投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「―――にしても忍も奇特だよね。俺だったらバックレちゃうよ」
昨日は二葉の誕生日。
けれど当の二葉はちょっとしたアクシデントから二日前に渡米。
特別な日だったから同行したかったのだけど、俺にも外せない仕事があり断念した。
小沼中心の内容だったからヤツは何とかすると言ってくれたのだけど、公私混同は一社会人として嫌だった。
二葉の誕生日を一緒に祝えないのは出会って以来初めてのことだ。
「誰の所為だよ」
小沼の言葉に脇のソファで雑誌をめくっていた悠がとがめる。
「わかってるっ」
悠に噛み付くように返した小沼だったけど、俺には悪いと思ったらしく「ごめんね」と小さくつぶやいた。
「いいんだ。これから先を考えたら自分のスタンスはしっかりしなくちゃ。それに小沼をほっぽって駆けつける俺なんか二葉は望んじゃいないよ」
「そうだよねっ!! 仕事には責任を持たなくっちゃ。 それに大地は続いてるんだもん、場所は違えど忍の気持ちはバッチリ伝わってるって」
殊勝な殻を見事にかち割り小沼は意気揚々言い募る。
責任・・・責任ねぇ。数秒でまったく逆の意を力説するおまえに言われるとは。
苦笑する俺の内心を悠は淡々と口に出した。
「支離滅裂。意味不明。―――それに言うなら空だろ、地はしっかり海に阻まれてる」
「うっ、海の底には地面があるもんっ」
勝てるわけないのに懲りずに小沼は応戦する。
でもこの悠の毒舌は好意なんだ。
証拠にちゃんと返してる。
以前は理解できなかったことだけど、今ではスンナリ受け止めるられる。
そんな二人のやり取りをぼんやりと眺め、俺はコーヒーをすすった。
「ふぇーーーん」
白旗を挙げた小沼が俺に泣きつく。
よしよしと小沼を慰めるのも毎度のこと。
「長居すると馬鹿がうつる」
そんな俺たちに厭きれた視線を流し、悠は仕事道具入りのボストンを肩にかけ扉に向う。
「お疲れ様」
その背に慌てて声をかけると、応じるように片手を上げ悠は姿を消していった。
あれ?こいつは?―――小沼置いてっちゃうの?
俺が小沼を送れない時は悠が世話を焼くのも習慣になりつつあるのだけど。
変だな?と俺は首をひねる。
「それより、ね。何にしたの? プレゼント」
置いていかれた本人、小沼はそんなの全くお構いなしに期待に溢れる目を俺に向けている。
まるで自分がプレゼントをもらうみたいだ。
「う――ん。今回はプレゼントは用意してないんだ。その代わりモーターショーによるつもり。幕張だったら成田からすぐだし、スーパーカーはもちろん、ハイブリッとカーやエコカーにも興味あるみたいだし」
この後、帰国する二葉を成田まで迎えにいく帰りの予定と、明日、明後日の休みは二葉の好きにしてやることがプレゼントだと小沼に話した。
「ヘッヘッへ、そう来ると思った♪ ジャジャジャジャ―――ン!!」
小沼は自分で発した効果音と共にリボン付の封筒を俺に差し出した。
「なに? わっ、これ!!」
「そ、ベイエリアの宿泊券と『東京モーターショー2007』の前売りチケット。ちゃ〜んと予約も入れてあるよ〜ん」
「―――よく取れたね」
それは俺が昨日満室を理由に断られたホテルだった。
モーターショー開催中だし、ベイエリアの中でも指折りのホテルだから仕方ないと諦めていたんだ。
「まっかせなさい♪ ―――って言いたいとこなんだけど、実は悠のコネなんだ」
「悠の?」
そりゃ悠ならコネの一つや二つ間違いなくあるだろう。けど・・・
あ、もしかして・・・。
だから?
さっさと帰ったのは照れ隠し?
