投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「もしかして、柢王って人気ないのか?」
「そんなことないだろ。あいつ、好きなキャラ『柢王』つってたしよ」
突然真剣に、しかもむきになって言い合い始めた俺達に、カウンターの奥で開店準備をしていた卓也さんとテーブル席にいたはずの二葉が、驚いたようにこっちを見ながら互いに近寄りひそひそ話をはじめた。
確かに、小沼から本を受け取ってからこっち、寝食そっちのけで俺が没頭してる本に興味を持った二葉に、読み終わったものから順に渡してって、ふたりで簡単な感想も話しあったりしたけど。
卓也さんも読んだのか?(って言うか、小沼、読ませたのか?)
「だったら、」
突然にっこりと、どこから現れたのか(もちろんドアからだけど)、いつのまにか一樹さんが俺達の横に立っていた。
「ふたりとも、なんで、柢王じゃなくて、ティアなわけ?」
「卓也は」
「二葉は」
「「つまみ食いなんて」」
「しないもんっ!」(by:小沼)
「しないよ!」(by:俺)
「…プッ、ははははは!」
意図せず同時にハモった俺達の答えに、一樹さんは大爆笑だ。そして、
「信頼されてるねぇ、二人とも」
卓也さんと二葉のほうに向き直ったかと思うと、
「…信頼、じゃなく、願望?」
微笑で問いかける。
「信頼に決まってんだろ!」
「…そういうことだ」
二葉の言葉に、厳かに卓也さんが同意する。
…って。
一樹さんもこのシリーズ知ってるんだ?
意外な感じに少し驚きつつも、一樹さんなら、なにを知ってても不思議じゃないって思ってしまう。
あ、もしかして、一樹さんも小沼経由とか…?
「でもさ、」
俺が二葉達や一樹さんに気を取られてる間に小沼は考え込んでたようだ。
「二葉こそ、ティアっていうのは無理がないか?」
確かに、髪の色が少し似てるくらいに思うのが普通なんだろうけど。
「…ティアってさ、ちょっと乙女入ってるだろ?」
「オトメ…って、あのオトメ!?」
いや、あのオトメがどのオトメかはわかんないけど。
「字で書くと乙女座の乙女…なんだけど。…なんかこうティアって、アシュレイとのこといろいろ楽しく想像したり…夢見がちっていうの?」
『それは妄想だよ。忍』
あとで聞いたんだけど、心で一樹さん、突っ込んでたとか。
「ああっ…あるあるっ! そうそう、二葉もそゆとこあるよね〜!!」
『…ありすぎなくらい、あるな』(by:一樹さんツッコミ)
お腹を抱えて大うけしてる小沼に、俺は苦笑とともに頷く。
「でもそういうの、卓也はないからなぁ…」
「小沼…」
乙女な卓也さん…は、俺もないとは思うけど。(ていうか、あったら…ちょっとこわい…かな?)
でも、残念そうな、少し悔しそうな小沼に、俺は卓也さんも二葉とそんなに変わらないよって喉まで出かかったけど我慢した。それは、俺が言うことじゃないと思ったんだ。
あとで聞いたら同じように一樹さんも思ったけど、やっぱり心にとどめておいたんだって。
『卓也も、人一倍嫉妬深くて、たぶん妄想家だよね』(by:一樹さん、心のツッコミ)
そんなふうに束の間会話が途切れ、小沼になんて声をかけようか迷い始めたとき、
「そういえばティアも、アシュレイの前に使い女の皆さんや他多数の女性の方をつまんでたみたいだけど?」
一樹さんが俺と小沼を試すように訊いてきた。
「過去は振り返らないから関係ないね!」
「少しは振り返れ」
小沼の速攻レスに、双子のように卓也さんと二葉がハモり声が小さく響く。
「俺も…過去は気にしても仕方ないし、やっぱり大事なのは今だと思うから…」
伊達に人生の半分付き合ってきたわけじゃない。
