投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「・・・・・ッ!!!!」
背中に衝撃が来た。巨虫がかすっていったのだ。
背後から現れた巨虫は、地上に躍り出たその勢いで柢王をかすり、地に縛り付けられた
巨虫の上を飛び越えて一直線に他の二頭と闘うアシュレイ目指して滑るように泳ぎだす。
「・・・アシュレイ!そっちに一頭行ったぞ!」
全身が痺れる。立っていられずに勝手に両膝が地に着いた。
倒れ込まなかったのは巨虫に絡みついた場所からぴいんと伸び出た稲妻が腕に食い込でい
るため、逆にそれが支えのようになっているからだ。
(・・・畜生!しくじった!)
背後に迫った巨虫から脊椎を守るために、とっさに体をひねって腕で攻撃をうけたのだ。
―――左腕は完全に砕かれた。
それでも衝撃で背骨が痺れている。 肋骨も、やられたようだ。
かすっただけで、この衝撃だ。あの巨体にまともにぶつかられていたら、おそらく柢王で
も命はなかっただろう。
(・・・運がよかったわけだ・・。 ・・・・・左腕は完全にイッちまってる。あと肋骨の何本か
―――内臓も、ちょっとイッたな・・・ ・・・肉体的には戦闘不能状態って訳だ)
かすっていかれた衝撃でズタズタに破れた上着と、口中に広がる血の味に柢王は顔をしか
めながら、己が負った傷の検分を他人事のように下した。
「柢王?! どうした?!」
呼びかけられて振り返り、地に膝を突いた柢王に気づいたアシュレイが、砂埃に煙る上空
から叫ぶ。 周囲が砂埃に満ちているのは、柢王にとっては己の醜態を見られずにすんで幸
いだったが、それは同時に地上を走る巨虫の姿も、アシュレイの視界から隠されているとい
う事だった。
「もう一頭がお前の真下にいる! ―――出るぞ!」
柢王が叫び返した瞬間、 地上の砂埃を割って伸び上がってきた三頭目にさすがのアシュ
レイも目を見開く。
三方から同時に攻撃を受け、避けたはずの巨虫の顎があり得ない角度から反転もせずにぶ
つかってきた。避け損ない、顎の端がかすっていったふくらはぎから血が流れ出した。
「・・・こ・・・の・・っ!」
続けさまに三方からの同時攻撃を受け、休む間もなくそれを凌ぐアシュレイが歯がみする。
アシュレイが創り出した周囲を取り巻く結界である炎の壁の高さが急激に下がった。
巨虫との戦闘に意識の大半を持って行かれる分、結界の維持が難しくなっているのだ。
「・・・・くそ・・・っ!」
アシュレイが危機に陥っているというのに、一歩も動けはしない己の不甲斐なさに、地上
から見上げる柢王も歯がみする。 背骨はまだ痺れたままだ。回復するかどうかもわからな
い。
(・・・肉体的に戦闘不能状態だとすると、・・・あと俺に残ってんのは、意識と、霊力だけって
ことか。 ―――情けねえ・・この俺が後方支援しかできないとは!)
柢王の周囲に風が巻き起こった。 旋回するその風はアシュレイの炎の結界に吸い込まれ
ると、次の瞬間、空間を揺るがす巨大な旋風となって結界の外周に沿って立ち上がった。柢
王の風に煽られたアシュレイの炎が勢いを取り戻す。
「柢王!」
「結界の炎は俺が支えててやる! とっととやっちまえ!」
しかしそれは同時に周囲をおおっていた砂埃を一掃する事になり、アシュレイは地上の柢
王の姿を見て息をのんだ。
「柢王!お前、・・・その傷・・・・・腕・・・! ・・・・・・!」
遠目からでもわかる。満身創痍の、その姿。 ズタズタになった上着。両腕に稲妻が滅茶
苦茶に喰いこんで血が滴っている。左腕の形が変だ―――。
身を翻して降下しようとするアシュレイを、柢王が怒鳴りつける。
「・・・馬鹿野郎!人のことを構っている場合か! 動きを止めるな!囲まれたら終いだぞ!