俺の思考が通じたらしく「素直じゃないよね〜」と小沼は笑う。
らしくない悠の行動に胸が熱くなった。
そんな二人の厚意が嬉しく、早く二葉に会いたくて、じっとしてられず俺はコーヒーを置き立ち上がった。
迎えにはまだ早い。空港で数時間は待つことになるだろう。
でも、いいんだ。二葉のことを思っていたら時間なんてすぐ経ってしまうに違いないから、いや足りないくらいだ。
笑顔の小沼に見送られ車に乗り込む。
ハンドルを握りながらも微笑が浮かぶ。
二葉に会ったら、
二葉に会ったら、こう言おう。
『おかえり』そして『ありがとう』と。
祝いの言葉よりも先に感謝を伝えたい。
生まれてきてくれて、ありがとうって。
二葉は驚いた顔をするだろう。
でも、きっと言うんだ『サンキュウ』って。
抑えても抑えても溢れ出す心を纏い、俺はアクセルを踏み込んだ。
月明かりに照らされて、銀の波がゆれる。
欠けてゆく月は、それでもまだ足元を確認するにはじゅうぶんだった。
戯れにススキを一本手にしたアシュレイは、ひんやりとした風を吸いこむ。
色とりどりの花を楽しませてくれる春やさわやかな夏もいいが、自然界が小休止に向かうすこし前の、秋という季節も過ごしやすくて好ましい。
ここに来る前、天主塔に行ったらティアから嬉しい情報が入った。
「実はね、転生したアランとハーディンが一緒に日本の平城京にいるんだよ。」
「一緒にっ!?なんで?親子なのかっ」
「いや、仕事仲間みたいだね」
「仕事・・・鍛冶師か?アランも?」
「ちがうよ、ハーディンは仏師でアランは画師」
「ぶっし?」
「御仏を彫るのが仏師。画師のアランはそれに色づけをしてるんだ」
「へえ・・・・・ハーディンは刀剣を打つかと思ってた」
ちょっぴり残念そうなアシュレイの声に「鍛冶師じゃないけどとても優れた職人になったんだよ」とティアは穏やかにほほ笑む。
「そっか。職種が違ったとしても、あいつやっぱり腕のいい職人になったんだな。俺、見に行ってみる。アランにも会いたい」
「それはダメ。分かってるよね?必要以上に人間に関わってはいけない」
「・・・・・ほんのちょっと、遠くから見るだけでも・・・・・・ダメか?」
上目づかいで首を傾げるアシュレイに、ティアはグッと息を飲む。
計算なのか、天然なのか。ティアは警戒しながら恋人を窺った。
「・・・・・彼らに関わらないと約束できる?絶対に遠くから見るだけ?」
「見るだけだ」
「もし約束を違えたら一晩・・いや、二晩かけておしおきするよ?」
「・・・・仕置き?」
半ば察しているようすで不安そうに自分を見るアシュレイがかわいい。
「言わなきゃわからない?じゃあちょっと実践で説明してみようか・・・・・アシュレイッ!」
目を通していた書類を伏せ、イスから腰をあげたティアより先に彼はバルコニーへ飛んでいた。
「ようす見たらすぐ戻るからっ」
「こらっ!まだ承諾してないよっ!」
もうジッとなんかしていられない。二人に会いたい。
(ティアだって、俺がこんなこと聞いて大人しくしてられないことくらい判ってるはずだ。それを承知で言ったってことは・・・遠目なら構わないってことだろ)
自分に都合のよい方へ解釈して、アシュレイは人界まで来た。
今までも、亡くなってしまった部下たちの転生をこっそり見てきたのだ、あの二人には特別な思い入れもあるからなおさらの事だった。
しかし、平城京にいるというところまでは聞いたが、それ以上の詳しい情報がわからない。
しかたないので人間に変化し、聞きこみ捜査を始めようとしたのだが、転生を果たした二人の名も知らないのだ。これでは尋ねようがない。
「もっと詳しいこと聞きだしてからくればよかった・・」
落胆したまま荒野を歩いていくと、小屋がいくつか並んでいるのが目に入った。
灯りがともっている、誰かいるようだ。
もしアランたちなら転生したとは言え、そうと判る自信があるアシュレイは、足を忍ばせながら近づいていった。
「そんな都合のいい事ねぇだろうけどな・・・・・・ん?」
自分よりはるか高く伸びた大木に、奇妙なものがぶら下がっているのに気づき目を凝らしたが、ちょうど月が雲にかくれて見えなくなってしまう。
「魔族の気配・・」
アシュレイが顔をしかめると、背後からとつぜん腕をつかまれた。
「!」
「こんな時間にどうした?何か用かい?」
一瞬、この男が魔族か?と身構えたが、彼から魔族の気配は感じられない。人間だ。
月がふたたび姿をあらわす前に変化してしまおうとしたその時、小屋の中から別の人物が出てきた。
「万福、戻ったのか?悪いがこの部分の色をもう少し――――誰だ?」
「秦、こんな夜更けに子供がひとりでいたんだ。中に入れてやろう」
燭台を手に小屋から出てきた秦という男の方へ見せるように、万福と呼ばれた男がアシュレイを押し出すと、覆っていた雲が途ぎれ月が顔をだした。
それを合図にしたかのようなタイミングで、空から黒い物体が落ちてくる。
「下がれ!」
アシュレイが二人を小屋の方へつきとばし、その前に立ちふさがる。
「魔族・・・・?だよな、こんなデカイの・・グロ過ぎる・・」
巨大な黒い芋虫。所々に黄色や赤の点がある。
「・・・・、こっちまで来たのか、化物め」
秦がひっくり返ったままうめいた。
「なにっ?よく出没するのか―――――・・・って、お前アランかっ!?・・ハーディンも!」
こんなに都合のいいことが!?