気にしすぎて疑いだしたらキリがないし、過去どころか、今だってちょっとしたことで嫉妬することもあるくらいなのに。
二葉は自分のほうが嫉妬深いって思ってるようだけど、そんなの俺だって変わらない。
信じてたって、そういうのは別だよ。でもだから今を、目の前の現実を大切にしたい。それでいいって思うんだ。
「じゃあ、アレは気にならなかったんだ?」
「「アレ?」」
「過去のつまみ食いはいいとしても、『無限抱擁』でつまみ食い…って言っていいかどうかわからないけど、されてたよね彼、アウスレーゼ様に」
「…あんなのっ、ティアじゃない! ネフロニカって仙台市の奴に乗っ取られたからだもん!」
…それを言うなら、先代守天だよ小沼。
すぐに自分の覚えやすい言葉で記憶するんだから。
「ティア自身の意思で関係を継続することになったんだと思うけど?」
「う…うぅっ…忍ぅぅ…」
意地悪な一樹さんの言葉に、小沼が助けを求めて俺を見る。
「あの行為は、アシュレイを守るためのものだから、そういう意味あいのものでとらえたくないって言うか…。あれが、あの方法だけがティアにできる、ティアの闘い方だったんじゃないかなって…」
「うう、そうだよねぇ忍!!」
「それに、俺の場合、自分の思い込みでティアの中にちょっとだけ二葉を見つけただけで…。イコールってわけじゃないし…」
「そそ、そうだよ!! 俺だって、ティアと卓也が全くおんなじだなんて思ってないもんっ」
「了解…。イコールでも全く同じでもないけど、邪道の中では、ティア系かなってだけなんだね。それに、アウスレーゼ様とのアレは、仙台市…じゃない、先代守天のネフロニカに乗っ取られてたせいで、ティアにはあれがアシュレイを守るための闘い方だったんだと」
「あったりまえじゃん! ティアも卓也もバリバリの攻め男なんだから!!」
小沼……。
なんだよ、そのバリバリ攻め男ってのは……。
「忍は?」
「え、あ、そ、そう…俺もそんな感じかな…?」
ていうか、一樹さんのその冷静なまとめぶりがちょっとこわいんだけど…。
「ふーん、そうなんだ、バリバリなんだ。…ところでふたりとも、ノベルズは読んでないんだね?」
一樹さんが意味深に問いかける。
「って、それって絶版だもん、当たり前じゃんっ」
「俺も読んでませんけど…」
てことは、小沼経由じゃないんだ。
いや、別にどうでもいいんだけど…。
…やっぱりなんか、一樹さんって深い。
「…フフフフフ。そうか。あはははは」
「な、なに? なんだよ一樹!」
「いや、ふたりとも、彼氏がティア系だと思ってるんならそれでいいじゃないか。仲良くふたりともティア系で。…ふ、ふはははは」
「…やだよ、なんか。気持ち悪いよぉ」
「かか一樹さん、な、なにかあるんなら教えて下さい」
心底楽しそうな一樹さんに、俺と小沼の不安度を示す値は急上昇だ。
「それじゃネタバレになっちゃうよ、忍。いやだろ? 読む前にネタバレは。…うーん、でもそうかぁ、それじゃあ、俺は、山凍あたりもらっとこうかなぁ。ちょっと無口っぽく見えるとこがうちの犬に似てる気もするし。他にも努力家とか勉強家とか独学家(?)とか共通項があるようだしなぁ。…でも、ティアか、そうかぁ。卓也と二葉がねぇ。…イコールでなく、忍的にオトメと思うなら、リバも問題ないだろうね。生粋のリバ。リバというより受けかも」
…犬?
リバ?
一樹さんの、最後つぶやくような小さな声が、俺の耳に響いた。
犬? 山凍に似てる犬?
無口な犬って…あんまりじゃれたり吠えたりしない大人しい犬ってことかな?
や、それより、俺的にリバは問題ないって、どういうことだろ。
リバ…?
略語?
リバ…リバティとか?
解放…? 自由?…ってことか?
