投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
浴室で、髪を洗おうとしていたアシュレイが体をのりだして鏡をのぞきこむ。
頬にすり傷があることに、今はじめて気がついた。
「・・・しみるまで全然、気づかなかった」
その呑気な言いように氷暉が笑う。
《どこもかしこも敏感だ、なんて恋人に言われてるくせにな》
「う、うるさい!これくらいのかすり傷、いちいち気にするようなヤワじゃないんだっ」
私生活のほとんどが筒抜け状態のまいにちなのだ、わめきたくもなる。
氷暉のからかいに腹を立てたアシュレイがガシガシ髪を洗っていると、そんな洗い方ではダメだとまたしても口を挟んでくる。
「いちいち細けーこと言うな。武将の価値が髪で決まる訳じゃねぇだろ」
キッと鏡の中の自分をにらむといつの間にか、すり傷が消えていた。
「あ・・・サンキュ」
怒っていたかと思えば素直に礼を言う。その単純さが愉快だ、飽きない。
《お前はもう少し自分の体を丁重に扱え》
「自分の体をどう扱おうと勝手だろ」
髪にまだ泡が残っているというのにタオルを取ろうとするアシュレイにため息をついて、氷暉は浴槽の湯を彼に放った。
「なんだよっ」
《まだ泡が残ってる》
「お前〜・・・髪に泡が残ってるくらい―――」
《お前の体は俺のものでもある・・・・・本来の体はもう無いからな》
氷暉の声がいくぶん暗くなった気がしてアシュレイは言葉に詰まってしまう。
《自分がどんな体つきでどんな顔だったのかさえも、思い出せなくなる時が来るかもしれん》
「・・・氷暉・・・・・、お前ってあんがい記憶力ないんだなっ」
からかい口調ではあったが、アシュレイの本心など手にとるように分かってしまう氷暉のこと。そんな誤魔化しは通用しない。
(すぐ騙される)
たまに、こうして共生相手の心に揺さぶりをかけておく。アシュレイの性格を見切っている氷暉は、自分の存在を主張する術を熟知していた。
反対に、氷暉の本心を読むことができないアシュレイはすっかり反省モードとなり、その後かつてないほど丁寧に髪を洗い流したのだった。
《――――なんの真似だ?》
小振りのキャビネットの上に、見覚えのある姿がフォトフレームに収まっている。
「こ・・・これは、俺の共生相手がどんな奴だったか忘れないように描かせたものだ」
(また、意味のないうそを・・・・しかしいつの間に?)
・・・・・そういえば数日前、一時的に記憶がとんでいた日があった・・・・どうせまた守天とよろしくやっていたのだろうと思っていたが、どうやらそういうわけではなかったようだ。
《なんだ、お前も人のことを言えない脳ミソだと認めたのか、感心だな・・・・俺はもっと品のある顔だったと思うが》
「そーかぁ?人相のわるさを的確に捉えた最高傑作じゃん。今探してる極悪魔族だって言って、描かせたんだ」
言いながら姿絵を手にとるアシュレイ。
《・・極悪・・・・。まぁ、その仕上がりなら許容範囲だが・・・・ここに置いておくのは問題じゃないか?》
「なんでだよ?俺が使ってる部屋になにを置こうが文句を言われる筋合いはないぜ。それともお前がいやなのか?」
《俺はかまわないが、こんなものバレたらお前また―――――》
いきなり黙り込んだ氷暉にアシュレイが問いかけようとすると、ノック音と共に返事を待たずドアが開いた。
ここでそんなことをできる人物は一人しかいない。そう、ティアだ。
「アシュレイ、いる?君の好きなお菓子が――――・・・・・」
後ろ手でドアを閉めた恋人が一瞬で不機嫌になったことは、アシュレイにもわかった。
部屋の温度がいっきに下がった気がしてアシュレイはブルッと体をふるわせる。
「――――――なんなの、それ」
ティアの冷たい視線が自分の胸元に刺さっている。
つられて視線をうつすと、うでの中に氷暉の姿絵が。
「ア!」
ようやく氷暉の言いかけた言葉を理解したアシュレイだったが、後の祭りだ。
頭に血がのぼった恋人に組み敷かれて必死に言い訳を並べている武将をジッと見下ろす氷暉。
《バカな奴・・・・》
他人が自分のためを思い、何かをしてくれるということ――――そんなことは、アシュレイに出会うまで・・・今の今まで経験がなかった。
この気持ちをどう表現すれば良いのか氷暉には分からない。分からないが、下にいる守天と交代したい気分だ。
自分が存在できないはずの天界で生活をしたり、共生した体で同族と戦ったり、本当に全てが新鮮なことばかりで。
魔族の敵=たいくつ。
好物=刺激。
この砂糖のような武将といると、そのどちらもが適度に満たされる。
守天に放り出されたフレームの中の自分が、心なしか笑みを浮かべているように氷暉には見えた。
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