転がっている二人を見て、アシュレイは魔族の出現よりも胸が高鳴る。見まちがえるはずもないくらい、二人の面影はそのままだった。
「つい先日、山向こうの里を襲ったやつだ」
立ちあがった万福=ハーディンがアシュレイの手を引きよせ、自分の背後にやる。
秦=アランも、庇うようにアシュレイの前へ出る。
「二人とも・・・変わんねぇな」
姿形はもちろん、とつぜん現れた素性も知れない自分を庇おうとする人の良さも変わらない。
「いっきに片付けてやる!」
切るより業火で燃やしてしまった方がいい。そう判断し、二人の制止を振り切って芋虫に火を放とうとしたとき、黄色や赤の点々からビュッと液体がアシュレイ目がけて飛び出した。
「わぁっ!?」
ぬるりとした臭い液体にアシュレイが狂ったように跳びはねる。体中がピリピリと痛い。
「くせぇっ!くせーっ!!鼻が曲がるーっイ、イテッ、イテテ、なんかしみるーっ」
暴れるアシュレイを小屋の方へ引きずり、ハーディンが叫ぶ。
「秦、(アラン)水を!」
息がうまくできなくて、アシュレイはもがきながら倒れてしまった。
「せーの!」
小屋の前に置いてあった大瓶を二人で斜めにすると、勢いよく水がこぼれてアシュレイについた液体を洗い流してくれた。
自分たちの衣でずぶ濡れになった体を拭いてやると、ようやくアシュレイは大人しくなった。
「う・・・・」
「逃げよう、早く逃げないとまたやられるぞ」
アシュレイの脇を肩で支え、引きずるように小屋の裏まで逃げようとする二人。
「待て・・・今度は大丈夫だ、俺に任せてくれ・・」
成り行きで関わってしまったが、あとで二人に忘却の粉をふればいい。そう思って、アシュレイは空へ飛んだ。
「!!」
鳥のように、小屋よりも高く宙を舞う少年を見て、ハーディンとアランが息を飲む。
アシュレイは、標的を逃がさぬよう四方にまやかしの火をうってから、業火を放った。
芋虫は火だるまとなり、燃え広がる心配もないほどわずかな時間で溶けるように姿を消した。
それを見届け、アシュレイは胸元の忘却の粉を探る。せっかく会えたのだ、本当はもっと一緒にいたい、話したい。
複雑な思いでそれを取りだすと・・・・。
「・・・マズイ・・・・・仕置き決定だ」
さっきかぶった水によって懐紙に包まれた粉はべったりと固まり、使いものにならない状態になっていた。
かといって、開き直って二人と話すわけにはいかないので非常に心残りだったがアシュレイはすぐに姿を消すと、遠見鏡の向こうで見えない角を生やしているであろう恋人の元へと急いだ。
「なんだったんだ・・・あの子は・・・」
呆然とつぶやいたハーディンの背を興奮したアランがたたく。
「あれはっ!あのお方はっ!今、我らが制作している天竜八部衆、阿修羅さまではないのかっ!?」
「阿修羅・・・・・まさか!?」
「きっと、そうだ!あの燃える炎のような髪や瞳・・・それにあのような見事な細工の腕釧や胸飾を見たことがあるか?・・・・なにより宙を飛んでおられた・・・」
「阿修羅王は・・・・あのように可憐な少年であったか」
二人は依頼を受け、ちょうど阿修羅像の制作にとりかかっている最中であった。
檜の一木造で、体格のよい阿修羅像を作っていたのだが・・・いま目にしたその姿は線が細く、少年か・・・下手をすれば少女のようなしなやかな体つきであった。
「あの不気味な虫を退治し終えた後の、何とも言えぬ憂いの表情。世を果敢なむような瞳。ああ、なんという繊細で美しい・・・・決めたぞ、秦(アラン)・・・・阿修羅像は檜を使わずに仕上げる」
「完成間近だというのに?」
「作り直す。脱活乾漆だ。あのしなやかさ、あの身軽さを表現するには一木造りではダメだ」
「・・・・そうか・・・そうだな。では、俺も色をつくりなおそう」
二人は興奮冷めやらぬまま、新たな阿修羅像の制作に取りかかった。
その後。
その秀でた技術を駆使した二人により、他に類を見ぬ少年阿修羅像が仕上がった。
左右相称で直立し、憂いの表情を浮かべた阿修羅像を前に、人々は合掌せずにはいられないという。
争いのない世界を願って。
・・・・・・・・カシャン チリリン ・・・ ・・・
遠くで、水晶の転がる音がする。
不思議な音色を響かせるそれは、聞く者が聞けば快い音として微笑むだろう。・・・だが魔
刻谷の底で身を寄せ合うこの魔族の兄妹にとっては、背筋を震わせるほど恐ろしい音としか
聞こえない。
氷暉は長く息を吐いて体の力を抜いた。
「・・・大丈夫か、水城」
「・・・・・全身であたしを庇っておいて、何を言っているの?氷暉こそ大丈夫なの?」
抱き込まれた腕の中からごそごそと動いて腕を伸ばした水城が、確認するようにそっと氷
暉の背を撫でる。
「・・・ものすごい力だったわ。 中継の切断があと少し遅かったら―――」
氷暉の背に腕をまわした水城がかすかに震える声で言った。
「・・・衝撃波の余波もな・・・。衝撃が後少しでも強ければ、水晶の雨霰だったろう。地中だか
ら助かったんだ。・・・が、さっきの黒髪の攻撃で、あちこちがゆるんでいる。次に同じよう
な衝撃を喰らったら―――」
目を開けば 禍々しいほど赤い光を放つ水晶群の連なり。
深紅に沈む魔刻谷の底で身を寄せ合う魔族の兄妹の目には、ただ、ただ恐ろしいものとし
か映らない。
天界人には清浄の証。 だが魔族には――――
水城が無言で背にまわした腕に力を込めた。
「・・・これからどうするの、氷暉? 中継は途切れてしまったし、なんの指示もないわ。」
「・・・さあな」
氷暉はかすかに苦笑した。
水底の修羅達を統べる魔王の考えなど、氷暉にはわからない。
おそらく今回はただの様子見と言ったところだろう。 天界の武将の力量をある程度見極
められた事でもあるし、帰還命令が出ればそれで良し、氷暉は、命令に従うだけだ。
だが闘いになれば、妹を危険にさらす事は極力避けねばならない。