「一樹さん、リバって…」
「駄目だよ、忍。俺はネタバレは絶対しないから、ね? そういえば、実は俺もティアに似てるって言われたことあるよ」
「一樹さんも?」
「そう、俺の知り合いにもそのシリーズ愛読してる子達がいてね」
そう言って柔らかく微笑む一樹さんに、俺も最初はティアって一樹さんみたいだなぁって思いながら読んでたことを思い出す。
「俺も…俺も最初読んでてそう思いました」
シリーズ中のティアの絵柄が一樹さんとちょっと似てるっていうのもあるかもだけど、実際見て知ってるわけでもないのに、ティアの毅然とした態度や優雅な物腰、優しい光りのような雰囲気に、一樹さんを思い描いてた。
『俺とティアが似てるっていう愛読者の彼女達の理由は、忍とは違うと思うけどね』
俺の言葉に、まぶしいような微笑を返してくれた一樹さんの心の声は、当然ながら聞こえなかった。
「…リバって、リバって、受けってーーーーー!?」
そんな俺達の横で、小沼が蒼白な顔でなにごとかぶつぶつつぶやいている。
「うわーんっっ、嘘だろーーーーーっっ!?」
「お、小沼…?」
なにごとかと小沼に伸ばした手を、突然二葉に掴み取られる。
「ちょっといいか」
「え? あ、ちょっと待って二葉、いま小沼が」
「キョウは卓也にでも任せとけよ。それよりおまえ、俺がティアに似てるって言ったよな」
二葉の真剣な様子に、小沼のことが気になりつつもとりあえず二葉の問いに答える。
「…似てるって言うか。どっちかって言ったらティア系かなって…」
「で、おまえの好きキャラは『柢王』なんだよな」
「好きって言うか、…まぁ、あの本の中では好きかなって…」
「俺がティア系だって言っておきながら、おまえの好きキャラは柢王なんだな!?」
確認を求める声に、小沼に気を取られてた俺は、
「だから、そうだって言ってるじゃないか…っ」
そう返して、自分の失態に気づいたときには遅かった。
「ふ、ふたば…?」
「…フッ。そうだよな。最初から俺、おまえのタイプじゃなかったみてぇだしよ。長かったもんなぁ、片思い期間。ああ、俺、ティアの気持ちがよく分かるよ。アシュレイをずっと思って(遠見鏡で)追っかけてさ…。そうか、俺ってティアなんだなぁ…」
うなだれて、ぼそぼそひとりで話してる二葉がこわい…。
「ふふふたば…? ご、ごめん、そんなつもりじゃなくて…えっとなんていうか…俺、柢王は好きなキャラだけど、それはあくまで『お話』の中のことで、現実とは全く別問題だから…」
あああ、うまい言い訳(自分で言い訳と認めてるあたり…)が思いつかない…。
「そ、そうだっ、それにっ、二葉だって邪道の中での好きキャラはアシュレイだって言ってたじゃないか! で、そのあとで『忍はどっちかってぇと桂花系だよな』って!!」
「…そそ、そんなこと、俺言ったっけ…?」
「言った。…俺も桂花は好きだけど、あのときちょっとショックだった…」
「…え、マジ!? 俺、言ったか!?」
よーし、もう一息だ。
「…アシュレイって、ちょっと小沼みたいなとこ、あるよね」
二葉から見て斜め30度にうつむき、伏目がちに小さな声で言ってみる。
「や、そりゃ違うって!! …そう、現実と本は違うって、さっきおまえも言ってたじゃん!! そ、そういうことだよ!! なっ!?」
俺の両肩を掴んでがしがし揺さぶりながら、二葉が懸命に同意を求めてくる。
「…うん、そうだよね」
ちょっと頭がクラクラしたけど、ゆっくり二葉を見上げて微笑んでみせる。
「俺、今夜は二葉の作ったゴマダレの冷やし中華が食べたいな」
「ゴマダレでもタマスダレでも、まかせとけっ!」
感極まった二葉が突然抱きしめてくる。
『石の余韻』でアシュレイに珍しく色仕掛けされてるティアを思い出した。
…こういう単純なとこも、ティアに似てるって思ったんだよなぁ。
俺は思わずこぼれそうになった笑いを飲み込んだ。
ていうか、「冷やし中華で愛の証明!!」と変な具合に燃えてる二葉はそろそろ連れて帰ったほうがいいかも…。
一樹さんの言葉や小沼のことも気にはなるけど。
見れば、いまだプチ恐慌状態の小沼を挟んで卓也さんが一樹さんになにごとか訊いている。
小沼のことを心配した卓也さんが、一樹さんにノベルズのこととかリバとか…そのへんのことを聞き出そうとしてるのかな。
「来てたんだ、忍ーーっっ♪♪」
「キョウ! てめっ…危ねぇだろっっ!! 忍がひっくり返ったらどうすんだっ」
小沼の甘ったれ声に、二葉の怒声が重なる。
