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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.153 (2007/09/18 20:30) title:PECULIAR WING 8 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

PREPARATION

「うわ、近くで見たら結構大きいんですねぇ」
 感心したようなティアの言葉に、軍の広報担当者が微笑んで、
「これでも当基地の機のなかでは小さい方です。正式な愛称は別にありますが、当基地では『エア・ドルフィン』と呼ばれている機体です」
 説明するすぐ先、真っ白に洗い上げたようなコンクリートのスポットで、空色のつなぎを着た整備士たちとそれより一段濃い青の
フライトスーツと漆黒の対Gスーツに身を包んだパイロットたちが、あざやかなブルーのツートンの機体を囲んでスタンバイをしている。
 朝っぱらから雲ひとつない、華氏100℃の好天気──
 ティアたち天界航空のメンバーは、朝食を済ませたあと、揃って航空ショーの訓練を見に基地まで来た。 
 迎えのジープで司令塔まで行く間、パイロットや制服軍人たちがうろつき、黄色い『フォロー・ミー・カー』と呼ばれる誘導ジープや
迷彩色のジープが走り、時折鋭い音を立てて機体が舞い上がる様は、何度来ようがめずらしい。改めて見まわす一同に、しかし、
こちらもめずらしいらしく、軍人たちも興味ありげな視線をよこす。なかには露骨に口笛吹いてよこすパイロットもいたりして、
吹かれた美人たちより、一部機長たちの口もとに微妙な力が加わる。
 司令塔にはこの前の官僚はいなかったが、隊長が待っていた。六人を見ると穏やかな顔で、
「さっそくですが、いま、機体が格納庫から出されたところです。ご案内しましょう」
 あっさりと案内される。そもそもなぜここへ来たかを考えたらあっさりしすぎる態度にも思われるが、時間厳守なのはどこでも同じらしい。
一同は来たばかりの炎天下をそのまま、じりじり暑い駐機場へ。
 そこに並んでいたのは、先日、アシュレイが遭遇した銀の機体より一回りばかり小さく、そして丸みを帯びた翼と機首がイルカのように
愛嬌のある機体たちだった。ピンと立った大きな垂直尾翼も尾びれのようで、見た感じ軽飛行機のようにも思える。が、案内されて側に
寄ると、さすがに高さもあるし、縦横が10×13m、ダンプカーを見る程度の圧迫感はある。
 その胴にかけられた梯子の上ではパイロットがこちらに尻を向けてコクピットのチェック中。誰も一行に視線をよこさないのは
無視しているからではなく、事前チェックがそれだけ大事なものだからだ。隊長が笑顔で、かれらがドルフィン・キーパーとドルフィン・
ライダーだと説明してくれる。
 もともと航空界は愛称大好き世界だ。隊長とともに案内してくれるらしい広報担当が言うように、戦闘機にも『正式な』愛称があって、
『イーグル』や『ファントム』でどこでも通じる。旅客機も、冥界航空機は官制にも『ブラック・バード』と呼ばれることがあるし、
そもそも、ジェット旅客機を『ジャンボ』と呼ぶのも愛称だ。だからこの基地ではあの機は『飛ぶイルカ』、関係者は『イルカ・
チームのみなさん』で通用する。
「身軽そうな機体ですね」
 柢王がきらきら鼻面を輝かせているイルカを見遣って言う。と、広報が笑顔で、
「速度はさほどではありませんが、機体の旋廻性が非常に高く、軽いので、高度なフライトテクニックに耐えられますよ」
「へえー」
 と、一同は感心。遅いと言っても約2M、軽いと言ってもtの世界だが、戦闘機はみんなめずらしい。アシュレイも興味津々、その
イルカたちを見ていた。
 昨夜は思ったよりよく眠れて、朝食の時に顔を合わせたティアもいつものように微笑んでいて、明確な答えはまだ出切らないものの、
アシュレイの気分ははるかに落ち着いていた。それに、この前来た時は腹が立っただけだったが、もとからアシュレイは飛行機と名の
つくものならなんでも見てみたい質だ。間近に見る機体の、旅客機とは違う姿に思わず視線が釘づけになる。
「ここにスモークがついているのですよ」
 と、隊長が翼の下の大きな排気口の右側を指す。と、そこには小さな筒のようなものが取りつけられていて、そこからスモークの
元となるスピンドル油が噴き出すと言うことだ。
 大体、航空ショーといえば、整然と隊を組んだ機体が飛行しながら色あざやかなスモークで大空に絵柄やラインを描き出すのが通例。
本当はそれをする技術の高さと一糸乱れぬフライトこそが見物なのだが、そんなものは素人にはよくわからないのは花火と同じ。
結果すばらしかったらため息つくのもまた同じだ。
「これが本日の演目です」
 と、広報が紙を渡してくれる。が、軍の人が軍で使うために書いた紙だ。
「デルタ・ループはわかる。あとレター・エイトも前に見たことある」
「キューピッドって何するの?」
「キューピッドは、宙にハートを描いた真ん中に回転しながら矢を打ち込むような軌跡を描くことですよ」
「えっ、天使の輪じゃないんですかっ?」
「って、トンビか、おまえは」
 と、トンビじゃないが輪になった天界航空ご一行さまの会話は一般人と大差ない。むしろ航空マニアの方がもっと専門的なことを言いそうだ。
軍の広報が宙を見上げて瞬きを繰り返すのはたぶん、笑いをこらえているからだ。
「点検終了です」
 イルカ・キーパーが言って隊長が頷く。ようやくパイロットたちが梯子から降りて来るのに、隊長が、
「これが当基地の第一空艇隊のメンバーです。こちらは天界航空の皆さんだ」
 その紹介に、ヘルメット片手に横一列きちんと揃ったパイロットたちはああと言いたげに頷いて、
「そちらのおふたりは昨日見かけました。後の方もパイロットですか」
 一番年齢が高そうなひとりが尋ねる。といっても三十代くらいだろうが。隊長がそれに、こちらチームの内訳を説明すると、
「へえー、その美人もパイロットですか?」
 若いひとりの驚いたような笑顔に、黒髪機長の瞳がサングラスの下で半据わりになる。が、当の美人は表情も変えず、
「四人の編隊ですか」
 尋ねるのに、隊長が落ち着いた顔で、
「しばらくは四人ですね」
 その言葉に天界航空一同はサングラスの下で視線を交わす。
 が、パイロットたちはごく平然として、まずいよなぁとか困るよなぁという気配は微塵もない。その態度にアシュレイはかすかに眉をひそめた。
 別にあのパイロットが四六時中問題起こして隊から外れるのにみんな慣れっこだとしても、もう驚いたりはしないが……。
(大体、あいつにチーム・プレーなんかできるのか?)
 エースと呼ばれるパイロットが、この隊長の言う通り、戦場を飛ばせる価値のあるパイロットなのだとしても、ショーはチームワークが
絶対で、勝手に飛んだら自分より仲間が墜ちる接近飛行だ。民間機にニア・ミスしてバックれるようなパイロットと、
(よく一緒に飛べるよな……)
 アシュレイは、機体について質問している柢王と話すパイロットたちを見つめた。それが仕事なのか、それともそのうまさを信じて
いるから平気なのか……。
 パイロットたちの顔にその答えは見つからず、視線を反らしたアシュレイは隊長と視線が合う。落着き払った榛色の瞳のなかに
なにかこちらに言いたいことでもあるかと身構えたが、隊長はごく普通に一同を向くと、
「では、そろそろ取りかかりましょう。皆さんには移動をお願いします。滑走路の側に監視スペースがありますから」
 思惑がありそうでなさそうな掴めない相手に、アシュレイは眉間に皺寄せながらも、みんなと一緒にジープに乗り込んだ。
 ゆらゆらと陽炎がゆれる滑走路。その側には確かにちょっとした公園程度のスペースはあった。が、遮るものはジープの影しかない炎天下。
パイロットたちはそれなりに涼しい格好はしているが、オーナーであるティアは薄手のシャツの襟も詰んで、帽子の下で頬がもう上気している。
 アシュレイは、ウェストバッグのなかに手を突っ込んだ。そこからタオルで包んだものを取り出すと、ティアに差し出す。
ティアがきょとんとしてアシュレイを見た。それでも、反射的に差し出した手にタオルを乗せると、
「あ、冷たい」
 驚いたように瞳を見開く。
「冷却材が入ってるから首んとこに当ててると体温が上がらない。けど、冷やしすぎたらだめだからな、たまには外せよ」
「え、いいの、だってこれ君が用意してたんでしょう?」
 ティアが尋ねるが、アシュレイは、
「俺は慣れてるからいい」
 パイロットは体については無理はしない。機外の点検の時も寒ければカイロも使うし、暑ければ冷却材も使う。だからホテルの
冷凍庫で凍らせてはいたが、持ってきたのはティアのためだ。朝食の時、ティアの格好だと暑いだろうなと思ったから。
 でもそんなことは言わないで、そのまま前を向いたアシュレイに、ティアが笑みを浮かべて、
「ありがとう、アシュレイ」
 ちょっとうるうる来た声でいう横で、パイロットたちは微笑んで航務課スタッフを見る。と、先読み業界の最先端行く先読みスタッフも
微笑んで、持って来ていた小ぶりのクーラーボックスをそっとコンクリートの上に下ろした。