(・・・やはり来させるべきではなかったか)
だが、安全な場所など、どこにもありはしないのだ。
天にも 地にも――――死んだあとですら。
ふいに氷暉が顔を上げた。
「・・・氷暉?」
「――――来る」
そして 天主塔の執務室。
「・・・アシュレイ」
遠見鏡に張りついて一歩も動こうとしないティアの背中を半ばあきらめ気分で見つめつ
つ、桂花は拾い上げた書類を分別し、執務机に並べ終えた。
守天が遠見鏡に張りつく程心配なのは、遠見鏡に映し出される画像がひどく荒れているせ
いもある。思うように映し出せないばかりか、時折かすれたようなスジが遠見鏡の画面を断
ち切るかのように何本も入る。心配でないはずがない。―――とはいえ、張りついたところ
でそれが改善されるわけではないのだが。
「・・・守天殿、少し休んで下さい。お茶をお入れいたします」
巨虫は柢王が倒した。 もうサルにも柢王にも危険はないだろう。後の捜索作業は兵士達
に任せればいい。
むしろこれから大変なのは守天のほうだった。
桂花はティアを遠見鏡から引きはがすと、長椅子まで誘導した。
気分を入れかえることが必要だ。
「・・・ ・・・そうだね。兵士達の治療もあるし、二人が帰ってきたら報告事項や今後の対策で
きっとお茶を飲むヒマもないね。大急ぎでティータイムをしようか」
長椅子に腰を下ろすさいに、その隣に置かれっぱなしになっている、使い女が三人がかり
で抱えて運んできた大壺に満たされた水を見てティアは苦笑した。
「カルミアから初摘みのいい茶をもらっているから、それを淹れてくれる?」
それに応えず、桂花が弾かれたようにバルコニーの方角を振り向いた。
「桂花?」
紫色の瞳を見開いてバルコニーの方角を見つめていた桂花が、突然頭を護るように両手で
両耳を塞ぐと、見えない何かに突き飛ばされたかのように後ろによろめいた。
「―――桂花?!」
そのまま身を折って床に両膝をつき、荒く息をつぐ桂花のもとに あわててティアが走り
寄る。
かたかたと震えながら冷たい汗を流す桂花が、切れ切れの息の底から言葉を絞り出す。
「・・守天殿、・・遠見鏡を・・!」
「遠見鏡?――――あっ?!」
桂花の肩を支えながら、境界の光景が映しだされた遠見鏡を振り返ったティアが、小さく
鋭い驚きの声を立てたまま、凍りついた。
「・・・・・するってーと何か? 俺が野菜も肉も入った鍋を用意して後は火を通すだけ、の状
態で放置してたそれを、お前が火を通して喰っちまった。・・・みたいなかんじか?」
アシュレイの言葉に、雷霆の直撃を受けた地表があまりにもの高温でいったん溶けてしま
い、陶器の釉薬のように表面がガラス化している地面をブーツの底でバリバリと踏み砕きな
がら柢王が笑う。
「・・・何で例えが鍋になるんだか。 いや、むしろぐつぐつ煮えた状態でお前がどっか行っ
ちまったそれに、俺が調味料入れて喰っちまったっていうほうが近いな。・・・まあ、言って
しまえば、あの攻撃は俺とお前の合作みたいなもんだ」
「そしてその合作鍋をお前一人が喰っちまったと。」
柢王が隣で吹き出した。
「いいかげん鍋からはなれろよ。ただでさえ暑いってのに。腹へってんのか?」
「・・・そーいや、昼メシ喰ってない・・・・」
「俺は朝飯もまだだ・・・・」
午前中からのゴタゴタで走り回っていたアシュレイと柢王だった。
「・・・・・」(×2)
二人は顔を見合わせた。
「・・・・・いったん帰るか。お前、ホントに顔色悪ぃし。大丈夫かよ柢王?」
「・・・・・腹はあんまり減ってねえけど、喉は渇いたな。そうだな、帰るか」
そうして二人は深く頷きあったのだった。
「そんじゃま、ぐるっと一巡りして帰るか。―――」
柢王の言葉にうなずいて、その横に並びかけたアシュレイが、ばりばりっと足元で派手な
音を立てるガラス化した地面を踏んだその途端、はっと顔を上げた。
ずっと感じていた かすかな違和感。 何かを忘れているような―――
「・・・・・!!!」
周囲を見回す。 乾ききった地面はところどころガラス化して陽光を照り返している。
ここはもとは木々と下生えが地を柔らかく覆い尽くす場所であった。今は何もない。
ただ 乾いた風が吹きわたる以外は。炎と雷が一瞬にして燃やし尽くしたのだ。 地表が溶
けるほどの―――それは、周囲一帯が恐ろしいまでの高温だったことを物語っている。
突然立ち止まったアシュレイに、柢王が「どうした」と振り向いた。
「―――思い出した。柢王」
「何が」
「―――岩だよ! そして、森だ! ・・・熱いはずなんだ! 溶岩や火山灰が固まったモノ
だぜ? 森なんかに落ちてみろ、下手をすれば山火事だって起きる。 仮に燃えなくたって
周りの木は熱さで枯れちまう! 元に戻るまでに何年もかかるんだ、鳥が棲んでいるはずが
ない!」
振り向いた柢王に、勢い込んでアシュレイがまくし立てる。
「―――岩? 19番目か?」
「そうだよ! ―――っ?!」
なおも言いつのろうとしたアシュレイの体が跳ねた。 同時に柢王が片耳を押さえて上空
を振り仰ぐ。
水音―――・・・ ―――たくさんの
「・・・雨じゃない!どこから?!」
―――降り注ぎ ―――流れ込む ―――――水の
「傷を負った兵士が言っていた ―――このことか?!」
「・・・あのデカ虫が出てくる前に、そんな音が―――でも もっと ―― 」
二人は背中合わせになって周囲を見渡す。
水音は止まらない。
周囲はどこまでも乾ききった大地。水などどこにも存在しない。 にもかかわらず、水音
は二人の耳元で鳴り響いているのだ。
―――鳴り響きながら、近づいてくるのだ。
―――小さな雫が ・・・ 集まり 小さな流れとなり ――――・・・――――
・・・・・・・・小さな流れが集まり・・・ ―――――集まって 奔流となり ―――――
―――――――な が れ ―――――――――――く だ る ――――――・・・・・!