動き回って死角を作るな!」
「・・・・・!」
背面から来た一頭をかわし、横合いから来たもう一頭の外殻甲の継ぎ目にすれ違いざまに
斬妖槍を突き立てた。炎を叩き込む前に二頭の連携攻撃を受け、一頭はかわしたものの、も
う一頭の攻撃を避け損ない、はじき飛ばされる。
「ちくしょう!」
かろうじて斬妖槍の柄の部分を間に挟む事で直撃を避け、空中で体勢を立て直しながら、
歯がみする。
(くそ・・・!早く終わらせたいってのに・・・!)
・・・・・ ピシャン・・ ――――――
「・・・真っ二つになると思ったが、黒髪め、腕一本で凌いだか。 あの体勢から防ぐとは、
なかなかやる。とどめが刺せなかったのは残念だが、その傷ではもう動けまい・・・」
黒い水の満ちる水面に映し出される境界の光景に、教主は冥い色の瞳をゆっくりと細めた。
「―――状況は膠着したな。」
喉の奥で低く笑いながら、教主は水面から手をゆっくりと引き抜いた。指先から滴り落ち
た黒い水滴が 金の波紋を生み出す。
「地上の黒髪は動けない。 赤毛は地上の黒髪を巻き込むことを恐れて大技を繰り出すこと
が出来ない」
階に深く座り直し、水面に映し出される光景を見つめる教主が、笑みを深くした。
「―――氷暉、水城。虫たちの操作をお前たちに渡す。使いこなして見せよ」
―――そして、魔刻谷の底。
「・・・あの赤毛、あたしが殺しちゃってもイイかしら?」
教主の声に目覚めた水城が、両手をゆっくりと顔の高さまで持ち上げ、ニッコリと笑いな
がら言った。
―――右腕に二頭 左腕に一頭。手や指の動きをもって操るというより、感覚―――思念
で操るといった方が正しい。実際に水城は手の動きを伴うことなく思念のみで操っている。
手は触媒に過ぎないが、感覚を繋げているため、そういう風に感じるのだ。
「3頭を同時に操るのは、お前にはまだ無理だ。片腕に一頭ずつにして攻撃に専念しろ。
一頭は助勢として引き受けるから、俺に渡せ」
「・・・ いやよ!」
―――そして、境界。
アシュレイは急に動き方が変わった巨虫三頭に首をひねりながらも、好機と取った。
他の二頭に比べて、三頭目の動きがぎこちない。 ぎこちない分、動きのアラが良く見て
取れる。そのうちアシュレイは、巨虫の頭部を取り巻く気管の存在に気づいた。
「・・・・良くわかんねーけど、アレが変な動きをさせてんのか?」
口中で小さく呪を唱えると、巨虫の動きにタイミングを合わせて槍を振るう。
―――突如として、巨虫の気管近くに火球が出現した。
南の王族の炎をまともに吸い込んだ巨虫は、頭部を取り巻く気管や大顎から炎を噴き上げ、
金属がこすれ合うような音を立てて滅茶苦茶に暴れだした。
―――そして魔刻谷の底。 腕の一部に走った激痛に、水城が押し殺した悲鳴を上げた。
むき出しの白い腕に焼けただれたような傷が浮かび上がる。 巨虫と感覚を繋げているが為
に起こる現象だ。
――― 心とは おそろしい。
実際に火に触れたわけでもないのに、そう思いこませるだけで、実際に手で火に触れたよ
うな傷が皮膚に浮かび上がる。
「だから言ったろう!・・・早く、燃えてるヤツの操作権を俺に渡せ!」
氷暉の声に、水城が涙の浮かべた目で悔しそうに唇を噛んだ。そして一頭の操作権を氷暉
に譲り渡した。 ―――健常な、傷のない巨虫を。
自分の過信から負った傷は自分だけのものだ。氷暉には渡せない。
(・・・くやしいけど、氷暉のほうが上手だわ!)