 今日は通常のショーと同様、高度3000フィートで演習を行う──隊長の説明に、パイロットたちはへぇと呟いた。旅客機の
パイロットにとって対地1000mはアプローチ目前の高さだが、そもそも戦闘機は旅客機ほど高くも長くも飛ばない。音速が出せるのも
空気が濃い高さまでだし、ドッグ・ファイトと呼ばれる空中戦が行われるのも高度ではない。第一、ショーなら見えなくては意味がないから
低くて当然だ。
 別のジープでやって来た軍の人たちが、無線の用意を始める。チューニングをすませた無線から、『…アルファ・フライト、チェック・イン』
『アルファ・2』『3』『4』、と続けて短い応答が聞こえたのは、A編隊の準備が整ったという意味だ。基本的に航空界のやり取りは短く、
そして常に多国籍である関係者の誰が話しても確実に意図が伝わるようにと独自のルールがある。Aをアルファと呼ぶのもそのひとつで、
Bはブラボー。褒めてはいない。
『アルファ、エンジン・スタート』
 遠くに低く轟くようなエンジン音が聞こえ始める。無線の声が官制と交信を始めた。見晴らしのいい滑走路を見ていると、やがて
タクシーウェイから青く輝く機体が現れる。縦一列整列したような同じ間隔で滑走路へと入り、そして、滑走路上で、ひし形にピタリと静止。
 官制への離陸の要請が聞こえ、エンジンの音が高くなる。ゴォォォっと腹に響く音に、ティアたちは眉をしかめるが、軍のみなさんは平気。
離陸許可、そして、
『スモーク・オン、ナウ!』
 先刻、隊長が教えてくれた排気口から一斉に白い煙が噴き出すとともに、機体が轟音を立てて離陸を始める。滑走しながら、まず
先頭の機のタイヤが離れた、と見る間に次の二機が同じ間隔、同じ角度でその後へ、最後の一機もスムーズに続いて、ピタリと形を
保ったままで空へ昇って行く。それはさながら水辺を飛び立つ鳥のよう。決して誰も出遅れないし、ふらつかない。
 見上げる天界航空一同はその見事さにまず感心。と言っても、口をあけて見上げているのはティアだけで、後のメンバーは純粋に
職業的な感心だ。あの機種上げ何度ぐらい?とか、ギア・アップも指示なしかよ、さすが反応早いよな、とか。
 そんな野次馬たちにお構いなしに、編隊が時速800kmで縦に整列。
 いよいよショーの始まりだ──