「―――――ッ?!」
流れ込むひときわ高い水音と、足にまとわりつく目に見えぬ冷たい水の感触。それらは渦
巻きながらひたひたと水位を上げ、彼らの全身をひたしはじめる。
―――――おしよせる みちる あふれる――――――――・・・・・・・・・・・!!
「・・・・っ まただ!!」
不可視の水に全身を押し包まれた瞬間、柢王がのど元を押さえる。
ここに来る直前。結界を突き抜けるような感触と息苦しさを思い出す。
(前の時の比じゃねえ!)
―――――笑い声が、聞こえたような気がした・・・・・・・・
「柢王!」
アシュレイの呼び声に、柢王は振り向いた。
彼らからわずかに離れた場所の、ガラス化した地表にピシリと音を立てて蜘蛛の巣のよう
な亀裂が走る。―――まるで、地中から押し上げられるように、亀裂は広がってゆく。
「アシュレイ!跳べ!」
飛び離れた二人の場所を土埃と土砂がなだれ込み、土埃にまぎれるようにして黒光りする
長い巨体が地響きを立てて滑り込んできた。
「・・・出たぞ 一頭!」
土埃の向こうでアシュレイが叫んでいる。目をすがめた柢王が、さらに声の聞こえた後方
から土砂が高く巻き上がるのを見た。
「アシュレイ!お前の右後方!そっちにも出たぞ!―――逃がすな!」
「二頭も?!―――逃がすか!」
上空に飛び上がったアシュレイが、斬妖槍の槍先を地面に向けて円を描くように一振りす
る。 地面に円を描くように炎が走り、描かれる円の両端が閉じた次の瞬間、炎の壁が立ち
上がった。
直径100メートルにもおよぶ、炎の結界。
魔族をここより外へは出さないための措置だ。
「!」
空に浮いたアシュレイに向かって土埃の下から巨虫二頭が躍り出る。
「――――来い!」
アシュレイは斬妖槍を構えて吼えた。
「・・・アシュレイ!無理するな!」
地上の柢王が叫ぶ。 その背後で轟音が上がり、土埃と土砂と共に躍り上がってくる黒い
影が見えた。
「・・・まだいたのか?!」
―――――さらに二頭!
土砂を巻き上げて躍り出たそれらは、剣を構えた柢王の両脇を大きく迂回して一気にすり
抜けた。
「・・・・・っ!」
振り向いた柢王が、巨虫の向かう先を見て目を見開いた。 二頭とも―――すでに二頭を
相手に闘っているアシュレイの方へ向かっている。
「―――馬鹿野郎! 半分は俺と遊べ!」
柢王の両手から放たれた、青い細い稲妻が二頭の巨虫の動きを封じるべく絡みついた。
マネージャーを先に帰らせて、柢王は控え室が並んでいる階のロビーのソファに腰掛けていた。女優は控え室でパーティの支度中いうことなので、終れば桂花はここを通る。
何を言うかは決めていない。下手なことを言えばまた怒らせてしまうが、でも上手い言い方も思いつかない。李々の言う「上手い手とは思わないが、素敵な」手段である、気持ちをストレートにぶつけるしかなさそうだ(「素敵」というのが皮肉なのかは考えないでおいた)。
柢王は控え室の方向と時計とを何度も見ながらため息をついた。実は柢王の知らない通路があってそこから出て行ったとか。桂花の色香に迷った女優がパーティを忘れて口説きに入ったとか。空白の時間はどんどん柢王を妄想に浸らせていく。ここで待っていても仕方ないのではないか。いっそ控え室へ行ってみようか。そうすれば人の目もあるし、桂花も頭に血が上らずに済む。そうか、そうしよう。控え室を訪ねる口実は何とでもなる。とりあえず女を気分良くさせるのは難しくない。桂花の気持ちが最優先だが、そちらはその時に考えるしかない。
柢王が勢いよく立ち上がって控え室の方向へ足を踏み出そうとした時、
「桂花・・・」
柢王は呆然と呟いた。
いつものメイク道具入れを提げた桂花が柢王の目の前に立っていた。
桂花は静かな表情で柢王を見つめていた。
「今、終ったのか?」
「えぇ。あなたは何を?」
「お前を待ってた」
「でしょうね」
そこで沈黙が下りた。ややあってから柢王は口を開いた。
「今日、俺がいたこと知ってたのか?」
「いいえ。来てから知りました」
「いること知っても帰らなかったんだな」
「仕事で来ているんですから当然でしょう?それに李々の頼みですし」
「そうなのか?」
「えぇ、昨日の夜に突然言われて。急用で行けなくなったから代わりに行ってくれと。その代わり時間と場所が丁度良いからドラマの方は自分が行くと言って」
「現場は大混乱だっただろうな。大物のお出ましに」
柢王は笑った。
「用事がないなら出ましょう」
そう言うと桂花はさっさとエレベーターのボタンを押した。
2人は地下の駐車場に着くまで黙ったままだった。
桂花は自分の車の前に来ると柢王を促した。
「乗って下さい。送りますから」
「いいのか?」
「マネージャーの方は先に帰したのでしょう?どうやって帰る気だったんです?」
柢王は頭を掻いた。
「それじゃあ、遠慮なく」
そして車は2人を乗せて夜の帳が降りた街へと滑り出していった。
都会は昼も夜も人の多さは大して変わらないのに印象がまるで違う。夜の闇に浮かび上がる色とりどりの灯りのせいか行き交う人々に現実離れしたような浮遊感を感じる。そんな景色が流星のように後ろへ流れていく様子を車窓から眺めながら、柢王はハンドルを握る彫像のような美しい無表情を見た。現実離れと言えば今ほどそれが当てはまる時はない。桂花が車に乗せてくれている。これはまるでデートではないか。デートではないなら別れ話のための場か。柢王は同時に浮かんだ甘い考えと最悪の考えをまとめて追い出した。まだ話もしていないのに桂花が怒りを鎮めてくれるわけはない。まだ付き合ってもいないのに別れ話はできないだろう。唯一あり得るのは「ストーカー行為で訴える」と脅されるくらいだろうか。やっぱり状況は最悪か?
