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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.180 (2008/02/12 20:26) title:COLORFUL  ─The Addition of 2・5 Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)


「アシュレイ機長!」
 かけられた声に、会議室の多い6階の廊下を歩いていた新米機長は振り返る。と、そこにはツナギ姿の整備士が手に書類を山を抱えて微笑んでいた。
「ナセル! ひさしぶりだな。会議か」
 めったに本社で会うことのない空港整備士にそう尋ねると、
「ええ。機長も今日は会議かなにかですか」
「えっ、なんでわかるんだ?」
 アシュレイは目を見張った。確かに研修なのだが、スーツの苦手なアシュレイは会議の席でも常に制服姿。手にかばんは持っていないが、
一目瞭然地上勤務だとわかるわけでもない。
 と、なじみの整備士はあたりまえの顔で、
「そりゃわかりますよ。顔つきがフライトの時とは違いますから。ああ、フライトといえば、この前は大災難だったそうで」
 さらり言われた言葉に、アシュレイは、うっ、と眉をしかめた。
 クリスタル・アイランドから無事に戻って今日で三日目──休み明けの今朝は会う人会う人その話だ。ニア・ミスは大事件だし、誰もが知っていて
当然の話題でもある。いまからの研修は、安全管理についてのもので、クリスタルに行く前からシフトに入っていたのだが、どう考えても
い合わせる人たちはその話題を取り上げるだろう。
 が、パイロットたちは、仕事のこととして以外に深くつっこんだりはしない。つっこむのはCAたちだ。朝一、ロビーで取り囲まれて
『なにがどうしてどうなった』と質問攻めにされた時にはびっくりした。隙を突いて逃げ出したが、あの迫力はどう考えても野次馬根性だ。
 とは言え、この整備士にそんなつもりはないだろう。肩をすくめ、
「まあな。でも一応終わったことだし、後は俺が直接関わることじゃないから」
 答えると、整備士はへぇえと笑った。
「なんだ、その笑いはっ」
 言うと、
「いやぁ、機長も大人になったなぁと思って。俺はてっきり相手のパイロットを殴ってきたのかと思いましたよ」
「いっ」
 見てたんですか? ビビッたアシュレイに、
「ま、機長が無事でよかったですよ。機体の方も無事なら……」
「えっ、無傷じゃなかったのかっ」
「いいえ、よかったこと尽くしですね、と言うつもりでした」
「まぎらわしい言い方するなっ!!」
 アシュレイは怒ったが、整備士は悪びれない顔で笑っている。
「まったく!」
 こいつも食えない奴だ。プンプンしながら、
「俺はもう行くからな! おまえも会議遅れるなよっ」
 背を向けた。と、その背中に、
「機長」
 振り向くと、整備士は、ちょっと厳しいような笑みを見せて、
「機体は確かに大事だけど、所詮は道具です。命に修理は効かない。俺たちも真剣に整備してますから、機長も無事に戻ってきてください」
 アシュレイは目を見開いた。そして、
「わかってる…!」
 強く答えると、また背を向けて歩き出す。
 一番大切なのは乗る人の命。だからそれを護るためにも、
(絶対世界一のパイロットになってやるからな──)
 新たに決意を固める機長は、その背後でゆれる赤毛を見送る整備士が、ふと、そのツナギの肩をすくめて、
「機長と呼ばれても赤くならなくなったけど・・・…でもやっぱりいつまでもかわいいんだよなぁ──」
 苦笑いしているのは見えていない。
                            
