投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「アシュレイ殿、なんど言ったら分かるんですか。ご自分のフォークで取らずにトングを使ってください」
「面倒だろ」
「それなら吾がとりますから仰ってください。あと、口にホワイトソースがついてます」
桂花は自身の唇に指をさし、その位置を教てやる。
「私が舐めてあげようか」
「守天殿」
「冗談だよ、冗談」
桂花に軽くたしなめられて、ティアは肩をすくめる仕草をした。
「ばーか、怒られてら」
カカカ、と笑って頬杖をつこうとしたアシュレイの腕を桂花が掴む。
「頬杖はつかない」
「・・・・・・なんか、冰玉が気の毒になってきた」
「冰玉は物覚えのいい、かしこい子です」
「悪かったなっ、物覚えが悪くて」
「ええ。慣れましたけど」
アシュレイはキィ――――ッと、歯を食いしばったが、以前のように暴れたりはしない。
二人の会話も、皮肉が混じりはするけれど一般家庭にいるようでティアは聞いていて楽しい。
三人でお茶をしたり食事をしたりするときには、使い女を下がらせることが多くなった。桂花がその代わりをしてくれるのと、聞かれたくない話をすることもあるからだ。
なにより、三人だけというのがすべてにおいて気を使わずに済んだ。
食事が済むと、ティアと桂花は執務に戻る。アシュレイは、森のようすを見にいったり氷暉と霊力を発散しに出かけたりする。
柢王を待ちながらそんな日々を送っていた。
なんとなく目覚めている・・・・という感じだった。
体が寝台から起きあがることを拒否しているようで、瞼を開けられない。
すごく懐かしくて幸せな夢をみていたせいだろうか、「たまには休まないと」そう守天に言われ、自由な一日を与えられたせいだろうか。まるで張りつめていた糸がぷっつり切れてしまったようだ。
しかしそろそろ起きなくては使い女にいらぬ心配をされ守天を煩わせてしまうだろう。
目を閉じたまま、完全なる覚醒にむけて伸びをすると、すぐ後ろにあったものを蹴とばしてしまった。
「!?」
振り返ると、ストロベリーブロンドが敷布に流れている。
「アシュレイ殿?」
窓側を向いている顔をのぞきこむと、無防備なアシュレイの寝顔が。
なぜ、自分の寝台に?守天の部屋とまちがえたのだろうか。
とりあえず起こそうと細い肩に手をかけたとき、触れた髪のやわらかさに胸が鳴った。
久しぶりにみた李々の夢。自分は子供に戻っていた。充実した二人の生活。
(・・・李々)
大好きだった李々と同じ、燃えるような赤い髪。
極力体重をかけないよう、小さな顔の横に手をついて覆いかぶさる。
――――それは李々の髪の香りとは異なっていた。
( バカだな・・・当り前じゃないか )
微動だにしない体を無理に起こすことがためらわれ、このまま寝かせておくことにした桂花は、浴室へ向かおうとして立ち止まる。
( そういうことか )
寝ている王子の姿を振りかえり小さくほほ笑むと、音をたてないよう気をつけながら浴室へと消えた。
桂花が自分のそばにいる間、必死に寝たふりをしていた寝台の上の体が飛び起きる。
「フゥ〜、あせった」
足をけとばされて起きたものの、なぜ自分がここにいるのか上手く説明できる自信がなくて、つい寝たふりを続けてしまった。
《 何だったんだ、今のは 》
氷暉が訝しげにつぶやく。
「なんか、髪のにおい嗅いでたみたいだった」
昨夜、桂花が執務室に忘れていった上衣をアシュレイが届けに行くと、ドアは閉ざされたまま中からの反応はなかった。
もう寝てしまったのかもしれないと、ルール違反だが壁抜けの術を使って桂花の使用している部屋へ入ったアシュレイ。
見れば読書の途中だったのだろう、灯火がつけられたまま桂花は寝台に横たわっていた。
アシュレイは彼を起こさないように気をつけながら灯りをいちばん暗いものに切り替え、持っていた上衣をかけると、掛け布をそっと引きあげてやる。
「ん・・・」
寝返りをうった桂花にビクッと動きを停止したアシュレイ。
いま気づかれたら一瞬でこちらを氷結させる視線を向けられ、「断りもなく人の部屋に入るなんて礼儀知らずなサル・・・」と、ふりだしに戻ってしまいそうな気がして怖くなる。