信号で止まった時、柢王は気になっていたことを尋ねた。
「今日、俺がいるってこと知ってたら、来なかったか?」
桂花は真っ直ぐ前を見たまま答えた。
「仕事なら、仕方ないでしょう。収録は見ていました。きっと吾を待つだろうと思ったんです」
「何だ、全てお見通しか。俺はお前のことちっとも分からないのに、何でお前は俺の考えていることが分かるんだ?」
信号が青に変わり、再び車は静かに動き出した。
「次の交差点はどうするんです?」
「あ、右折・・・、って、俺の家に真っ直ぐ行ってくれなくたっていいんだぜ」
「じゃあ、どこ行くんです?そこら辺で放り出しますか?」
「うーん、どっか飲みに行くとかさ」
「飲んだら誰が運転するんです?」
「そしたらホテルで泊まり・・・おっと」
調子に乗りかけた柢王は桂花の一睨みに慌てて首をすくめた。
「やっぱまだ、怒っているのか?」
柢王は聞いてみた。
「なぜ、怒っていると思うんです?」
「だってお前、俺の方ちっとも見てくれなかったし」
「今までだってあなたを見ていた覚えはありませんが」
「でもさ、あれは明らかに怒ってたぜ。俺が事務所に押しかけたこと怒っているのか?」
「そんなんじゃありません。吾の問題です」
柢王はため息をついた。
「そうやってまた閉め出すんだな」
「あなたが踏み込みすぎなんです」
「普段は人のことに踏み込まないぜ。ただ、お前のことだけは何でも知りたいから付きまとうだけで」
「迷惑です」
「仕方ねーだろ?好きなんだから」
「その理屈が通ったらストーカーが容認されるでしょうね」
「まぁな、紙一重っていう自覚はあるぜ」
柢王は笑った。桂花は黙っていた。その後は柢王に道順を尋ねる時しか口を開かなかったし、柢王も話しかけなかった。
「着きましたよ」
柢王のマンションの横で桂花は車を停めた。
「サンキュ、助かったよ」
そう言ったが柢王は車を降りない。桂花も黙ったままだ。柢王はマンションの誰かの部屋の灯りが点いた窓を見上げていた。
「俺とのことも絶対じゃないって思うのか?」
柢王は窓の外を見たまま呟いた。
「え・・・?」
意味が取れなくて桂花は柢王の方を向いた。柢王は桂花の目を真っ直ぐ見つめた。
「俺のお前への気持ちも絶対じゃないって。李々が言ったみたいに。だから俺の気持ち受け付けないんじゃないのか?」
「李々に会ったんですか?」
「ジムで偶然な。その時彼女が言っていたんだ。この世に絶対はないってお前が信じているって」
「あなたの女性関係考えたら信じられる方がどうかしていると思いますが」
「まぁ、そこ突かれると痛いんだけどさ。でも俺は何度だってお前のこと好きだって心から言える自信はあるぜ。李々の言うことなんか信じるなって言いたいんじゃないんだ。でも俺の傍にいるっていうのもお前の選択肢の中に加えてほしいんだ」
「断ってもいいんですか?」
「断ったら頷くまで何度だって言い続けるさ。言ったろ?いつまでだってお前のこと、心から好きでいられる自信はあるって」
「そんなの、信じられません」
「それじゃあ仕事のついでにお前の目でそれを見極めてくれよ」
「・・・?」
「来年、香港映画に出るんだ。ファンタジーでさ、相手が人間じゃないことを知らずに恋をする男の役なんだ」
「それで最後、その男はどうなるんです?」
「それはさ、現場で見ようぜ。一緒に」
「・・・」
「一緒に来てほしいんだ。お前にヘアメイク任せたいし、何よりいつもお前と一緒にいられる」
「・・・前も言ったでしょう?そんな下手なくどき方じゃ駄目だって。あなた俳優なんだから、そんな台詞たくさん知っているでしょう」
「そりゃ無理な相談だな。お前を前にすると平静じゃいられなくなる。そんな状態で気の利いた台詞なんてひねり出せるわけないだろ。それに俺は借り物の言葉じゃなくて、自分の言葉でお前に気持ちを伝えたい」
柢王は視線を逸らせた桂花の腕を掴み、思わず振り返った桂花の目をじっと見つめた。
「好きだ。傍にいてくれ。俺もお前の傍にいたいんだ」
その眼差しが、初めて彼が自分に「惚れた」と告げた時のものと同じだということを桂花は不意に思い出した。そして表情と言動はふざけていても自分を見る時の眼差しだけはいつもこんな風だったということも。
・・・思えばこれに気付くのが恐ろしくてこの男から逃げていたのだ。
誰かに心が動いたらそれは終わりへの始まり。流れる時間が運んでくる別離。裏切りや旅立ち、その形は色々だったけど。でもいつも最後は1人に戻った。空っぽの空間に1人放り出されたような、心の中から凍えてしまいそうなあの感覚はいつも怖かった。そんな繰り返しの中で李々に出会った。自分と同じく1人で生き抜いてきて、自分に1人じゃないことの幸福を教えてくれた彼女だけは特別だった。華やかな環境で大勢の人間に囲まれていても大都会の雑踏に佇んでいるのと変わらない中で、やっと得た唯一の心の拠り所なのだ。
