投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
いつもと変わらぬ目覚め。
同じ夜具、同じ調度、窓の外に見える同じ風景。変わらない。
「お目覚めですか」
ためらいがちに声をかけてきた使い女に目をやった瞬間、その漆黒の衣服に、沈めていた記憶をものすごい勢いで引きずりだされた。
「――――――――柢王ッ!」
寝台から飛びおきた体を支えようと、控えていた数人の使い女があわてて駆けよる。
そのようすが、あたかも闇が迫ってくるように映り、蒼龍王は思わず振り払ってしまった。
「〜〜〜〜〜お手水を・・・・」
「・・お支度を・・なされませんと・・」
気づけば彼女たちは壁に叩きつけられ、床に伏していた。
「・・・・・そなた達・・」
呆然としたままつぶやいた蒼龍王の顔を見あげる使い女たちの目に畏怖の色はなく、ただ、深い悲しみに染まるばかりだった。
静かに嗚咽がもれる中、ようやく彼は落ちつきをとり戻し謝罪をくり返す。
「・・・すまぬ、怪我はないか?・・・すまなかった、無体なことをしたのう」
ひとりひとり・・・己の足取りさえもおぼつかない体で、使い女を起こしてやる。
「すまぬが皆、下がってくれぬか」
「蒼龍王さま」
「頼む」
これから柢王の葬儀が執り行なわれる。支度をせねばならないことはむろん承知の上だった。
背を向けた蒼龍王の胸のうちを汲んだ使い女たちは、沈黙のまま重い扉を閉める。
何の音もしない。
蒼龍王は露台にふらつく足をふみ出した。その欄干に古びた布が結びつけてある。
『父上。こちらの窓の結界は、俺がいつでも入れるようにしておいてくださいと言ったじゃないですか』
『そうであったか・・・いや、どちらの窓だったか忘れてしもうてな』
『またそんなウソを。どうせ新人の使い女でしょう?せっかく父上好みの酒が手に入ったから一緒に飲もうと思って来たのに・・・それなら今後ヘタな言い訳ができないよう、こうして印をつけておきましょう』
そういって、柢王が結んだものだった。
それでも結界を変えないでおくと、女性に変化して番兵を口説き落とし、王の自室へ潜むようなことまでするようになったのだ。
昔から柢王だけはこちらの都合などおかまいなしに、寝室を訪れていた。他愛のない話をしに。
上の二人など懐きもしなかったので、それはやはり嬉しく、柢王には弱い自分が確かにいた。
「この老いぼれを置いてお前がゆくのか・・・・・」
三男という立場でありながら、兄達よりたくさんの想い出がある。
どれもこれも賑やかで騒がしくて楽しくて。
蒼龍王は震える手で結んであった布をほどくと、きつく握りしめた。
要領が良いだけの子ではなかった。兄弟の中で一番思いやりのある子だった。人望も厚く、正義感強く、安心して任務をまかせられる子であった。
本当に・・・・・誰にも誇れる息子であった。
「柢王よ―――――互いに転生をくり返したのち、またいつか儂を父と呼んでくれるか・・・・」
開いた手のひらから布が風に導かれ、空高く舞いあがって行く。
蒼龍王はそっと踵を返した。
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