No.152 (2007/09/15 21:30) title:On Your Marks
Name:実和 (u064217.ppp.dion.ne.jp)

天界テレビの社長室。
柢王は身を沈めいているソファをしげしげと見た。
「これ、イタリアで買ったやつじゃないよな?あれ、どうしたんだよ?」
ティアは書類から顔を上げずに答えた。
「使用禁止にしたよ。今は私のマンションにある。それは代わりに買ったやつなんだ」
「使用禁止?何で?」
「だってあれはアシュレイと私の大切な場所だもの。他の人が使うなんて絶対ダメだよ」
「大切な・・・場所?」
「ソファって狭いから少し不便だけど、でもスリリングでいいよね。たまに落っこちるけど」
ふふふ・・・とティアが幸せそうに笑うほど、柢王は顔色をなくしていった。
親友が幸せなのは嬉しいが、どうも頭のネジを1本どこかへ落としてきた様子に(件のソファの下にでも落ちているに違いないが)柢王はこのテレビ局の未来を案じた。
親友の心配を余所に幸せ一杯のティアは続けた。
「アシュレイにうちの社員にならない?て誘ったんだけど、社員になると現場で働けなくなる可能性があるから嫌だって言われちゃったんだよね。そんなの任せてくれれば大丈夫って言ったら人事にお前が口出すなって言われちゃって。まぁ、ああいう筋の通ったところが格好いいんだけど。しかも夜は可愛いし」
言うだけ言うとティアはホワンと視線を飛ばしてどこかへ行ってしまった。大方ピンクの靄のかかった昨夜の記憶の中で遊んでいるのだろう。昨日電話した時に、今晩はアシュレイとアバンチュールなんだとウキウキした口調で言われて柢王は携帯を持ったまま脱力したのだ。
 柢王はため息をついて
「じゃ、そろそろ行くわ」
と、聞こえてないだろうが一応告げて社長室を出た。エレベーターホールでティアの秘書の山凍を見かけた。あんたも大変だな、と心の中で同情して柢王はエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターを降りると柢王はそのままメイクルームへ向かった。共演者への挨拶は済ませてしまっている。以前も一緒に仕事をした人もいれば、初めての人もいる。それはスタッフも同じだ。柢王は赤毛の大道具係を思い出して笑いを噛み殺した。あのティアを壊すとは中々だ。泣く女性が何人いることか。そちらも適当に慰めておかねば。忙しい時は用事が重なるものだ。
 メイクルームの扉を開けると、ヘアメイク担当は化粧台の上に大きなメイク道具入れを開けて道具の確認をしていたが、柢王を見ると会釈した。
「もう準備させていただいてもよろしいですか?」
「あぁ。よろしく」
柢王は慣れた様子で化粧台の前に座った。青年は丁寧に柢王の髪をとかしはじめた。
柢王は鏡の中の自分を見て、何事もないような顔をしていることにホッとした。
心臓が喉から飛び出そうなくらい鼓動が激しい。思考停止の中で、繊細な手が今は首筋に触れないことをひたすら願った。
 超絶美形のヘアメイクアーティスト。
昨夜、女友達が言っていたことを思い出した。
「確かまだ俺達一緒に仕事したことなかったよな」
美容師は手を休めずに鏡越しに柢王の顔を見た。
「えぇ、初めてですね。申し遅れましたが、桂花と申します」
「こんな美人と仕事ができるなんて、この仕事やっててよかった。あんたどこの店にいるんだ?今度からそこ行こうかな」
「普段から美人とばかり仕事なさっているでしょう。それに吾は美容院ではなくて事務所に勤めていますので」
「そうか。それは残念」
もっと話をしたかったが、残念ながら2人きりの時間はここまでだった。
桂花のアシスタントが入ってきたし、共演者も来てしまったので桂花は後をアシスタントに任せてそちらへ行ってしまった。