せっかく彼との間のわだかまりが無くなりつつあるのにそれはイヤだった。
たとえ桂花が起きなくても上衣をこの部屋に置いていった時点で、侵入したことがばれるわけだが、1日あいだをおけば怒りより呆れの方が勝るだろうと踏んでいた。
とにかくこの場をサッサと立ち去ろう。そう思った瞬間、桂花が目を開ける。
「李々・・・」
屈託のない笑顔で細い腕をつかむと、ぐいっと自分の方へ引いた。
慌てるアシュレイをよそに、桂花は目を閉じて、モゴモゴとなにか言っている。
寝台に腹ばい状態でアシュレイは自分の腕をつかんでいる指を一本ずつ離そうとするが、「だめ・・」と力ない口調で抵抗する桂花に気持ちがゆれた。
さっきみたいな笑顔は柢王の前でなら見せていたのだろうか。
恋人の決断に腹をたて、調子の悪い体で嘆き、惜しげもなく髪をばっさり切って、それでも気丈に執務の補助を続けて。
すごいと思う。自分にはできないと思う。
できることなら柢王に変化して桂花の望む言葉を与えてやりたい。
でも、そんなことをすればそれこそ二度と口を利いてくれないくらい怒るだろうし、悲しませることになるだろう。
( こんなとき、どうしてやればいいのか俺にはわからない・・・)
「ここ・・いて・・」
すがるように体をよせてくる桂花の短くなった髪をなでながら、アシュレイは目を閉じた。
少しだけ。少しだけここでこうしてる。
桂花が完全に眠るまで。
・・・・・桂花が眠るまで・・・のつもりだったのに!
思いっきり寝過ごして夜が明けて、あまつさえ彼の方が早く目覚めてしまうなんて。
「俺がここで寝たことは桂花にばれてる・・・無断で部屋に入ったあげく、だまって帰ったら礼儀しらずの上塗りだよな?」
《さてな、礼儀など俺は気にしないが》
「お前はな。・・・あいつ、柢王にも冰玉にもけっこう口うるさいじゃん?最近は柢王の代わりに俺にまで食べ方とか注意してくるし」
「誰が口うるさいですって?」
「桂花っ」
ずいぶん早く出てきたが、やはり髪が短くなったから時間がかからないのだろうか。
その髪をタオルでまとめ上げバスローブの前をゆるく合わせた桂花は、朝だというのに強烈に色っぽい。アシュレイは何だか目のやり場に困って、うつむいた。
「もう、戻った方がいいですよ。守天殿に知られたら面倒でしょう」
「え?あ、あぁ、そうだなっ」
アシュレイはホッとした顔で、寝台からおりた。何も訊かれないし怒っている様子もない。
「じゃあ・・・今日は仕事しないでゆっくり休めよ」
「ええ。ありがとうございます――――上衣も」
「・・・気づいてたのか」
「吾はあんな風に掛けませんから」
「あ・・」
見ると、上衣は裏返しに掛かっていて、バランス悪く今にも落ちそうな状態だった。薄暗い中だったため、裏だと気づかず掛けてしまっていたようだ。
「でも、わざわざ届けてくださってありがとうございました」
「勝手に部屋に入ったこと怒んないのか?」
「どういう風の吹き回しか知りませんが、ご丁寧に添い寝までしていただいたようなので、今回は目をつぶりますよ。二度目は叱ります」
ふふ、と笑った桂花に安堵して、アシュレイも笑う。
「二度目は俺も届けね―よ。じゃあな!」
・・・良かった。桂花がいつもの桂花に戻ってる。
昨夜はなんだか放っておけないかんじで、いつも大人な桂花が子供みたいに甘えてきて・・・・守ってあげなきゃいけない気分になったと同時に、不安だった。
やっぱり自分たちでは彼をここに留めることができないのか、と。
「あいつ、きっと天界に来てから色んなこと我慢してんだな・・・柢王を支えて働いて、こんな風に置いてかれたって結局は奴を信じて我慢して・・・・・柢王が魔風窟から帰ってきたら、少し言ってやらないと」
《 ずいぶん気にかけてるな。なぜお前がそこまでしてやる必要がある?よそのことなど放っておけ――――だいたい人のことを言える立場か、お前は 》
「うるさいっ」
怒鳴ったところでタイミング良く氷暉のキライな腹の虫を鳴かせたアシュレイは、ザマーミロと笑いながら厨房へと歩いていった。
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