一瞬驚きに息を呑んだ俺は、突然身体を拘束されて身動きが取れない。
「ねっねっ、アレ、読んだ〜〜っっ?」
マイペースな小沼のことはこの際ちょっと置いといて、ぎこちなくだけどなんとか二葉のほうに目をやれば、二葉も半分固まったまま心配そうにこっちを見ていた。
(――だ…大丈夫だから)
そう二葉に目顔で告げると、ほっとしたように緊張を解いたのがわかった。
それから改めて小沼に訴える。
「小沼、暑いし危ないから、やめないか? それ」
それ、というのは小沼の挨拶。
最近の俺限定の挨拶で、いきなり背後から飛びついて首に両腕をまきつけてくる。
小沼としては親愛のつもりの行動でも、これが自分でもそのうち真剣に落ちるんじゃないかと思うほど見事な絞め技になるときがあって……。
そろそろ止めさせないと本気で危険かもしれないと思ってたところだった。
「忍がつめたい…」
今も入り口から一番奥にあるカウンターの椅子に座る俺めがけ、迷うことなく突撃ダイブしてきた小沼は、そんな俺の反応に「うえっ…」と泣きまねしてみせて、尚更ギューギューしがみついてきた。
「わ、わかった、いいよもう好きにして」
「えへ。だから好きさっ」
「…ったく、」
しょーがねぇなぁ…って声と共に、再びテーブルの新聞に目を落とす二葉に心で謝る。
でも、なんでか俺、小沼には甘くなっちゃうんだよな…。
相変わらずな自分に呆れつつ、やっぱり暑いしちょっと苦しいので、そろそろと小沼の腕の輪を広げようと試みる俺だった。
偶然お盆時期と重なった休みも今日で終わる。
小沼に明日からのスケジュールの確認も兼ねて、俺は二葉と夕飯の買い物がてら開店前の『イエロー・パープル』へと足を運んだ。
『ロー・パー』は俺達より一足先に休みを終えて、今日から営業なのだそうだ。
特別用事がなければ、小沼はたいてい卓也さんと一緒のはず。
でも、そう踏んで訪れた俺の予想は見事にはずれ、そこに小沼の姿はなかった。
自宅の電話も携帯も留守電。
仕方なく確認事項のメモを卓也さんに言付けて帰るつもりが、「あいつなら今に来るぞ」と断言されて待つことにした。
軽く食うか?と声をかけられたけど辞退して、俺も二葉も普通にミネラルウォーターを頼んだ。
そこへ、「近所の猫と遊んでて遅くなっちゃったよ〜!」と小沼が飛び込んで…いや、飛びついてきたんだ。
「卓也に今日帰ってくるって聞いてたから、上に寄って一樹に生八橋もらってきたんだ」
気が済んだのか、ようやく俺を解放した小沼は、隣に座ると腕にかけたままの店名の入ったビニール袋から菓子箱を取り出した。
生八橋かぁ…。
一樹さん、今年もお墓参りに行ったんだ……。
ていうか、さっきから俺の後頭部付近で軽くパコパコ暴れてたのは、生八橋の箱だったのか。
「忍も食べるよねっ」
菓子箱の包装を綺麗に剥がしながら「俺、ジュース作るからさぁ〜♪」と、ご機嫌な様子の小沼が鼻歌まじりに、やや断定気味に訊いてくる。
「いや、小沼、あの、」
「いいからいいから。みんなで食べたほうが絶対美味しいに決まってんだしっ。遠慮なんて俺達の間で今更だよ〜」
いや、そうじゃなくて…。
生八橋じゃなく……。
俺と二葉、さっき普通にミネラルウォーターを…。
「忍、ペリエでいいか? 二葉も」
「あ、はい」
すぐに俺の目の前と、少し離れたスタンディング式のテーブル席で新聞に目を通してた二葉のところにペリエの瓶とグラスが置かれた。
「悪い、小沼。…卓也さん、いただきます」
なんとなく小沼に謝ってしまう俺。
それでも正直、心で『セーフ…!』と思ってしまってる俺…。
「…うそ。せっかく夏バテ気味な忍のために新しいスペシャルジュース考えてたのに…絶対生八橋に合うジュースなのにぃ…」
グラスを口に運ぶ俺をじっと見てたかと思うと、小沼がうらめしげにつぶやく。
ううっ…ごめんよ小沼…。
でも、生八橋に合うジュースって…。
小沼にはほんと悪いけど、ドリンク系頼んでおいて真剣によかったと思う。
小沼特製のスペシャルジュース。
別名、闇ジュース。
そう、小沼は最近「ジュース」に凝ってる。
小沼的には、美容と健康を考えた究極のスペシャルジュースらしいんだけど、小沼以外には、なんだかわけのわからないものをミキサーに放り込んだ挙句できあがったとんでもないものという認識でしかない。
しかも究極の特製なので、レシピは秘密らしく、俺たちの間では「(原材料が)謎ジュース」→「(なにが入ってるかわからない恐ろしい)闇ジュース」へとネーミングが進化した。…進化するほど、凄い味だったんだ。