 初日の撮影を終えて帰宅したのは夜だった。まずまずの滑り出しだ。現場の雰囲気も良いし。うまくいきそうだ。スタジオで木材をせっせと運ぶアシュレイを見つけ、柢王は「よっ、アバンチュールはどうだった?」と声を掛けるとアシュレイは真っ赤な顔で木材をガラゴロと落とした。途端に、
「えっ、アシュレイ、彼女できたのか?」
「嘘だろー」
ワラワラと寄ってきた他のスタッフ達に紛れてしまったアシュレイを尻目にさっさと柢王は休憩場所であるスタジオ隅のテーブルへと帰っていった。
「バカヤロー!柢王!!」
人だかりの中からアシュレイの怒声だけが聞こえた。
彼女じゃなくて彼氏だよなー、とはさすがに柢王も言わなかった。あれ?両方彼氏になるのか?
今日は中々楽しかった。柢王は気分良くソファに倒れ込んだ。ただ1つを除いては。脳裏に白い髪がよぎる。あのヘアメイク担当は、仕事が済むと柢王が飲みに誘う前にさっさと帰ってしまった。結局話しができたのはあの僅かな時間だけだった。
 今日一日、柢王はさりげなく桂花のことを周囲の人間に聞いていた。分かったのは、ニューヨークやパリで活躍していた李々というメイクアップアーティストが経営する、ヘアメイク事務所に勤めていること。ドラマや雑誌など幅広く仕事をしていること。柢王よりも年上であること、どうやら恋人はいないらしいこと・・・。それだけだった(とりあえず最後の項目だけ確認できたら良かったのだが)。よく桂花と一緒に仕事をしているという女優に聞いても、物静かで聡明そうな寧という桂花のアシスタントに聞いても、柢王の人懐っこさと話術をもってしてもそれ以上のことは聞けなかったのだ。皆、隠しているのではない。本当に知らないようなのだ。
 柢王は自分の頬にそっと触れた。桂花の手がここに触れた。彼の手はひんやりしていたのに、触れられた跡は燃えるように熱くなった。

ティアに呆れていたというのに。
アシュレイをからかったばかりだというのに。
「運命の出会い」なんて頭から信じていなかったというのに。

絹糸のような白い髪。宝石のような硬質な美貌。深遠な紫水晶の瞳。
その瞳の奥にあるものに触れたいと灼けるように願った。
もう認めざるをえない。

扉を開けて、彼と目が合った瞬間に。
心どころか、魂さえも奪われてしまったことを。

 1度決めてしまえば迷わず行動をするというのが柢王のスタイルだった。そしてそれは大概成功していた。しかし、今回は勝手が違うようだ。人生そう上手くはいかない。貴重な教訓である。全く恋というのは含蓄豊かだ。今までなぜそれに気が付かなかったのか。適当な恋愛ばかりだったからだろうか。そういう意味では自分は初心者なのだ。
柢王はスタジオ隅の休憩コーナーからセットを見つめながらため息をついた。柢王の悩みの種は、ヒロインのオフィスのセットの中でヒロイン役の女優の髪を直していた。どうもビギナーズラックも狙えないようだ。今日も防御壁は万年雪を頂く峰のようにそびえたち・・・、つまり内面に触れる隙間さえなかった。桂花はいつものように鮮やかな手際で柢王の支度を整えると、さっさと共演者の支度へと移っていった。メイクの最中も話はするのだが、いまいち手ごたえがない。折を見て話しかけたりするのだが、チャンス自体中々ないし、あっても反応は芳しくない。それでも諦める気持ちはどこを探してもないのだから自分でも感心する。柢王は無意識に丸めてしまっていた台本を見た。ドラマなら事件が起こって急速に距離が縮んでいくなんて展開もあるのだが、現実では望むべくもない。そんなもの待っている内に撮影が終ってしまう。そうしたら打ち上げで何とか今後とも付き合いができるようにもっていくしかないが、彼のことだから打ち上げに来ないかもしれない。今のうちに地道に気長に忍耐強く働きかけるしかないわけで。
桂花がセットから出てきて、柢王は椅子から立ち上がった。
「よ、次は俺のシーンだよな。頼むな」
「えぇ、よろしくお願いします」
桂花は会釈して仕事道具の入ったケースが置いてあるテーブルの方へ行ったが、そのまま柢王も付いて行った。
「お前って本当に上手いよな。正直こんなに上手い奴、初めてだ。事務所じゃ1番の腕だって聞いたぜ」
「オーナーには敵いません」
「でも従業員の中じゃトップなんだろ。1番古いスタッフのうちの1人なんだっけ?」
「吾と同じくらいに入った人達と大差ありませんよ」
桂花は道具を出し入れしながら柢王の方を見ずに返事だけを返した。
柢王は傍にあった椅子を引き寄せ、それにまたぐように座り、背もたれに顎を乗せた。そして桂花の顔を下から覗き込んだ。
「パリでオーナーに会って、その腕を買われて事務所に入ったんだってな」
「えぇ、あちらに住んでいた時期があったので」
そこまで言うと桂花は柢王を見下ろした。
「随分吾のことをご存知ですね」
「こんな程度で随分って言うなよ。まだまだあんたのことはたくさん知りたいのに」
「なぜ?」
「惚れたから・・・て、答えじゃ駄目?」
柢王の蒼い眼差しと桂花の紫のそれとが絡み合った。
先に目を逸らしたのは桂花の方だった。
「駄目ですね。そんな下手な口説き方じゃ」
「俺は本気だぜ」
柢王は椅子に背もたれに頬杖をついて、本気なのかふざけているのか分からない表情で言った。
桂花はメイク道具入れをパタンと閉めて腰を伸ばした。
「そうですか。トップ俳優に口説かれるなんて光栄ですね。光栄に思っていますから次のシーン、遅刻しないで下さいね」
そう言うと桂花は寧に何か指示を与えながらスタジオから出て行った。
スラリとした後ろ姿を見つめながら柢王は
「俺は本気だぜ・・・」
と呟いて、先ほどの桂花の眼差しを思い出した。思えば初めてまともに見てくれたような気がする。
静まり返った紫の瞳からはやはり何の感情も読み取れなかった。

