投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
『1』
「おまえら、なんかあったろ」
尋ねた機長にクールな恋人は静かに微笑んで、
「なにかって何ですか、柢王。そんなことよりこれ、テーブルに運んでください」
いつも同様、ごく冷静な顔で食材を渡された機長は、渋々キッチンを後にする。
先週、購入されたばかりのテーブルには熱々の鍋がうまそうに煮えている。その前で、嬉しそうに待ち構えているのは、仕事帰りの
アシュレイとティア。引っ越し祝いの夕食会だ。
奇跡なのか、翌日がみんな休みで三人が夕方帰ってくる日。帰宅も一緒の仲良しプラン。
降りてくるティアを待つ間に、車を取りに行っていた柢王は、玄関先に残してきたふたりの間の空気の変化にちょっと眉をひそめた。
楽しげに、和やかに。桂花と話しているアシュレイ。それはいまはもうアシュレイが桂花を嫌っていないのは知っている。が、もとが
照れ屋で、照れているところを見せるのも嫌なぶっきらぼう。そんな当たり前そうな笑顔をはじめて見た。
おいおいどういう心境の変化? 聞こうとしたところへ、
「ごめん、待たせたね」
ティアが降りてきて、聞けずじまい。
それでうちに戻ってから、こっそり桂花に確かめてみたのだが・・・・・・。
常にクールな恋人は、それにただ微笑むだけで何も答えない。
大の親友と恋人の和解は嬉しい事のはずだが、恋人の事は何でも一番に知っておきたいヤキモチ焼き機長が、ややふて腐れながら、
鍋に具材を放り込むのは仕方がない。
「俺、お前に謝ることがあった・・・・・・」
アシュレイがうつむきがちにそう言ったのは、車を取りに行った柢王と降りてくるティアを待っていたときのことだ。
「謝ること、ですか?」
尋ねた桂花に、アシュレイはうなずいて、
「俺、誤解してたことあったろ。おまえと冥界のオーナーのことで・・・・・・」
「ああ・・・・・・ありましたね、そんなこと」
「俺、そのことおまえに謝ってなかったよな。・・・・・・ごめん、あんなヤツと不倫してるとか言って」
赤くなりながら、しかし、しっかりと顔を上げて言ったアシュレイに桂花が瞳を見開く。
「あれは──もう、終わった話ですし。そんなこと、気にしていたんですか」
尋ねた桂花にアシュレイはきっと瞳を上げて、
「だって、あんな気持ち悪いヤツだぞ! 俺、知らなかったけど、でもあんなヤツとデキてるなんて失礼じゃんかっ」
「それは──」
ある意味、冥界オーナーに大変失礼。思ったかもしれないクールな機長は、しかし、かすかに笑うと尋ねた。
「ですが、いまは誤解はないのでしょう?」
「それはそうだ。おまえのことは信用─して、る、から・・・・・・・」
言いかけた言葉の半ば、ちょっと息を飲み込んで、迷ったもののはっきりと言った機長は赤くなる。自分で自分の言葉が恥ずかしいが、
ここは我慢だ。ちゃんと言うべき事はちゃんというべきなのだ。
と言いたげに、瞳をまっすぐ、見つめてくるのにクールな美人は、
かすかに目を見張り、
そして──
「それなら、問題は何もありませんよ」
微笑んで、優しく瞳をそらす。
その横顔に目を当てたアシュレイは、少し、瞳を動かしたが、すぐに、
「うん。問題ねぇよな──」
前を向いて答える。その口元と瞳にあるのは、それでも嬉しそうな笑顔だ。
「あ、これうまい。桂花、おかわりあるか」
器を差し出したアシュレイに、ティアと柢王が目を見張る。いま名前で呼びました?
が、呼ばれた桂花はいたって冷静に、はいと器を受け取り、
「オーナーもたくさん召し上がってくださいね」
「あ、うん」
言いながらもティアの瞳はうるうるしている。アシュレイ! と感嘆符と感激が瞳の中で踊っているのがよくわかる。
対して、柢王は渡された器を受け取り、またガツガツ食べている親友と、いつもながら変わらない顔の恋人とを見比べて、
(ありえねぇだろ。つか何だ、これ)
複雑な顔で肩をすくめる。
嬉しそうに食べる顔。感激に瞳を潤ませている顔。クールな笑顔とその隣のヤキモチ混じりの困惑顔。
機長自宅の食卓は、とてもエスプレッシーヴォ。
『2』
「…マジでありえねぇ……」
降りて来た機長がよろめいたのは自宅のリビング。
階下から漂う飯の匂いに腹の虫が目覚めた。隣を見れば昨夜あんなに熱烈に愛し合ったはずの恋人の姿はない。
「マジで? つか起きれねぇくらいしときゃよかった…」
黒髪機長が思わずむっとしたのは、昨夜しつこく絡んだ理由が理由だから。
「ぜってーあいつらに気ぃ使って早起きしたな。んなに早く起きねぇつの。つか気使うなら俺に使ってくれっつーの」
大の親友と恋人の微妙なニアミスに妬けたなんて大声で言えることではないが、桂花だって薄々わかっているはずなのに。
マッタリどころか、朝7時半から飯の支度!
