投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「あれは?」
数週間ぶりの休日。底をつきはじめた食料や日常雑貨の買出しに柢王と向う途中の上空。
桂花は眼下のにぎやかな様子に目を留めた。
「婚礼だ。東の地だけでもいろんな式があるんだぜ」
見ていくか?桂花の返事を待たず柢王は地に下りた。
良品質、低価格の買い物の極意として桂花は女性に、柢王はそこそこの色男に変化しているので二人の正体に気付く者はいない。
「よう、誰の婚礼だ?」
柢王は通りかかる娘に声をかける。
「仕立屋の次男と家具屋の桃花よ。うふふ、ブライスメイド選ばれたらどうしましょう」
派手なドレスをひらめかせ、娘は浮かれた足取りで通り過ぎる。
婚礼には綺麗な独身女性がブライスメイドとして花嫁に付き添うのだ。
柢王と桂花は自然と娘の向った方へ歩を進めた。
噴水の前に作られた特設会場は甘い花の香りと笑いに包まれている。
新郎、新婦を囲み、親族、友人、街行く人々すべてが祝福する和んだムードに柢王も自然と溶け込んでいる。
その中、桂花はただ一人覚めた目で傍観していた。
「あなた!!手伝ってちょうだい。プライスメイドが急な腹痛なの」
凍りかけた桂花を甲高い声が我に戻した。
でっぷりとした中年女性が汗をにじませ桂花の腕をつかんでいた。
華やかなボンネットから察するに、式の関係者なのだろう。
ボンネット婦人は桂花の答えなど待たず「あなたならピッタリ」と勝手に決め付けたものの連れの柢王を見ると僅かに顔を曇らせた。
「ダンナさん?」
「式はまだなんだ」
柢王が笑って応え、戸惑う桂花の背を「頑張れよ」と押し出す。
柢王を睨んだのも束の間、桂花は引きずられるように花嫁の元へと連行されていく。
「どっちが主役やら・・・花嫁サンも気の毒に」
桂花の背を見送りながら言葉と裏腹に柢王は誇らしげにつぶやいた。
柢王の手にたくさんの食料や酒がさげられている。
婚礼で得た品だ。
「得したな」
ほくほく顔の柢王。だが桂花は黙りこんでいる。無理やりプライスメイドを勧めたので怒っているのかと思ったもののそうではないらしい。
「なぁ、どうした?」
「なんでもありません」
返す桂花は上の空だ。
「疲れたか?」
柢王は荷を片手に移し空いた手で桂花を引き寄せる。
素直に柢王に寄り掛かりながら桂花は先ほどの式を思い返していた。
花嫁の澄みきった笑顔と綺麗な涙を。
純真無垢な笑顔。
彼女はなぜあんなふうに笑えるのだろうか?
「得したなぁ」
自問する桂花の横で繰り返し柢王の声がつぶやく。
「当分はもちそうですね」
大量の報酬を見て今度は桂花も応える。
「――-違う、違う」
「・・・食料のことでしょう?」
「再確認さ」
桂花の瞳を覗き柢王は続ける。
「今日は人界でおまえを見付けた日なんだぜ。そんな日におまえが一番だって確認すんなんて、やっぱ俺はついてる♪」
「―――――――」
「おまえが一番」
言って柢王は桂花に荷物を押し付けると、桂花ごと横抱きに空へ飛び上がった。
「わぁぁぁぁぁぁぁvvvvvvvvv」
下から一斉に冷やかしの口笛が鳴らされる。
「いいだろ〜〜〜っ!!!」
柢王は笑顔全快で対抗する。
出会った頃から変わらぬ笑顔。
それを見ながら桂花は気付く。笑ってる自分に。
熱い思いがこみあげてくる。
その思いが何なのか桂花には分からない。けれど何にも代えられない。愛しい。
「お幸せにー」
色とりどりの花びらが桂花に降り注ぐ。ブーケが投げられたのだ。
新婦が笑って手を振っている。
ぎこちなく桂花もそれに応える。
柢王は笑いながらそんな桂花を抱きしめる。
小さな街全体が幸せの色に染まる。
春の小さな街角。
そこにはもう、寂しい傍観者の姿はなかった。
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