                       *      

「オーナー、なにかいいことがありましたか」
 笑みを浮かべた広報部長に尋ねられて、ティアランディアはハッと顔を上げた。いつもの最上階、窓の外に離着陸の機体の見える
オーナー・ルームで、部長から秋のキャンペーンの話をされていた最中だった。
 頭が妄想でいっぱいでも仕事の話はちゃんと聞けていたはずだが、顔にしまりがなかったとは気づかなかった。ティアは急いで
笑顔を作ると、山凍に言った。
「すみません、クリスタルでのことを思い出していたので」
「ああ。アシュレイが無事に戻って、オーナーもほっとされたでしょうね。私も安心しましたよ」
 たぶんティアが無事に戻ってきたことに。思わずティアは心でつっこんだが、それでもクリスタル・アイランドに行けたのは
部長のおかげでもあるのだ。
「本当に、無理を言ってすみません。でも、行けて本当によかったです」
 言ったティアに、部長は微笑み、
「王室もオーナーと直接会われて安堵されたと聞きます。なににしろ、誰にも傷がつかないで終われてよかったですよ」
 その言葉に、ティアは心から頷いた。
 部長が出ていくと、ティアは窓の外を振り返った。
 いつもここから眺める機体は当然のようにここに戻ってくる。でもそれは、本来飛ばないはずの金属の固まりを飛ばすことに、その情熱と神経を注ぎ、危険回避の可能性の全てを突き詰めて大事に
護り続けている大勢の人がいるからだ。
 ハイ・テクも高度な技術もすばらしいものだ。だが、それは全て安全に関るための手段だ。そこに人の命が関る以上、その命を守れるものは、
最後には、命ある人でしかない。
 その思いは、旅客機のパイロットだろうが、戦闘機のパイロットだろうが同じだろう。あの背中に叫んでいたアシュレイの後姿に、
ティアはその真剣さと情熱を感じたのだった。
「アシュレイ……」
 子供の時に誓ってくれたのと同じ、誇らしげな笑顔で、
『今度は俺が世界一のパイロットになって、おまえを乗せて飛んでやるからな!!』
 ああ言ってくれたときの嬉しさは言葉にならないものだった。
 だから、その言葉をアシュレイが実現できるように。アシュレイや、みんなが、この責任ある仕事を心から誇りに思って生きられるように、
「私も、私のできる全てをがんばるからね──」
 誓ったティアの見上げる視線の先を、金色の翼が空へと昇って行く──

                          *                                
 頭上のはるか遠くの空に白い軌跡が移動していく。サングラスの下、それを見上げた柢王が、肩をすくめて桂花に言った。
「なんかあっと言う間だな、六日なんて」
 と、少し後ろにいた桂花は小さく微笑み、
「でも、ほっとしたんでしょう。顔に書いてありますよ」
 言うのに、柢王は苦笑いを浮かべて空を仰ぎ直す。
 親友たちは無事に戻り、一見落着とあとはフル利用した休暇も今日で終わり。一緒に浜辺を歩いてみても、心の半分は明日からの忙しい
日々の再開に奪われている。
「なんかこうして見てると、あの上を飛んでることが信じられない感じだな」
 まばゆく輝く青空を見上げた柢王はそう笑うと、桂花に手を差し出した。クールな恋人が無言で載せたその手を軽く弄ぶようにして、
「久しぶりに乗る時ってさ、ドキドキするんだよな。忘れてるわけないのわかっててもさ、ちょっと緊張する」
 微笑んだ柢王に、桂花もうなずき、
「気持ちのリズムを掴むのが、ね。すぐに思い出すんですけれどね」
「だよな。で、思い出したらとまらねぇの。すげぇ嬉しくて、飛んでる以外のことも意識してるけど、ドキドキしてる気持ちがずっと続いてさ──
あれは、パイロットの職業病だよな。何度上がってみても、空の上ではすげぇ気持ちが高いとこにあるような感じでさ。いっぺん空飛んだら
降りられなくなるって言われるのも、わかる気がする」
 パイロットの寿命は決して長くはないと、周囲の人を見て知っていても、まだ若い彼らには縁遠い話だ。それでも、いつかはその日が来るし、
それ以前に空から降りるしかないパイロットも存在する。
「──ファイターか……。明日も自分が飛べるって無意識に信じられる俺たちは幸せなのかもな」
 言った柢王に、クールな機長はかすかに苦笑いをして、
「そうかも知れないと言えば、そうですが……でも、いるべきところにいると思えることはいいことですよ。吾たちも、かれらも」
「だな。そこから降りることを選べないわけじゃない。それでも降りない道を選べるのは、幸せなことだよな」 
 だから、と、
「俺たちは、ずっと一緒に飛んでような。どこの空にいても、この先ずっとさ──」
 細い指を口許に持っていって、そう微笑んだ機長に、クールな機長はかすかに笑って、
「本当に、かわいいことばかり言う人ですね──」
                             
