投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「聞きたくなかった・・・・」
ティアが執務室の大きな机につっぷすと、華奢な体は机上に連なる紙山に完全にかくれてしまった。
後ろに結った長い髪がいつもより重く感じられた彼は無造作に髪どめをはずし、遠見鏡へ視線をなげる。
執務がたまったりふさいだ気分の時は、自分の知らない世界を映しだし、気分転換するティアだったが今日ばかりはそれもためらわれた。
「―――そういえば、初めて遠見鏡を使った日は興奮のあまりなかなか眠れなかったっけ」
執務室にいながらにして大抵の場所は見てしまえる鏡に驚異して、脅威して・・・。
再び顔を伏せたティアは塾でのことを思いかえす。
塾の帰り、アシュレイを教室の外で待っていたティアは、自分のとりまきである女子らの会話を耳にしてしまったのだ。
「守天さまの執務室にあるっていう鏡をご存知?」
グループのリーダー的存在である女子がおもむろにきりだした時、ティアはつい反応して耳を澄ました。
「ええ、遠見鏡と呼ばれている鏡のことね」
「どこでも見てしまえる鏡でしょう?」
「素敵だわ。私、他国のようすとかぜひ見てみたいわ」
「私も!きっと一日中見ていても飽きないわよね」
話をふった途端食いついてきた友人たちのようすに満足げな顔をし、そのくせ呆れた口調で彼女は続ける。
「バカねぇ、あなたたち。考えてもごらんなさいよ、守天さまは見ようと思えば…例えばプライベートな場所だろうがなんだろうが見てしまえるってことよ?」
一寸の沈黙がながれ――――――次の瞬間けたたましい悲鳴があがった。
「まさか、あの品行方正な守天さまに限って・・・でも・・」
「守天さまだって殿方だものね・・・」
ここで再び悲鳴があがる。
本人が聞いているとも知らずに彼女たちの話はどんどんエスカレートしていき、耐えられなくなったティアは逃げるようにその場を後にした。
「あ・・・アシュレイに渡さずに帰って来ちゃった・・」
アシュレイが読みたがっていた本を帰りに貸すことになっていたのだ。
ところが、アシュレイが上級生とケンカをした件で文殊先生に呼びだされてしまったため、ティアは彼を待っていた・・・のだが、結局は渡せないまま帰ってきてしまった。
「どうしよう・・・まだ帰ってないかなアシュレイ」
自然と遠見鏡へ向きなおったティアの動きがとまる。
「・・・・塾にアシュレイが残ってるか見るだけで覗きなんかじゃない」
震える声で、言い訳しながらティアは塾を映しだした。
「いない・・・」
最初に教室をチラッと映した時、まだ彼女たちの姿があったので、あわてて中庭や飼育小屋に変えたが、赤い髪はどこにも見あたらない。
「やっぱり帰っちゃったかな・・・」
諦めかけたティアがもういちど教室に合わせると、果たしてアシュレイはそこにいた。
「あれ?さっきはいなかったのに…」
彼は剣呑な雰囲気で、5人の女子と対峙している。
「なんなのよ!いきなり怒鳴りこんできてっ」
「だから、お前らいつもティアの周りでキャーキャー騒いでるくせに陰で悪口なんか言うなって言ったんだ!」
「な、なぁに?偉そうに!ちょっと守天さまに良くしてもらってるからっていい気になって!だ、だいたい“かもしれない”って言っただけじゃない!」
必死に言い返してはいるが、アシュレイの気迫におされ、今にも泣きだしそうだ。
「ばーか。柢王ならともかく、あいつがやるわけねぇだろ!それに万が一のぞくにしたってテメーらみてぇなブス、誰がのぞくかっ!うぬぼれんな!」
「なななんですってぇ〜!」
泣く寸前だったはずの顔がものすごい形相に変わり、思わずひるみそうになったアシュレイだが、負けてなどいられない。
彼女たちを睨みつけたまま壁に拳をつらぬいて、できる限りの低い声をしぼりだす。
「女だからって、それ以上ティアを悪く言ったら容赦しねぇぞ」
壁に手を突っこんだまま物騒な目をむけるアシュレイにおののき、彼女たちは先生の名を叫びながら壁の穴のことを告げぐちしに退散していった。
「・・・・・うそばっかり。いつも、女相手じゃ殴れねぇ――…って言ってるじゃない」
大きく映しだされたアシュレイにピタリと寄りそい、うるむ瞳を何度もこすって・・・・ようやくティアは微笑みを見せた。
その後、アシュレイはすっぽりハマってしまった腕を文殊先生に助けてもらいながら、無事ぬくことができたのだった。
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