いつもの小沼ならもっと味にこだわってくれるはずなのに、今回は効能重視らしく、「良薬口に苦し!」がモットーだとかなんとか。
薬は薬で飲むから、できればいつもの美味しい小沼(って言い方も変だけど)に戻ってほしいよ……。
「…あ、そうだ、読んだよ。アレ」
「えっ!? …でっ? どうだった?」
失意の小沼を浮上させようと、さっき突進してきたときに訊いてきた質問に遅ればせながら答えると、小沼は早速興味を示した。
「うーん…」
「卓也と似てるキャラ、わかった?」
「ううーん…」
正直言って、さっぱりわからなかった。
話は一週間程前にさかのぼる。
モデル仲間の女の子に借りた、あるシリーズもののファンタジー小説&コミックにハマった小沼が、自分で全巻買いなおし、さらに「返さなくていいから!」と俺にも全巻プレゼントしてくれたのだ。
しかも、宿題つきで。
「あのね、あのねっ! ジャーン! ヒント! 顔(?)が似てるわけじゃありません! …なんていうかね〜行動? 思考? よくわかんないけどっ、卓也なんだよね〜っっ」
ヒントって…。
よくわかんないけど、って…。
そんな語尾にハートマーク飛ばしまくりの口調で発表してくれても…。
「ごめん。ストーリーとキャラの心情追うので精一杯で…」
「んー、まあ仕方ないかっ。卓也を愛し、愛されてる俺だからこそ、わかったのかもしれないし〜」
「あ、ははっ、そ、そうだよ、小沼」
「やっばり〜ぃ?」
「…あ、そういえば、俺も二葉にちょっと似てるかもと思ったキャラがいたよ」
「えっえっ、だれだれっっ!?」
「や、お、俺が自分でちょっと思っただけだしっ。そんな言うほどのことじゃ…」
小沼のご機嫌ぶりに、つい口が滑った。
「いいじゃーんっ、教えてよーっ。俺も卓也キャラ教えてあげるからさっっ」
や、別に、教えてくれなくても…いいから…。
とは言えない小沼の勢いに、
「恥ずかしんなら、せーの、で一緒に言おっ? ねっ?」
「わ、わかったよ」
案の定押されてしまう俺だった。
ま、いっか…。
「いい? 忍。せーのっ…」
「「ティア!」」
………………。
「「…ええーーーーーーーっっっ!!」」
たっ卓也さんと、ティアって…に似てるか?
「え、えーと。卓也さんと似てるって、嫉妬深そうなとことか、一筋なとことか?」
「…そういうとこは卓也に当てはまらないんだけど」
『そういうとこは卓也に当てはまらないんだけど』…って。
そういうとこが当てはまるんじゃないのか?
顔は笑ってるけど、あきらかに残念そうな小沼の答に、心でだけ突っ込む。
小沼が見えてないのか、卓也さんが見せてないのか…。
外から見てたらバレバレなのになぁ…。
「だったら卓也さんって、どっちかって言うと柢王とか山凍とか…そっち系なんじゃ…」
「絶っっ対、ないから!! だったら、二葉のほうが柢王ぽいじゃんっっ!」
「それこそ、絶対、ないね!!」
「綺麗だ…」
同性を好きな自分を認めるのが怖い。
それでも、鷲尾という男の存在を消す事ができない。
絹一は、そんな自分自身を持て余している。
「夜の桜もいいけど…」
灰色の空と淡いピンク色の桜の組み合わせ。
中途半端な色の組み合わせ。
今の絹一にはぴったりの色かもしれない。
「やっと咲いたか…」
「ぇ…」
声のするほうに振り返ると、絹一の真後ろに鷲尾が立っている。
気配など何も感じなかった。
それほど、桜に気をとられていた記憶はないのに…。
「曇り空の中の桜もいいもんだな。だが…」
鷲尾は素早く絹一の身体を自身のコートの中に包みこんだ。
「こんなに冷え切って…ったく、呆れて言葉も出ないな」
「…なら、放っておいてくれればいいんだ」
絹一は搾り出すような声を鷲尾にぶつけ、彼のコートの中から逃げ出そうとした。
「何故逃げようとするんだ?」
「何故って…こんなの間違ってる」
「間違い?」
「同性同士の恋愛なんて、こんなの…」
「…確かにな」
鷲尾はすんなりその言葉に同意した。
絹一は、その鷲尾の言葉に動揺を隠せずにいる。
自分から言い出した言葉なのに、鷲尾にその言葉を否定して欲しいと思ってる。
そんなの虫がよすぎる…わかってはいても落胆の色が隠せない。
「否定してほしいんだろう?」
鷲尾は、絹一の本心を見抜いたようかのような言葉を浴びせた。
いや。
実際は、鷲尾自身が絹一から否定の言葉が欲しかったのかもしれない。
今更、絹一を手放すことができるのか?