                           * 
                            
 窓にはめ込まれた格子の向こうに、まぱゆい青空が見える。流れる雲の影が床の上に波紋に似た紋様を描くのを、かれは瞳を細めて眺めている。
 リゾートには不似合いなひやりとしたレンガの小部屋は、手の届かないほど高い窓から差す光の強さに却って薄暗い。その暗さのなかで、
かれは遠い記憶を思い出している。
 満開の花の匂いが滲んでいた、肌寒い春の夜。
 突然鳴り出した警報。街全体が赤く染まったあの夜の爆音。耳を劈く音に混じって聞えた大勢の人の悲鳴や硝煙の匂い、真っ暗になった視界が
揺れ動く感覚。焔の色。そして、轟音とともに世界が崩れ押しつぶされる重みのなかで、とっさに近くにいた妹の体を庇った瞬間のこと──
 いつまでも轟く音といぶされる匂いのなか、体の痛みに耐えながら、ただ身動きできない暗闇で、腕のなかの妹の頭に頬を押しつけて、
間近なその声がとまらないように、その息が、その体温が、消えてなくならないように、ただ願い続けていたあの時のことを──
 それは脳髄のずっと奥に、静かに横たわり続けている冷たい記憶だ。
 祖国場所に戻り、まばゆく肌を突き刺す日差しのなかにいても、その頬に刻まれた傷と同じに薄れることなくいつまでもある。
 軍に入ったわけを問われる度に、かれは常に肩をすくめてきた。
 目の前で、街が襲われ、瓦礫の下に世界が滅びる体験をしたその後に──
 そんな目に二度とあわないと思うのに、どんな覚悟が必要だろう。平和を願うよりはるかに強く、あの真実を知っている立場として、
無事であることを願う気持ちにどんな説明が必要だろう。
 あたたかな世界を思い描けるのはあたたかな思いでこの世を体験した者だけだ。もう決してあんな思いはしたくない──瓦礫が取り除かれ、
腕のなかの妹がもう泣かなくなった顔をそれでもあげて、弱々しい声で、かれの名前を呼んだ時にそう誓ったあの思いにどんな理由が
つけられるだろう。いま、この島が瓦礫になってしまわないようにと望むのは、愛国心などと呼ばれるような気持ちではないはずだ。
 いつものように──胸の奥にある何ものも見せず、醒めたまなざしでその暗がりを見つめていたかれは、ふと、顔を上げた。
 空の遠く、聞えてくるソニック・ブーム。戦闘機とは違うそれを、かれは聴き取り、そして、つぶやく。
「なにが世界一のパイロットだ……」
 日向の匂いをその燃えるような髪から放って、勝気に叫んだその顔を、どんな気持ちで思いだしたものか──
 ふいに、かれの瞳が高い空を見上げる。
 理想などない。ヴィルトゥオーゾと呼ばれる腕を磨くのもただ飛べるための手段に過ぎない。高高度のコバルトの瞳に世界を見下ろし、
ただ飛ぶことを繰り返していた頃に、ふと、かれの視界に映った風景。
 薄い雲の流れる上空。眼下には色鮮やかな海がきらめく波光をたたえてどこまでも広がっていた。遠くに見えるエメラルドの美しい島。
見渡せば、視界は青くまばゆく光に満ちて──
 人の引いた国境線など、どこにも見あたらない。
 そして、いま、目に見える世界の全ては生きていて、この光のなかで生き続けているのだ、と──
 ふいにこみ上げたその思いに、息を飲んだ瞬間のことを。いまでも、コクピットでふいに兆すその思いを、どう受け止めているのか──
「寝言は寝てから言え、サル……」
 やはり、かれの瞳はなんの感情も浮べない深く冷たいコバルトのままだが──
 かれのまなざしはずっと、窓から差しこむ輝く光を見上げ続けていた。


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