撮影は順調に進んでいく。桂花とは何の進展もない。そんな日々が流れるある日、その日の撮影が終った後、かねてから飲みに行きたいとせがまれていた女友達数人と、人気アイドルで共演者の空也とで飲みに行くことになった。
 休憩時間、柢王は仕事が一段落ついた桂花を捕まえた。ようやく掴んだチャンスだ。ここは外せない。柢王は逸る気持ちを無理矢理抑えて桂花に声をかけた。
「今日、飲みに行くんだけどお前も来ねーか?モデルやってる俺の女友達と、あと空也も来るんだ」
2人きりと思われたら速攻で断られるかもしれないので、柢王は先にそうではないことを言った。本当は2人きりで行きたいところなのだが、この際贅沢は言っていられない。とりあえず来てくれるだけでも万々歳だ。
桂花は微笑んだ。
「ありがとうございます。空也にも誘ってもらったのですが事務所で仕事が残っているので今回は遠慮させていただきます」
何っ!?あいつ、俺に断りもなく。けれど断られたら断られたでどーしてもっと粘らなかったんだよ!と腹が立つ。
しかし柢王はそんな心情をおくびにも出さず、頭をボリボリと掻いた。
「そりゃ残念。でもそれが片付いたら合流ってのもありだぜ」
気持ちのままにしつこくするのは嫌われるもとだ。押しと引きのバランスが大事、なんて頭では分かっちゃいる。
「明日までかかりそうなので。明日は多分、事務所からこちらに来ることになると思います」
「大変だな」
疲れを微塵も感じさせず、仕事をこなしている。こんなに細身なのに結構タフなのだ。そっかぁ、タフなのか、と無意識に危ない方向に想像が行った柢王は慌てて頭を振った。
 煩悶する柢王を置いて桂花はさっさと次のシーンの準備に移っていた。


No.151 (2007/09/14 23:56) title:土産
Name:碧玉 (224.154.12.61.ap.gmo-access.jp)

「わっ」
 突然、後ろから腕をひかれ桂花はよろけた。
「柢王・・・いきなりは止めてくださいって、いつもいっているでしょう」
「冷たいこというなよ、早くおまえに会いたくて全力疾走してきたんだからさ」
 二週間ぶりに下界から戻った恋人は、甘えモード全開で桂花を抱きしめてくる。
「まだ仕事が・・・」
「そんなの後、後っ」
「でも、あと少しで」
「少しってどれくらい」
「夕方までには」
「仕方ねーな」
 柢王はもう一度ギュッと桂花を抱きしめると、やっとのこと腕をといた。
「じゃあ、その間に城に行ってくるとするか」
「蓋天城に?」
「ああ。 親父にコレ頼まれてたからさ」
 柢王は下界から持ち帰った紙袋から菓子箱をひとつ取り出した。
「・・・ちんすこう??? なんです?」
「あっちの銘菓。前に土産にやったら気に入ったみてーでさ、勿論おまえにもあるんだぜ」
「―――ちんすこう・・・がですか?」
「いや、ウチのはこれ♪」
 柢王はガサガサといくつかの菓子を取り出し、一番大きなのを桂花に渡した。
「『うなぎパイ』・・・この『夜のお菓子』ってネーミングは何ですか」
 胡散臭げなキャッチコピーに桂花は眉を寄せる。
「いいだろ、それ♪ 一発で気に入っちまった」
 柢王はケラケラ笑うと残りの菓子も桂花に渡す。
「そっちはティアにな。アシュレイからの差し入れ。アイツはあと数日あっちにいるみてぇだけど」
「こっちの箱は?」
「おっと、これは翔王、輝王にだ」
「彼等にも土産ですか?」
 驚き桂花が顔をあげる。
「食うかどうかは知らねーけど」
「あなたって人は・・・」
 菓子の中身を知って、桂花はため息をついた。
「クククッ、大丈夫。あいつらには分からねーって。これでも色々考えたんだぜ、ひよこの形の饅頭にするか、ひよこじゃアカラサマだから鳩の形のサブレにするか」
「で―――『吉備団子』ですか」
「そ♪ へーき、へーき、俺も吉備団子にまつわる話知ったの最近だしっ」
 じゃあ行ってくるわと桂花の頬に唇を寄せると柢王は紙袋を手に窓から出て行った。