絹一を…。
自問自答しながら発した言葉に、余裕など全くなかったのだから。
鷲尾は沸きあがる感情を押さえられず、絹一の唇に自分の唇を重ねた。
肩にかけていただけのコートが落ちる。
灰色だった空は所々黒い色に変わっていた。
恋愛の相手が異性でなければいけないことはない。
ただ。
青い空の下よりも、灰色や黒に近い色の空の下が似合ってる…そんな気がしたのは、絹一だけではないのかもしれない。
「ねぇ、卓也。卓也ったらっ」
「―――――ん・・・」
桔梗に肩を揺さぶられやっとのことで半覚醒する。
それもそのはず、卓也は小一時間前にベットに入ったばかりだ。
「今日は休みだ、頼むから寝かせてくれ〜」
「分かってるって、俺もこれから忍と二葉と約束してるし。忍がボイスレコーダー壊れて困ってんだ、使ってないのあったよね、貸してやってくんない?」
卓也はゴソゴソと布団から腕を出すと部屋の隅のダンボールを指した。
ダンボールの上には黒マジックで『不用品』と書かれている。桔梗はそれを開けるといっぱいに入ったガラクタから古いボイスレコーダーを見つけ出す。と同時に丸い掌サイズの塊に手をのばした。
「なんだろ、これ?ゲームかな?・・・ねぇ〜卓也」
「・・・見つかったか?忍が使うならやってくれ」
「サンキュ、それよりコレって・・・」
「―――――そこのものは全部やるから寝かせてくれ〜」
「ハイハイ、じゃ起きたらちゃんとご飯たべなよねっ」
眠そうな卓也を後に桔梗は早々に部屋を後にした。
「おっ、珍しい格好してんじゃん」
「珍しいってよりも俺には懐かしいよ」
待ち合わせの店に現れた桔梗を見、二葉と忍は口を開いた。
「ジャーン、金持チックなちょい悪ハード系でまとめてみました」
「ちょい悪っていうより昔の小沼そのままじゃん」
「違うもん」
言って桔梗は折り返したジャケットの袖をめくり何連ものブレスと一体化した時計やベルトについた皮のホルダーなどを見せここが違うと力説する。
「分かった分かった立派なちょい悪だ。それより何でもいいから食わせてくれ〜」
二葉がもう我慢できないと口をはさむ。
それもそのはず、桔梗と悠の最近おすすめ自然派食品の店でのブランチ約束で彼等は朝からまだ何も口にしてないのだ。
「肉じゃなくてもいいからさ〜」
数日前帰国した二葉は焼肉と言い張っていたが、朝から焼肉×××と忍のブーイングにあい、美容と身体にいいとの桔梗の推しでこの店となったのだ。
「じゃオーダーしよう」
二葉に急かされ桔梗は席についた。
お奨めを中心にオーダーを済ませると桔梗はゴトンと古いボイスレコーダーをテーブルに出した。
「これでよかったら忍にあげるって」
「助かるよ。卓也さんにお礼言わなきゃ」
「それにしても年代モンだな。だから、この機に新しいの買えって」
「いいよ、せっかく二葉が修理屋さん見つけてくれたし」
忍愛用のボイスレコーダーは一樹のお古で今時見ない年代物。それが壊れてメーカーに問い合わせたところ部品がなく修理不可能を言い渡され残念がる忍を見かね二葉が修理屋を探し出したのだ。
「けど今のはマイクもいいし、メモリー量だって」
「でも気に入っているから」
なら仕方ないと二葉は首をすくめた。
「ねぇ、それよりコレ何だろ?ゲームかな?」
桔梗は卓也のダンボールで見つけた黒い機械をテーブルに出した。
「ゲホッ!!ゲホゲホッ・・・ゲホッ」
「オイ、忍」
突然飲んでいたアイスティに忍がむせこみ、その背を二葉がさすってやる。
「忍へーき?」
桔梗も心配そうに覗き込むと忍は苦しそうに目に涙を浮かべていた。
「―――――ご、めん。気管に入ったみたい」
少しの間苦しそうにしていたが、なんとか落ち着き忍は顔をあげた。
「それって・・・」
「ん、ああ。卓也にもらったんだけど何なのかわからないんだよね」
「もらった・・・の?」
