投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
・・・・・・・・カシャン チリリン ・・・ ・・・
遠くで、水晶の転がる音がする。
不思議な音色を響かせるそれは、聞く者が聞けば快い音として微笑むだろう。・・・だが魔
刻谷の底で身を寄せ合うこの魔族の兄妹にとっては、背筋を震わせるほど恐ろしい音としか
聞こえない。
氷暉は長く息を吐いて体の力を抜いた。
「・・・大丈夫か、水城」
「・・・・・全身であたしを庇っておいて、何を言っているの?氷暉こそ大丈夫なの?」
抱き込まれた腕の中からごそごそと動いて腕を伸ばした水城が、確認するようにそっと氷
暉の背を撫でる。
「・・・ものすごい力だったわ。 中継の切断があと少し遅かったら―――」
氷暉の背に腕をまわした水城がかすかに震える声で言った。
「・・・衝撃波の余波もな・・・。衝撃が後少しでも強ければ、水晶の雨霰だったろう。地中だか
ら助かったんだ。・・・が、さっきの黒髪の攻撃で、あちこちがゆるんでいる。次に同じよう
な衝撃を喰らったら―――」
目を開けば 禍々しいほど赤い光を放つ水晶群の連なり。
深紅に沈む魔刻谷の底で身を寄せ合う魔族の兄妹の目には、ただ、ただ恐ろしいものとし
か映らない。
天界人には清浄の証。 だが魔族には――――
水城が無言で背にまわした腕に力を込めた。
「・・・これからどうするの、氷暉? 中継は途切れてしまったし、なんの指示もないわ。」
「・・・さあな」
氷暉はかすかに苦笑した。
水底の修羅達を統べる魔王の考えなど、氷暉にはわからない。
おそらく今回はただの様子見と言ったところだろう。 天界の武将の力量をある程度見極
められた事でもあるし、帰還命令が出ればそれで良し、氷暉は、命令に従うだけだ。
だが闘いになれば、妹を危険にさらす事は極力避けねばならない。
(・・・やはり来させるべきではなかったか)
だが、安全な場所など、どこにもありはしないのだ。
天にも 地にも――――死んだあとですら。
ふいに氷暉が顔を上げた。
「・・・氷暉?」
「――――来る」
そして 天主塔の執務室。
「・・・アシュレイ」
遠見鏡に張りついて一歩も動こうとしないティアの背中を半ばあきらめ気分で見つめつ
つ、桂花は拾い上げた書類を分別し、執務机に並べ終えた。
守天が遠見鏡に張りつく程心配なのは、遠見鏡に映し出される画像がひどく荒れているせ
いもある。思うように映し出せないばかりか、時折かすれたようなスジが遠見鏡の画面を断
ち切るかのように何本も入る。心配でないはずがない。―――とはいえ、張りついたところ
でそれが改善されるわけではないのだが。
「・・・守天殿、少し休んで下さい。お茶をお入れいたします」
巨虫は柢王が倒した。 もうサルにも柢王にも危険はないだろう。後の捜索作業は兵士達
に任せればいい。
むしろこれから大変なのは守天のほうだった。
桂花はティアを遠見鏡から引きはがすと、長椅子まで誘導した。
気分を入れかえることが必要だ。
「・・・ ・・・そうだね。兵士達の治療もあるし、二人が帰ってきたら報告事項や今後の対策で
きっとお茶を飲むヒマもないね。大急ぎでティータイムをしようか」
長椅子に腰を下ろすさいに、その隣に置かれっぱなしになっている、使い女が三人がかり
で抱えて運んできた大壺に満たされた水を見てティアは苦笑した。
「カルミアから初摘みのいい茶をもらっているから、それを淹れてくれる?」
それに応えず、桂花が弾かれたようにバルコニーの方角を振り向いた。
「桂花?」
紫色の瞳を見開いてバルコニーの方角を見つめていた桂花が、突然頭を護るように両手で
両耳を塞ぐと、見えない何かに突き飛ばされたかのように後ろによろめいた。
「―――桂花?!」
そのまま身を折って床に両膝をつき、荒く息をつぐ桂花のもとに あわててティアが走り
寄る。
かたかたと震えながら冷たい汗を流す桂花が、切れ切れの息の底から言葉を絞り出す。
「・・守天殿、・・遠見鏡を・・!」
「遠見鏡?――――あっ?!」
桂花の肩を支えながら、境界の光景が映しだされた遠見鏡を振り返ったティアが、小さく
鋭い驚きの声を立てたまま、凍りついた。
「・・・・・するってーと何か? 俺が野菜も肉も入った鍋を用意して後は火を通すだけ、の状
態で放置してたそれを、お前が火を通して喰っちまった。・・・みたいなかんじか?」
アシュレイの言葉に、雷霆の直撃を受けた地表があまりにもの高温でいったん溶けてしま
い、陶器の釉薬のように表面がガラス化している地面をブーツの底でバリバリと踏み砕きな
がら柢王が笑う。
「・・・何で例えが鍋になるんだか。 いや、むしろぐつぐつ煮えた状態でお前がどっか行っ
ちまったそれに、俺が調味料入れて喰っちまったっていうほうが近いな。・・・まあ、言って
しまえば、あの攻撃は俺とお前の合作みたいなもんだ」
「そしてその合作鍋をお前一人が喰っちまったと。」
柢王が隣で吹き出した。
「いいかげん鍋からはなれろよ。ただでさえ暑いってのに。腹へってんのか?」
「・・・そーいや、昼メシ喰ってない・・・・」