「アシュレイからっ!!」
 ティアは眼を輝かせ、桂花が差し出す包みに飛びついた。
「こっ、これは!!」
包装紙を開けるなりティアが固まる。
「守天殿?」
 いぶかしげに桂花はティアの持つ菓子箱をのぞきこんだ。
「『おたべ』? この菓子の商品名ですかね」
 桂花の言葉にティアは強く頷いた。
「それは分かってる。分かってる、けどっ、でもっ」
「でも?」
「もしかしてっ・・・アシュレイが誘ってる?」
「ありません」
 桂花はきっぱり答える。
「でもっ、数ある菓子からこれを選んだのってーーー」
「偶然です」
「下界に下りて練れてきたってこともーーー」
 よほど欲求がたまっているのだろう・・・珍しく諦め悪くティアが食い下がる。
「ありませんね。柢王じゃあるまいし」
「――――――――――――――――」
 撃沈。
 有能な秘書に僅かな期待をもきっぱり絶たれ、ティアはガックリうな垂れる。
 やれやれ〜桂花は肩をすくめた。
 だが箱を手に立ちすくんでいるティアをこのままにしておくのも躊躇われ、椅子に座らせお茶をいれてやった。
「何はともあれ折角差し入れてくださったのですから一息入れましょう。吾はその間に資料をあつめてきますから。そうだ、これも宜しかったらどうぞ」
 桂花はお茶と柢王土産の『うなぎパイ』テーブルに並べると執務室を後にした。
―――ガタガタッ―――
 椅子がひっくり返る音を背にしたものの、桂花は構わず蔵書室へと足をむけた。

「よく食ったな」
 戻った柢王は減った菓子箱を覗き嬉しげに笑った。
「吾はまだ食べてません。なんてったって『夜のお菓子』ですから。 たくさんあったんで守天殿とナセル室長におすそ分けしたんです」
「そっか♪」
 何を期待しているのか、いつになく弾んでいる柢王を尻目に桂花はシラッと言い募る。
「そう、先ほどナセル室長に教えて頂いたんですが―――『夜のお菓子』って家族団らんでいただくお菓子って意味だそうですね」
「―――――へっ!!」
「ですから」
 桂花はにっこり続ける。
「今夜はいつになく中睦ましく過ごしましょう―――もちろん冰玉も交えて、ね」

―――柢王が撃沈したのは、、、言うまでもない。


No.150 (2007/09/11 14:16) title:優しいうそつき
Name: (j015179.ppp.dion.ne.jp)

「聞きたくなかった・・・・」
 ティアが執務室の大きな机につっぷすと、華奢な体は机上に連なる紙山に完全にかくれてしまった。
 後ろに結った長い髪がいつもより重く感じられた彼は無造作に髪どめをはずし、遠見鏡へ視線をなげる。
 執務がたまったりふさいだ気分の時は、自分の知らない世界を映しだし、気分転換するティアだったが今日ばかりはそれもためらわれた。
「―――そういえば、初めて遠見鏡を使った日は興奮のあまりなかなか眠れなかったっけ」
 執務室にいながらにして大抵の場所は見てしまえる鏡に驚異して、脅威して・・・。
 再び顔を伏せたティアは塾でのことを思いかえす。
 塾の帰り、アシュレイを教室の外で待っていたティアは、自分のとりまきである女子らの会話を耳にしてしまったのだ。

「守天さまの執務室にあるっていう鏡をご存知?」
 グループのリーダー的存在である女子がおもむろにきりだした時、ティアはつい反応して耳を澄ました。
「ええ、遠見鏡と呼ばれている鏡のことね」
「どこでも見てしまえる鏡でしょう?」
「素敵だわ。私、他国のようすとかぜひ見てみたいわ」
「私も!きっと一日中見ていても飽きないわよね」
 話をふった途端食いついてきた友人たちのようすに満足げな顔をし、そのくせ呆れた口調で彼女は続ける。
「バカねぇ、あなたたち。考えてもごらんなさいよ、守天さまは見ようと思えば…例えばプライベートな場所だろうがなんだろうが見てしまえるってことよ?」
 一寸の沈黙がながれ――――――次の瞬間けたたましい悲鳴があがった。
「まさか、あの品行方正な守天さまに限って・・・でも・・」
「守天さまだって殿方だものね・・・」
 ここで再び悲鳴があがる。
 本人が聞いているとも知らずに彼女たちの話はどんどんエスカレートしていき、耐えられなくなったティアは逃げるようにその場を後にした。