李々以外に心が動くなんてありえないし、そんなのは要らない。でも李々だけで固く閉じていた心のドアを彼は激しくノックしている。何度も何度も要らないと叫んだのにノックはやむ気配がない。
・・・うるさくて敵わない。
ドアを開けたらまたいつか傷ついてしまうのに。でも強引に桂花を攫っていくその腕がとても温かいこともとうに知っていて、そしてそれは眩暈がするほどにずっと桂花を魅了していたのだ。
桂花はそっとため息をついた。
「あのワイン、飲みますか?あなたがくれた」
「今から事務所に行くのか?」
「うちにあるんです。持って帰りましたから」
「え?」
「事務所に置いていたら誰かに飲まれてしまいますから」
「桂花・・・。いいのか?家に行っても」
「来たくないんですか?」
「行くっ、行くよ!」
開け放したドアをそっと振り返る。あの居心地の良い、優しい場所はきっと変わらず自分を待っていてくれるだろう。あそこがあったからドアを開けることが出来たのだ。
桂花はゆっくりアクセルを踏んだ。
柢王は自分の腕の中で寝息をたてる桂花の白い髪に顔をうずめた。
一緒に香港に行くことも了承してくれた。やっと手に入ったけれどまだ桂花が柢王に対して不安に思っていることも分かっている。でも桂花がどう思おうが決して彼を手離すことなどできない。桂花の手が柢王の胸の上をさまよった。その手を取って指先に唇を押し当てる。一度こんな幸せを知ってしまったなら、こんな心地良さを味わってしまったならそれを手離すことなど、どうして考えられるだろう。誰かに対してこんな思いを抱けることはないと思っていたのに。本当に恋は魔力だ。魔法によって思いがけず知らなかった自分が出現した。でもこれが本当の自分なのだ。
一体これからどこへ向かうのだろう。でもその道程はとても楽しいに違いない。だって最高の宝物を手にしたのだから。
李々は行きつけの高級スーパーの通路をゆっくり歩いていた。面白くて質の良い品ばかりだからここはお気に入りの場所だった。見るだけでも楽しい。
豊富な種類の高級ワインが陳列してあるコーナーへ入り込んだ。その中の1本を思わず手に取る。それは数日前、桂花の部屋に行った時に彼の部屋に置いてあったものだ。
『珍しいわね。お酒買って飲むことなんてしないのに』
『貰い物なんだ』
『そうなの?美味しいってすごく評判のワインじゃない。飲んでもいい?』
『駄目っ・・・。あ・・・、もう少し置いておいた方が良いって聞いたから・・・』
あの時桂花が浮かべた苦しそうな表情を見て、李々はジムで出会った青年の、桂花を語る時に見せた青白い炎が閃いたような目が脳裏を過ぎった。それは勘でしかないが、なぜか確信めいていた。
「聞いたって本当のことなんて教えてくれやしないし、それだったら行動観察するしかないじゃないね」
だからトーク番組で柢王と共演するという友達の女優との約束を桂花に行かせたのだ。技術の方は何の心配もなかったが、
「あんなにあっさりと結果が出るなんて、ちょっとがっかりね」
次の日、仕事の報告をする桂花の顔に仄かに浮かぶ、幸せそうな表情を思い出して李々は肩をすくめた。事務所の女の子の話ではあの日桂花は事務所に帰って来なかったそうである。
「ま、子供に頼っていては駄目ね。大人は大人で楽しまないと」
李々はワインを棚へ戻した。そして優美な白い指で軽く弾くとボトルは澄んだ音を立てた。それを少し睨むとハンドバッグから携帯電話を取り出して、出口に向かって歩き出した。
「もしもし。お久しぶりね、お元気?相変わらず例のテレビ局の会長さんから迫られているの?・・・あら、ごめんなさい。ところでこの間、見せてくれるって言っていた新作のネックレス、見せて下さる?ついでにお食事でもいかが?・・・」
その日、めずらしく柢王とのケンカが長引いて、仲たがいしたまま城へ戻ってきたアシュレイ。
さんざん怒りまくった挙句、ベッドに横になる頃には自分の方が悪かったのだと頭は冷えていた―――――が、かっこ悪くてとても頭を下げる気にはなれない。
柢王と取っ組みあいのケンカなんて、ざらだ。技を出しあって互いにケガを負わせることだってしょっちゅう。でも何度くだらない事でケンカしようとも、後を引くことはほとんどなかったのに・・・。
けっきょくアシュレイは、次の日塾へ行っても柢王とは顔をあわせないように気をつけ、その次の日もまた次の日もと、とことん避けつづけた。
それに気づいたグラインダーズが、自分の部屋にアシュレイを呼びだす。
「アシュレイ、いつまでもつまらない意地をはるのはおよしなさい。自分の非を潔く認めるというのも大切なことだわ。そして認めたのなら相手にきちんと謝罪すべきよ」
そこまで言われたというのにこのままでいたら、姉に軽蔑されてしまうだろうし、何よりこの先ずっと柢王と話したり遊んだり出来なくなるのは嫌だったので、アシュレイは思い切って謝りに行くことにした。