「俺は朝飯もまだだ・・・・」
午前中からのゴタゴタで走り回っていたアシュレイと柢王だった。
「・・・・・」(×2)
二人は顔を見合わせた。
「・・・・・いったん帰るか。お前、ホントに顔色悪ぃし。大丈夫かよ柢王?」
「・・・・・腹はあんまり減ってねえけど、喉は渇いたな。そうだな、帰るか」
そうして二人は深く頷きあったのだった。
「そんじゃま、ぐるっと一巡りして帰るか。―――」
柢王の言葉にうなずいて、その横に並びかけたアシュレイが、ばりばりっと足元で派手な
音を立てるガラス化した地面を踏んだその途端、はっと顔を上げた。
ずっと感じていた かすかな違和感。 何かを忘れているような―――
「・・・・・!!!」
周囲を見回す。 乾ききった地面はところどころガラス化して陽光を照り返している。
ここはもとは木々と下生えが地を柔らかく覆い尽くす場所であった。今は何もない。
ただ 乾いた風が吹きわたる以外は。炎と雷が一瞬にして燃やし尽くしたのだ。 地表が溶
けるほどの―――それは、周囲一帯が恐ろしいまでの高温だったことを物語っている。
突然立ち止まったアシュレイに、柢王が「どうした」と振り向いた。
「―――思い出した。柢王」
「何が」
「―――岩だよ! そして、森だ! ・・・熱いはずなんだ! 溶岩や火山灰が固まったモノ
だぜ? 森なんかに落ちてみろ、下手をすれば山火事だって起きる。 仮に燃えなくたって
周りの木は熱さで枯れちまう! 元に戻るまでに何年もかかるんだ、鳥が棲んでいるはずが
ない!」
振り向いた柢王に、勢い込んでアシュレイがまくし立てる。
「―――岩? 19番目か?」
「そうだよ! ―――っ?!」
なおも言いつのろうとしたアシュレイの体が跳ねた。 同時に柢王が片耳を押さえて上空
を振り仰ぐ。
水音―――・・・ ―――たくさんの
「・・・雨じゃない!どこから?!」
―――降り注ぎ ―――流れ込む ―――――水の
「傷を負った兵士が言っていた ―――このことか?!」
「・・・あのデカ虫が出てくる前に、そんな音が―――でも もっと ―― 」
二人は背中合わせになって周囲を見渡す。
水音は止まらない。
周囲はどこまでも乾ききった大地。水などどこにも存在しない。 にもかかわらず、水音
は二人の耳元で鳴り響いているのだ。
―――鳴り響きながら、近づいてくるのだ。
―――小さな雫が ・・・ 集まり 小さな流れとなり ――――・・・――――
・・・・・・・・小さな流れが集まり・・・ ―――――集まって 奔流となり ―――――
―――――――な が れ ―――――――――――く だ る ――――――・・・・・!
「―――――ッ?!」
流れ込むひときわ高い水音と、足にまとわりつく目に見えぬ冷たい水の感触。それらは渦
巻きながらひたひたと水位を上げ、彼らの全身をひたしはじめる。
―――――おしよせる みちる あふれる――――――――・・・・・・・・・・・!!
「・・・・っ まただ!!」
不可視の水に全身を押し包まれた瞬間、柢王がのど元を押さえる。
ここに来る直前。結界を突き抜けるような感触と息苦しさを思い出す。
(前の時の比じゃねえ!)
―――――笑い声が、聞こえたような気がした・・・・・・・・
「柢王!」
アシュレイの呼び声に、柢王は振り向いた。
彼らからわずかに離れた場所の、ガラス化した地表にピシリと音を立てて蜘蛛の巣のよう
な亀裂が走る。―――まるで、地中から押し上げられるように、亀裂は広がってゆく。
「アシュレイ!跳べ!」
飛び離れた二人の場所を土埃と土砂がなだれ込み、土埃にまぎれるようにして黒光りする
長い巨体が地響きを立てて滑り込んできた。
「・・・出たぞ 一頭!」
土埃の向こうでアシュレイが叫んでいる。目をすがめた柢王が、さらに声の聞こえた後方
から土砂が高く巻き上がるのを見た。
「アシュレイ!お前の右後方!そっちにも出たぞ!―――逃がすな!」
「二頭も?!―――逃がすか!」
上空に飛び上がったアシュレイが、斬妖槍の槍先を地面に向けて円を描くように一振りす
る。 地面に円を描くように炎が走り、描かれる円の両端が閉じた次の瞬間、炎の壁が立ち
上がった。
直径100メートルにもおよぶ、炎の結界。
魔族をここより外へは出さないための措置だ。
「!」
空に浮いたアシュレイに向かって土埃の下から巨虫二頭が躍り出る。
「――――来い!」
アシュレイは斬妖槍を構えて吼えた。
「・・・アシュレイ!無理するな!」
地上の柢王が叫ぶ。 その背後で轟音が上がり、土埃と土砂と共に躍り上がってくる黒い
影が見えた。
「・・・まだいたのか?!」
―――――さらに二頭!
土砂を巻き上げて躍り出たそれらは、剣を構えた柢王の両脇を大きく迂回して一気にすり
抜けた。
「・・・・・っ!」
振り向いた柢王が、巨虫の向かう先を見て目を見開いた。 二頭とも―――すでに二頭を
相手に闘っているアシュレイの方へ向かっている。
「―――馬鹿野郎! 半分は俺と遊べ!」
柢王の両手から放たれた、青い細い稲妻が二頭の巨虫の動きを封じるべく絡みついた。
Powered by T-Note Ver.3.21 |