいつもより熱いことに、桂花はまだ気づかなかった。
アシュレイが全速力で駅に向っている頃、ティアは電車に揺られていた。
帰宅ラッシュの少し前。座ることはできないがこれくらいなら快適だ。
アシュレイと結婚する前のティアは新幹線以外電車は乗ったことがなかった。
だから初めて電車通勤をした日は驚き、何十本も電車を見送ったものだ。
けれども世の中は学習。今では人波に交ざって電車に乗り込むことも、痴漢と間違えられないよう混雑した車内では両手を上げることも覚えた。
疲れないといえば嘘になる。だが今の生活すべてがティアには何よりも愛しく、守りたい存在であった。
「初めての定時だもん、花でも買って帰るかな」
愛妻を思うと仕事疲れなど吹き飛んでしまう。
到着と同時に電車を飛びおり、一気に階段を駆け上る。
「おかえりーっ」
元気な声に顔を上げると、愛妻アシュレイが改札越しにいるではないか!!
ティアが気付いたと知り、アシュレイは買い物籠をぶんぶん振っている。
そんなアシュレイに感激し涙を浮かべるティア。
慌てているせいで幾度も自動改札にひっかかり、やっとのことアシュレイの前にたどりつき―――――――ピキン―――――・・・。
浮かんだ涙もそのままにティアは固まった。
ウィンクいちごが原因であるのはいうまでもない。
「アッ・・・・!!!!アシュレ・・・イ!!」
「どうした? 疲れたのか?」
「どっ、ど、ど、どしたの?(その格好)」
「おまえ定時に帰るっていうから買い物にきたんだけど・・・」
「かっ、買い物?」
ティアはペタンコの買い物籠を覗き込む。
「うっ」
「どうした!?ティア!!」
掌を鼻に、いきなり身をかがめたティアにアシュレイもしゃがみこむ。
「鼻血? のぼせたか? そんな混んで見えなかったけど」
言ってアシュレイは顔を曇らせた。
「う、うん。のぼせたみたい(君に)」
(ア、アシュレイっ、滋養剤まで!!夢にまで見る上げ膳据え膳っ!!)
ティアの脳内は、もはやマグマ状態である。
「平気か? やっぱ夕飯はさっぱりしたものに・・・おまえ何が食べたい?」
「そんなの決まってる」
きっぱり言ってティアはスクッと立ち上がると、空いた片手でアシュレイを掴み、家に向ってグングン歩き出した。
「夕飯がまだっ・・・なぁ出前にすんのか?」
ウブな新妻はまだ気付いてない。
自分が何よりのご馳走であることを。
夕日がエプロンを薔薇色に染める。
純真な新妻はその後何色に染まるか。
それは明日のお楽しみ。
「ううーーーむ」
昼下がりアシュレイは卓袱台にひじをつき唸っていた。
つけっぱなしのテレビも、かじりかけの煎餅もそのままで。
と言うのも昼過ぎにきたティアの『今日は定時で帰ります』メールのせいだ。
二人はめでたく結ばれたものの上司エンマの妬みから、早出、残業あたりまえ、休日返上とティアの過酷労働が続いている。定時帰宅など結婚以来初めてのことだ。
「今朝はいつになく白い顔してたな。 貧血かも・・・よぉし今夜はいっちょ俺が腕をふるって」
意気込んだのも束の間、イザ献立を考えると何も浮かばない。
間の悪いことに頼みの母は、お隣さんから譲り受けた宿泊券で家族と共に温泉旅行。
「食材見て決めるか」
今更ながら時間の無駄を悟ったアシュレイはヨッシャと立ち上がると台所にむかった。
いつもどおりにエプロンに手を伸ばし、今朝洗ったことを思い出す。
エプロンなくとも家事はできるのだが、割烹着を主婦の制服と着こなす母を見て育ったアシュレイには外せないアイテムだ。
「参ったな・・・そういえば柢王にもらったヤツがあったような」
思い出すと同時に押入れに直行。ゴソゴソとそれらしき箱を引きずり出す。
「これだ」
満足気に呟き箱を開けると、うっすら見覚えある白いエプロンがあらわれる。
ティアと一緒になった祝いにと有名デザイナーにかけあい柢王がプレゼントしてくれた逸品だ。
「やたらビラビラが・・・。 けど動きやすいし、ま、いっか」
一般のものよりフリルが多く、丈は短い。けれど動きに支障がないのでアシュレイはサッサとそれを身につけた。
あの時鏡を見れば!!後々アシュレイは後悔することになるのだが、その時はまだ何も気づかない。
光りの加減によって現れる『Eat Me』のロゴと誘うようなウィンクいちご柄を。
「ちわー、三河屋でぇすっ」
勝手口からの聞きなれた声にアシュレイは台所にひきかえした。
御用伺いの空也だ。
空也は現れたアシュレイを見るなりカチンと固まった。
「ちょっと待ってくれ」