ティアたちが起きてくるまで絡んでいちゃつこう。決めて、階下に降りて行ったところ……。
見たのだ。すっきり着替えた恋人と親友がキッチンで楽しげに飯を作っている姿を。
愕然と突っ立っていると、
「おう、柢王」
笑顔満開のアシュレイが気付いて声をかける。と、その奥からクールな美人の恋人が、
「早いですね」
くすりと瞳で笑って見せたのに、黒髪機長の機嫌は一気に低気圧だ。
「おまえ早いなぁ」
起きて来たアシュレイが目を見張ったのは30分ほど前のこと。
キッチンにいた桂花はそれに挨拶して、
「あなたこそ。眠れませんでしたか」
尋ねるのに、アシュレイはいやと首を振り、
「よく寝たけど、飲んだ次の日は早く目が覚めるんだ。おまえこそ、昨夜、柢王が朝はゆっくりなって言ってたのに」
カウンター越しに覗いて見れば朝からうまそうな料理が仕込まれていて、にわか腹が鳴る。
慌てて顔を洗いに行って戻って来たアシュレイは再び桂花の手元を覗いて、
「おまえなんでもできるんだな。俺、目玉焼きなら作れるけど後はさっぱりなんだよな……」
と、桂花は穏やかに、
「慣れですよ。それに吾は食べないものが多いので」
「そっか。んじゃ、俺もやったらできるかな。なんか簡単なの教えてくれたら……」
いいんだけど。最後までいう前に赤くなったアシュレイに、桂花は微笑んで、
「構いませんよ。どうぞ」
赤毛機長はルビー色の瞳を輝かせて、おう! と、キッチンに踏み込んだ。
「あれ、みんな早いねぇ」
起きて来たティアは一同を見回して驚いた顔をした。テーブルに並んだ皿に感激顔で、
「うわ、すごい! これ、桂花が?」
「アシュレイ機長も手伝ってくださいました」
「アシュレイが?」
いつの間にそんなに仲良しに? と、当の赤毛機長はちょっと顔を赤くしながらも、
「桂花に簡単なの教えて貰ったから、今度おまえ泊まるときも大丈夫だからな」
その言葉に、オーナーは目を見張る。
「私のためにっ?」
「たまには目玉焼き以外もいいだろ」
「アシュレイ〜っ!」
「うわっ、こんなことで泣くなよ、ティアっ」
抱きつくオーナーに赤毛の機長は真っ赤になって目を見張る。
そんなハイテンションな親友達を前に、躍起になって新聞読む黒髪機長にクールな美人が穏やかに、
「柢王、ちょっと。忘れていたことがありました」
呼ばれた機長は渋々キッチンへ。ふて腐れた五才児モードで不機嫌に、
「何だよ、忘れ物って?」
尖らせたその唇に、ふと優しい感覚が触れて、
「おはようの挨拶を」
きれいな恋人が瞳細めるのに、目を見張り、それから秒速で上昇気流に乗った機長は、一転、笑顔で、
「おっはよーっ」
恋人を抱きしめて熱烈な挨拶返し。
機長自宅の今朝は、ややも高気圧配置のエスプレッシーヴォ。
『3(新春特別ジパング・バージョン)』
「なあ、桂花、これもうひっくり返してもいいか」
尋ねた赤い髪の機長に、隣にいる白い髪の機長は微笑んで、
「まだですよ。お餅は真ん中が膨らむくらいに焼いたほうがおいしいそうですから」
「そっか。でもうまそうな匂いだなぁ。早く焼けないかなぁ」
「ねぇ、アシュレイ! まだ焼けないならこっちでおせちでもつまんだら?」
「桂花もさ、キッチンじゃエアコン効きにくくて寒いだろ、こっちで酒でも……」
と、ダイニング・テーブルについた金髪のオーナーと黒髪の機長が声をかけるが、
「いや、そろそろ膨らんできたから目が離せない。先に食ってろよ、ティア!」
「吾もいまは寒くありませんから。飲みすぎると、明後日フライトですよ、柢王」
オープン・キッチンのふたりは席には戻らない。
コンロの上、網に載せた餅の焼け具合を様子を見守るふたりは赤白めでたい頭をくっつけそうな仲良しぶりだが、ダイニングの
金黒ふたりは手持ち無沙汰の不機嫌顔で、
「ちょっとあのふたりくっつきすぎてるよねぇっ、柢王っ」
「つか雑煮の餅なんかレンジでいいっつーのな、どうせ腹入ったら同じなんだし、なっ、ティア!」
すでにヤキモチこんがりきつね色。
機長自宅の食卓は、新年早々エスプレッシーボ。
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