「うん。不用品の箱に入ってて、その中の物はくれるって」
「―――――」
「ん、点滅してるぞ」
手に取った二葉がスイッチらしきものを入れると赤い光がピカピカとつく。
「そうなんだ。あれ?動いてる・・・さっきはもっとこっちの端で点滅してたのに」
不思議そうに首をかしげた同時に桔梗の髪が揺れ忍の前に見覚えあるシルバーのイガイガピアスが現れる。
「―――――っ」
間違いない。以前に一度見たことがある忘れようにも忘れられない・・・高一の時、卓也さんが小沼につけさせていた発信機付きのピアスだ。
発信機と受信機が揃ってるなんて悪夢のような偶然だ。
ピアスが発信機になってるなどもちろん小沼は知らない。確か明日は雑誌の撮影が入っていたはず。何としても隠し通さねば。卓也さんが絡むと小沼はメンタルになりグッと表情が曇るのだ。一瞬の間に忍は頭で何通りもの防御策を打ち出した。
〜ピロリロピロリロピロリロリ♪〜
桔梗の携帯が鳴る。
「もしもし、悠?―――え?なに?・・・もしもーしっ、聞こえる?」
どうも電波が悪いらしい。桔梗は携帯を耳に当てながら店の外に向った。その背を見ながら忍は二葉に告げる。
「二葉、それ昔卓也さんが小沼につけてた発信機の受信機なんだ」
「受信機〜っ」
素っ頓狂な声をあげ二葉はため息をついた。
だが、さすが二葉。彼も一瞬で頭を切り替えた。
「キョウにはバラすな」
発信機をつけて監視してたなんてキョウにしれたら明日からの忍のアフターファイブは間違いなく貸し切りだ。
勘弁してくれよ〜こっちには一週間しかいられないんだぜー。声にならない声で二葉はぼやいた。
「とにかく話題を逸らすぞ」
悠を伴って姿を現した桔梗を遠目に二葉は呟いた。
「よぉ」
「久しぶり」
数ヶ月ぶりに顔を合わせた二葉に軽く応じ、悠は席につくと興味深そうにテーブルの上に目を留め口を開いた。
「それ何の受信機?」
「―――――!!」
「受信機?」
突然の爆弾発言にカチンと固まる二葉と忍と別に桔梗はおっとり繰り返す。
「受信機だろ、それ。あれ、発信機も側にあるみたいだ」
悠は受信機を手に取り覗き込む。どうやら彼はレーダーが読み取れるようだ。
「これ誰の?」
「一応、俺のだけど」
答えた桔梗の首、そして腕をまくって腕、最後に髪を掻き揚げ悠は目を光らせた。
「発信機は多分、そのピアスだね。それ贈り物だろ?俺もやられたことあんだよね、しつこいストーカーに」
「・・・ストーカー?」
「そ、メカに強けりゃ自分で作れるものらしいし」
「・・・・・」
絶句し桔梗はうつむいた。
その様子をいまだ固まったまま二葉と忍は見守るしかない。
沈黙の数秒がすぎ忍が声をかけようとしたと同時に桔梗の顔がクッと上がった。
満面の笑みを浮かべて・・・。そして、
「ごめん俺帰るわ。買い物して卓也に食べさせてあげなきゃ」
「ち・・・ちょっと、小沼」
「これって愛だよねー、見守ってた証拠だろっ」
桔梗は嬉しそうに笑うと「俺の分は食べといて」と悠に告げ急ぎ足で帰途につく。
「―――――はぁ・・・」
緊張の糸が切れたのだろう二葉がやっとのこと詰めていた息を吐き出した。
「どういうこと?」
そんな二葉を見ながら悠は首をひねった。
「バカっていうのか、おめでたいのか」
忍の説明を聞き悠は呆れ顔を浮かべた。
「助かった」・・・と二葉。
けれど恋人といえども発信機をつけて監視されていたと知れば普通は怒るものなのだろうが・・・。
「小沼はまるで台風だね」
「それに周りは巻き込まれる」
「アメリカじゃ台風に名前があるけど今にきっとあいつの名もつけられるぜ、きっと」
三人は顔を見合わせ深いため息をついた。
けれども卓也さえいれば、やがて台風も熱帯低気圧に変わることだろうと確信して。
有機野菜のサラダをパリパリとたべながら二葉は思う。本当にこれは身体にいいのだろうか?