「あ・・・アシュレイに渡さずに帰って来ちゃった・・」
 アシュレイが読みたがっていた本を帰りに貸すことになっていたのだ。
 ところが、アシュレイが上級生とケンカをした件で文殊先生に呼びだされてしまったため、ティアは彼を待っていた・・・のだが、結局は渡せないまま帰ってきてしまった。
「どうしよう・・・まだ帰ってないかなアシュレイ」
 自然と遠見鏡へ向きなおったティアの動きがとまる。
「・・・・塾にアシュレイが残ってるか見るだけで覗きなんかじゃない」
 震える声で、言い訳しながらティアは塾を映しだした。
「いない・・・」
 最初に教室をチラッと映した時、まだ彼女たちの姿があったので、あわてて中庭や飼育小屋に変えたが、赤い髪はどこにも見あたらない。
「やっぱり帰っちゃったかな・・・」
 諦めかけたティアがもういちど教室に合わせると、果たしてアシュレイはそこにいた。
「あれ?さっきはいなかったのに…」
 彼は剣呑な雰囲気で、5人の女子と対峙している。
「なんなのよ!いきなり怒鳴りこんできてっ」
「だから、お前らいつもティアの周りでキャーキャー騒いでるくせに陰で悪口なんか言うなって言ったんだ!」
「な、なぁに?偉そうに!ちょっと守天さまに良くしてもらってるからっていい気になって!だ、だいたい“かもしれない”って言っただけじゃない!」
 必死に言い返してはいるが、アシュレイの気迫におされ、今にも泣きだしそうだ。
「ばーか。柢王ならともかく、あいつがやるわけねぇだろ!それに万が一のぞくにしたってテメーらみてぇなブス、誰がのぞくかっ!うぬぼれんな!」
「なななんですってぇ〜!」
 泣く寸前だったはずの顔がものすごい形相に変わり、思わずひるみそうになったアシュレイだが、負けてなどいられない。
 彼女たちを睨みつけたまま壁に拳をつらぬいて、できる限りの低い声をしぼりだす。
「女だからって、それ以上ティアを悪く言ったら容赦しねぇぞ」
 壁に手を突っこんだまま物騒な目をむけるアシュレイにおののき、彼女たちは先生の名を叫びながら壁の穴のことを告げぐちしに退散していった。
「・・・・・うそばっかり。いつも、女相手じゃ殴れねぇ――…って言ってるじゃない」
 大きく映しだされたアシュレイにピタリと寄りそい、うるむ瞳を何度もこすって・・・・ようやくティアは微笑みを見せた。

 その後、アシュレイはすっぽりハマってしまった腕を文殊先生に助けてもらいながら、無事ぬくことができたのだった。


No.149 (2007/09/06 22:26) title:火姫宴楽(9)
Name:花稀藍生 (p1054-dng28awa.osaka.ocn.ne.jp)


 長い髪をきりっと一つにまとめ、身軽な服装で長棒を持って中庭に現れた姉の姿に、
病気だとずっと言い含められていたアシュレイは始め心配そうに見ていたが、 レースと
姉が手合わせする段になって、ようやく安心したようだった。 芝生の端っこに座って
のんきに姉に声援を送っている。しかし残念ながら弟の声援はグラインダーズの耳には届
いていない。
「・・・・・!」
 レースに向かって打ち込みながら、グラインダーズはまたしても自分の力のなさに怒り
狂っていた。 いくら打ち込んでも手応えがない。いや手応えがないのではなく、攻撃を
すべて流されるのだ。あっという間に息が上がったグラインダーズに対し、レースは余裕
しゃくしゃくだ。
 小休止のあとでレースの提案によりアシュレイと二人がかりで攻撃することになった
のだが、これもまたいくら攻めてもレースは びくともしない。
「アシュレイ!」
 姉に遠慮があるのか今ひとつ攻め込みが甘いアシュレイに、グラインダーズは目配せを
した。 何かぴんと来るものがあったアシュレイは飛び離れるとグラインダーズとタイミ
ングを合わせて横合いから同時にレースに攻めかかった。
「?!」(×2)
 二人の目の前にレースの姿はなく、長棒が突き立っているだけだった。勢いが付いたま
まだった二人の棒先はそれを左右から挟み込むように打ち据える形となり、衝撃で長棒は
跳ね上がってくるくると回りながら空を飛び、石畳の通路の上に落ちた。
 長棒が甲高い音を立てて中庭の石畳の上に転がった
「・・・レース?!」
 同時に打ちかかってきたと判断するなりレースは長棒を支点に棒高跳びの要領で彼ら
の頭上を飛び越えて二人の後ろに降り立った・・・・・ということに気づいたのは、慌てて振
り向いたところを大きな手にそれぞれ頭を掴まれて、側頭部同士をごつんとぶつけ合わさ
れてからだった。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」(×2)
 ・・・姉弟仲良く頭を押さえてしゃがみ込むのを見て、レースは笑いながら長棒を拾って
ゆっくり戻ってきた。 グラインダーズより一足先に立ち直った(石頭だけに)アシュレ
イは「俺もその技をマスターしてやる!」と長棒相手に格闘している。
 頭を抱えた手をようやく外したグラインダーズに、レースはにっと笑って聞いてきた。
「気は済みましたか?」
「・・・・・全然!」
 背の高い武術指南役を睨み上げ、目尻に涙を浮かべたまま怒ったように言い切るグライ
ンダーズに対し、彼女を見おろすレースはただ笑みを深くしただけだった。
 