(鼻で笑われるかもしれない・・・だから言っただろって、バカにされるかも・・・)
飛びながらアシュレイの顔色は冴えない。
柢王がもし、自分をあざ笑ったら・・・・またケンカになってしまいそうだ。ため息をこぼしながら東へ向かうアシュレイだった。
「おーっ、来たかアシュレイ、なんか久しぶりな気がするな」
剣の素振りをしていた柢王が空に浮いているアシュレイに気づいて手を振る。
「なんだよ、ずいぶん俺のこと避けてくれたなお前。こっち来て顔見せろよ」
「・・・・・」
くちびるを尖らせたまま下におりると柢王が汗を拭きながら使い女に冷たい飲物を所望する。
「どした、そんな顔して」
「柢王・・・・・俺・・・この間は・・・・・」
「うん」
「その・・・・俺が・・・・悪かったっ!これで文句ないだろっ、じゃあな!」
「こらこら、待てよ!」
脱兎の如く飛んで逃げようとしたアシュレイの足首をしっかとつかんだ柢王はそのまま華奢な体を地上に戻す。
「そう慌てンなって。ノドかわいてるだろ?ちょっと休んでいけよ」
「・・・・・ん」
恐れていたような意地悪もイヤミも言わず、出されたジュースを飲む自分を満足そうに見つめる柢王。その後も、アシュレイに剣の相手をさせたり塾の宿題の多さに文句を言ったりするだけで、話を蒸し返すようなことは一切しなかった。
本当に反省している相手にしつこく説教をするような男ではないのだ。物事を冷静に判断し短時間で見極めることが、このころの柢王はすでにできていた。
「そろそろ帰る。またな、柢王」
「おう、寄り道すんな?暗くなる前に城に戻れよ」
「ガキか」
「ガキそのものだろ」
ハハハと二人して笑って、晴れた気分のままアシュレイは柢王と別れた。
「・・・あのヤロ。暗くなる前に帰れだって、バカにしやがってサ」
飛びながら顔がゆるんでしまう。柢王と仲直りできることがこんなに嬉しいなんて思っていなかった。
―――――そういえば、すっかり忘れていたがもっと小さい頃・・・柢王とアシュレイが探検ごっこをした帰り、暗くなりはじめた空の下でアシュレイは無意識に柢王の手をにぎったことがあった。
べつに怖いからでもなんでもなく、ただ、姉のグラインダーズと暗い道を歩く時「手を繋ぎなさい」と強制されていた為そのクセがつい、出てしまっただけのこと。
ところが運悪くその現場を見かけた者がいて、翌日になると教室にアシュレイの悪口が書かれていたのだ。
半分に破られた画用紙が自分の席近くに落ちていたのを拾い、つなぎあわせると『柢王〜暗いよ〜こわいよ〜』アシュレイと思しき人物に書いてあるセリフ。
それを見て逆上したアシュレイは犯人をつきとめようと走り回った。
ところが見つけた出した犯人は柢王によって既に伸されていたのだ。
「俺がやりたかった!」
文句を言うと彼は「悪かったな」と笑いながらアシュレイの肩をたたいた。
「なぁ、アシュレイ。俺はあの時うれしかったんだ。俺には兄貴が二人いるけど、並んで手ぇつないでもらったことなんか一度もねぇよ。だからお前がああして手を握ってきてくれて、なんか弟ができたみたいでうれしかった」
この時、アシュレイは「弟だとぉ?」とか「別にお前と手をつなぎたくて握ったんじゃねぇ!」とか「お前、あの兄貴たちなんかと手ぇつなぎたかったのかっ!?」とか、頭の中でグルグル回ったのだが、それらは口から出てこなかった。「うれしかった」と連発する柢王だったが、そんな彼がちょっぴり寂しそうに見えて言えなかったのだ。
だから本当のことなんてどうでもいい。
自分と二人でいるときの柢王は、グラインダーズと似てる雰囲気がたまにあるから――――だからまた、ついまちがえて無意識のうちに手を握ってしまうかもしれない。
そして、それで柢王が喜ぶんなら別にいいや――――そう思った。
「・・・・・・」
「・・・・・どうしたの、アシュレイ――――泣いてるの?怖い夢みた?」
となりで半身起こして顔をぬぐっている恋人を心配そうにのぞきこむティア。
「・・・・・なんでもない」
「アシュレイ?」
今までずっと、自分は柢王にも守られてきた。
だから、彼が守りたくても守れなくなってしまったもの全てを・・・・・人界から離れたがらない桂花のことも、これからは自分が守りたい・・・・・。
「・・・・お前も俺が守る」
「え?」
「いいから寝ろ」
起こしてしまって心配かけて。この言い様はないだろうと自分でも思うが、アシュレイはそれ以上なにも言わずティアに背を向けて寝てしまった。
恋人が夢をみて泣いていたことは明らかだったが、ティアは詮索しない。今、自分を守ると言い切ったアシュレイの瞳には、強い意志が宿っていたから。
(私だって、君を守るよ)
寝息をたてはじめた恋人の髪をそっと撫でながら、ティアもふたたび眠りについた。
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