いや焼肉でも何でも精神に負担をかけず食事する方が絶対身体の為にいいと思う・・・と。
「夜は焼肉にしような」
二葉の言葉の意味を理解したのだろう、忍はパリパリとサラダを食べながらもコックリと頷いた。
鈍色の空から透明な針がふりそそぐ。
心に突き刺さった痛みを形にしたならば、それはまさしく針の山。
大切に見守ってきた愛しい人は、どうやら他の男のものになってしまったらしい・・・・・・。
触れたいと思っていた唇から今しがた告げられた事実。
口をすべらせたしくじりに、あの人は頬を赤く染めた。
それ以上見ていられなくて外へでては来たものの・・・・・・。
針はやがて棘となり、消えて無くなるどころか日増しに大きく育っていくだろう。
―――――と、雨音が急に大きくなる。
見ればアシュレイが自分に向かって傘を差しかけてくれていた。
「アシュレイさん・・・・」
「なにやってんだお前。いきなり出て行ったかと思えばこんな家のまん前でずぶ濡れになって」
「ちょっと・・・・・頭を冷やしてました」
頭だけじゃ済まねーだろ、とナセルの手を引き家の中へ入り、手ぬぐいで彼の顔や頭を拭いてやった。
黙ってされるがままナセルはアシュレイを見ている。
ジッと見つめられて居心地が悪くなり、少し乱暴に仕上げて手ぬぐいを彼の肩に掛けた。
「アシュレイさん、俺・・・・・」
「・・・・・なんだよ」
仰ぎ見るアシュレイをやはり沈黙のまま見つめて、ナセルはぎこちなく笑った。
「すみません、なんでもないです」
「なんでもないって事あるかよ、お前・・・・・・っ、待てよっ」
踵をかえし奥へ行こうとしたナセルにアシュレイが背中から飛び付いて引き止めた。
「途中で言うの止めんなっ!気になるだろっ!」
「・・・・・言っていいんですか・・・・」
「言え!」
密着したナセルの背中が濡れていて、染みてきた着物が生暖かい。
アシュレイは彼の体にまわしていた手を離す。
途端ひんやりと冷たくなった胸や腹に震えると、背を向けていたナセルが振りかえりアシュレイの体を力一杯抱きしめてきた。
「?!」
「・・・・・こんなこと言ってもあなたを苦しめるだけだと分かってるけど・・・・誰にも渡したくない」
「!」
「・・・ただあなたを想っているだけでも許されませんか?」
「ナセ―――」
「アシュレイさんが好きだ。ずっと前から」
両頬を抑えられ、至近距離から視線を捕えられ、身動きがとれない。
「俺だけの人になって欲しかった・・・・・」
覆いかぶさるように近づいてきたナセルの唇を受けるつもりはなかったが、アシュレイは動けずにいた。驚きのあまり固まっていたのだ。
あとわずかで触れる、というところで顔に雫が落ちてきて、アシュレイはハッと我にかえった。
「よせ!」
必死に反らした顎をナセルが追う。
そらす。
追う。
「止め―――・・・・」
奪われた唇は、言うべき言葉を飲み込こんでしまった。
大きな手のひらがアシュレイの後頭部を包むようにおさえていて、逃亡を許さない。
圧倒的な力と共にナセルの切なる想いが流れ込んでくる。
「〜〜〜〜」
アシュレイの目に涙が浮かんだ時、やっと解放されて大きく息を吸った。
「・・・・・・・謝りませんよ。俺だってあの人に負けないくらいあなたを想ってる。身分も・・・・体も劣るけど、この気持ちは決して負けはしない」
静かに―――――怒りを堪えているように語るナセルに、今の行為を反省させる気分にはなれなかった。何より彼の方がずっと傷ついているように見えたのだ。
「お前の気持ちは分かった・・・・・謝れとも言わない。でも俺はティアが―――」
言いかけたアシュレイの口を右手で覆うとナセルは首をふった。
「それ以上言わないで。後生ですから・・・・・」
辛そうに笑いかけられてアシュレイは黙る。
「・・・・・・・・帰る」
「気をつけて」
いつもなら見送ってくれるのに、ナセルは悲しげな笑みを浮かべたまますぐに戸を閉めてしまった。
アシュレイは泣きたくなって傘もささずに家路をたどる。
・・・・・いつからだったんだろう?自分を好いてくれていたなんて。
けど、そう言われると思い当たることが次々と出てくるのだ。
「・・・・ごめんナセル・・・・・・」
いつの間にか頭の中はナセルでいっぱいになっていた。
「こんなもんかな」
着替えながらさっき触れたばかりの唇を思い出す。
柔らかくて暖かくて・・・・・想像以上の甘さに興奮してしまった。
よく止まれたものだと己に感心してしまう。
「アシュレイさんのあの様子・・・・・。俺を気づかってしばらくはあの男と進展することはないだろうな」
したたかな笑みを浮かべて、アシュレイが使った湯呑みに唇を寄せる。
「黙って盗られるのを見ているほど、お人好しじゃないんでね」
ナセルはまだ暖かい湯呑みを頬に当てると、打倒ティアを心に誓った。
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