空也を見ずにストック確認を始めたアシュレイは彼の奇異な様子に気付かない。
「んーーー、母さん出かけてるから何が切れてるのか・・おっと醤油がねーな、いつもの濃い口醤油一升・・・と」
「――――奥さんお留守なんですか?」
復活進行形の空也がシドロモドロつぶやく。
「そ、隣から温泉旅館の宿泊券もらって家族総出で出かけたんだ。俺も行くつもりだったんだけどティアが休みがとれなくてさ。アイツひとり置いてくわけいかねーだろ」
「なるほど。・・・それで・・・」
(今日はふたりきりなんですね)空也は言葉を飲み込んで、したり顔で頷く。
「醤油は玄関先に置いておきますね」
彼なりの気遣いを見せ「まいどー」の声をかけると空也は急いで立ち去った。
「なんでぇっ、アイツ」
逃げるような空也に眉をひそめ、アシュレイは冷蔵庫を開けた。
賢明な母はアシュレイが料理をするなど思いもしなかったのだろう。中は見事にスッカラカン。
「チッ!!よおしっ、まずは買い物、買い物っ」
舌打ちしながら買い物籠を引き寄せると、白いエプロンをはためかせ、アシュレイは外へ飛び出した。
「レバニラ、餃子に焼肉、ドジョウにうなぎ」
慌てて出てきたものの献立は何も決まってない。思いつくまま精のつく料理を口にし歩いていると、馴染みの本屋にさしかかる。
毎度買い物の際、立ち寄る場所だ。だが今日は、と通り過ぎようとし立ち止まる。
「その手があるな」
閃きを感じポンと手を打ちアシュレイは、意気揚々と本屋へと入っていった。
「ううーーーーむ」
「何かお探しですか?」
本屋ナセルがアイュレイの背後から声をかける。
「今晩の献立」
料理本に顔をつっこんだまま、アシュレイはぶっきらぼうに答える。
そんなアシュレイの態度にもナセルは終始笑っている。
立ち読みにうるさいと評判のナセルだが、心酔しているアシュレイは何時何時でもフリーパス。茶や菓子まで出る特別待遇だ。
「なにか要望でも?」
「バテバテの家のモンにスタミナつけてやろうと思って、何か精のつくものをっ・・・・駄目だ!!難しすぎる!!」
パタンと本を閉じアシュレイは、クルッとナセルに向き直る。
途端ナセルはピキンと固まった。
原因はもちろん『Eat Me』とウィンクいちご。
(アシュレイ様っ、なんて情熱的な!!そりゃバテるでしょう若旦那)byナセル
「やっぱレバニラかな〜」
ナセルの脳内思考など知るよしもなくアシュレイはブツブツつぶやく。
「レ、レバニラ!!駄目ですっ!!そっ、そりゃ精はつきそうですが・・・」
「あん? おまえレバニラ嫌い? じゃあ餃子はどうだ?」
「いえ、餃子はっ・・・」
「えーーーっ!!なんだよっ、じゃあ焼肉っ」
「焼肉っ!! そんな、あからさまなっ!!」
「もういいっ!!」
何を言っても否定するナセルにアシュレイは怒って外へと飛び出した。
「ナセルの奴、俺が料理のひとつもできねーと思ってやがるっ」
悪態を吐きドスドス歩いていると八百屋にさしかかる。
色とりどりの野菜や果物に引き寄せられ、アシュレイは立ち止まった。
店に踏み込みグルリと見回すと、何故かニンニクが目についた。
直感を感じ手を伸ばしかけたアシュレイだったが、目眩を感じしゃがみこむ。
突如襲った強烈なニンニク臭のせいだ。
臭いは更に強くなる。
それもそのはず、臭いの元がアシュレイの隣にいるのだから。
いつの間にアシュレイの横にいたのは、全身紫でコーディネートしているヨボヨボ老人。
その奇抜な装いは、まるで変わったオブジェのようだ。
老人は異臭でへたり込んでる人々にはお構いなしに、ヨロヨロ押してきた歩行器の上によじ登り、ニンニクの山に狙いを定めるとピョンと一気にダイブした。
息を呑む外野は何のその、両手いっぱいニンニクを抱え、アシュレイ同様しゃがみこんでいる店主にニンニク臭の浸みこんだ貨幣を渡すと、慣れた様子で歩行器の荷台に詰め込んだ。
そして勇ましく拳をふりあげると「ニンニクパワーぢゃ!!」と雄叫びを揚げ、くの字に曲がった身体には信じられないスピードで歩行器(ニンニク)と共に去って行った。
アシュレイが立ち上がれるようになった時には、もはや一欠けらのニンニクも残ってはいず。
「ちっくしょーーーう!!」
別段ニンニクが必要というわけでもないのだが、なけりゃ欲しくなるのは人の常。
主旨のズレには気付かずに、今やニンニク獲得を使命にアシュレイは白いエプロンをはためかせ全力で駆け出していった。
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