「水城!」
「ほらほら!また攻撃が来るわよ! 早くしないと、やられちゃうわよ!」
水城はわざと蓮っ葉な口調で言い放ち、傷の痛みをこらえながら、腕を持ち上げた。
―――そして境界。 ・・・巨虫の動きがまた変わった。 離れたところから見上げている
柢王には、違いがよくわかる。火球を喰らった一頭は頭部を炎に包まれながらも、まだアシ
ュレイに襲いかかっている。
(・・・とはいえ、三頭相手に、良く凌いでいる・・・―――)
死角を作らないために、三頭の間を休むことなく飛び回り、決定的な攻撃は出来ないものの、隙あらば斬妖槍を突き立て、少しずつ相手の力を削いでいる。
(・・・デカイ技を放てないのは、・・・・・俺が動けないせいだな―――)
左腕は砕け、あちこち傷みっぱなしで血は流れっぱなし背骨も痺れっぱなし。倒れ込まな
いのがやっとの己の状態を、柢王は嘲るように笑い、そして唇を噛みしめた。
・・・・・ また 額が 熱を 持ちはじめている。
柢王は天を仰いだ。 そして両脇に倒れ伏す、間近で見ると意外なまでに体側が平たく、
体長が長いため、黒光りする石を連ねて作られた巨大な橋のように見える巨虫を見おろし、
血の味のする舌を動かして言った。
「―――俺の意識のあるうちに、潰させてもらうぞ」
・・・そして魔刻谷の底。
「――――ッ ツッ!」
―――突然、左腕に一気に圧力が来た。地面に縫いつけられそうなその重みに耐えて氷暉
は腕を持ち上げた。 左腕一面に網の目のように青黒い筋が走り、ところどころから血が滴
り始める。
「氷暉?!」
「―――構うな!」
赤毛を攻撃する一頭と繋がっている右腕はどうということもない。しかし黒髪が押さえ込
む二頭と繋がっている左腕にかかる、腕ごと引きちぎれそうな、この凄まじい負荷は。
巨虫の内部の圧力を上げて機能を護りながら、反撃の機会をうかがうので精一杯だ。
・・・そして境界。
稲妻に巻かれた両側の巨虫が身じろぎするたび、みしみしっと音を立てて外甲殻のカケラ
が砕け落ちる。
柢王はさらに霊力を送り込む。 霊力を注ぎ込まれる稲妻は、そのまま巨虫を地面に押し
つけ、なおも暴れる巨虫の黒光りする外甲殻に食い込む。 巨虫の下のガラス化した地面が、
圧力に耐えかねて音を立てて砕けた。 それでもなお、巨虫は暴れ続けている。
結界を維持しつつ、上から押さえつけ、押し潰そうとする力と
巨虫を操りつつ、束縛を引きちぎって襲いかかろうとする力と
――― 一瞬たりとも気を抜く事の出来ない力の拮抗を繰り返しながら、境界と魔刻谷と
いう離れた場所で、柢王と氷暉は同時に叫んでいた。
「――――虫ッケラの分際で暴れんじゃねえ! おとなしく潰れろ!」
「――――この死に損ないが! いつまで足掻く気だ! 早く死ね!」
・・・・・ ピシャン・・ ――――――
「・・・ハッハ――― なかなかやる」
境界の光景と、黒き水の中継を通して繋がっている氷暉達の闘いぶりに、教主はわずかに
首をのけぞらせて笑った。
教主は階から湖へと足を進める。黒水を踏む白い足にはわずかの乱れもなく、足下で波紋
が次々と生まれて金色に沸き立つ。
湖の中央に腰を下ろし、結跏趺坐の形に足を組むと、長い腕を伸ばして体の両脇に湖に両
手をひたした。
ひたされた所から、黒水は金へと色を転じ、波紋ではなく小さな渦となり、教主を中心に
ゆるりと弧を描き出す。
「―――では 天界の至宝に拝謁を賜るとしようか」
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