「・・・ええ?! 力一杯握ってたって?両手で? そりゃ駄目ですよ、お嬢。 長棒っての
は伸縮自在を利点とするエモノなんですよ。剣と同じように扱っちゃ駄目ですって」
 文殊塾での事の次第をグラインダーズから聞き出したレースは「そーいえば、城では
剣の稽古が主でしたね・・・」と頭を掻いて天を仰いだ。
「私がそれで良いって言ったのよ」
 グラインダーズの武術指南としてよこされた彼は、最初 剣の扱いよりもむしろ暗器の
使い方を教えたがった。
 暗器というのは、体に隠し持つことの出来る小さな武器のことで、護身・暗殺などの非
常事態のために作られ、発達した武器の総称である。
 暗殺にも使われる・・・ということもあって、暗器というとあまりいい印象がないかもし
れないが、小さいため、たとえば上衣の飾り襟の裏やハンドバックの中、あるいは装身具
そのものに仕込めるため、女の護身用具としてはこれ以上に使い勝手の良いものはない。
 使いこなすことが出来れば、不当な暴力から身を守るのにこれほど適した道具はないだ
ろう。
 しかしグラインダーズはそれをきっぱりと拒絶したのだ。
 剣がいい、とはっきりと言ったのだった。
「・・・でも。・・・・・結局、力では勝てないのね」
 ため息をついて言うグラインダーズの言葉を、レースはあっさりと否定した。
「何を言っていらっしゃるのか・・・勝てるに決まっているじゃないですか。」
 振り向いたグラインダーズが「どうやって・・・?」と不審そうな顔をして聞くのに、レ
ースは何でもないことのように笑って言った。
「・・・・・お嬢。あなた『霊力』の存在を忘れてやしませんか? 霊力は第三第四の見えな
い巨大な手のようなものです。喧嘩の時だって霊力を使えば、長棒ごと相手の腕をへし折
ることだってできたんです」
 レースの言葉にグラインダーズはきょとんとした。・・・武器を使っての闘いの時に霊力
を併用してつかうなんて考えたことはなかったからだ。 霊力をつかうのはお互い霊力を
使っての遊びに近いじゃれ合いか、素手の時ぐらいだ。
「・・・そんな馬鹿な。文殊塾の武術の授業でも普通に教えて・・・あ―――」
 レースが顔をしかめて口ごもったその先の言葉は、聞かなくてもグラインダーズにはわ
かっていた。  武器と霊力を併用しての稽古をしているのは、男児のグループだけだ。 
この歳になると基本的な体操の他は、男児と女児に分かれて武術指導が行われているのだ。
 まあ、もちろん、習う前から習うより実戦で慣れてしまった、という弟のような変わり
種もいるわけだが・・・。
 グラインダーズはため息をついた。
「問題は山積みね・・・。でもレース、もしあの時に霊力を使っていたとしても勝てたかど
うかはわからないわ。・・・だって私の霊力は最近とても不安定になっているの」
「勝ててますって」
 相も変わらずこともなげにレースは言い放つ。
「・・・レース。一体そう言えるだけの根拠はどこにあるの?!」
 振り向いたグラインダーズが いらだつように睨み付ける。
「お嬢、自分が成長期だって事を忘れてんじゃないですか? 体が急激に成長するこの頃
は成長に伴って霊力だって増大する。力そのものが弱くなったわけではないのです。
・・・ただ、成長が急激すぎて体と霊力のバランスがうまく取れなくなるから、不安定にな
っているだけです」
「・・・だったら、なおさら!」
「―――そして最大の根拠。・・・それは王族の霊気が ふつうの天界人が持つ霊気とは
まったく違うというところです。 ・・・密度も練度も精度も。大気中の霊気を共振させる
その力も、何もかも全てが―――。」
「―――――嘘。」
 レースが笑ってこちらを見ている。 
「・・・ただ存在しているだけで、強者―――。王族とはそういうものなのですよ。」
 どうして、そんな恐ろしいことをあっさりと笑って言えるのだろう。
 その笑みの中に、何かが含まれていれば、少しは安心が出来ると思うのに。
「・・・・・ ・・・・・ ・・・でも、レース・・ ・・・・・それなら・・・私が、霊力を使って他の人に攻
撃するのは・・・卑怯、と言うことになるの・・・?」
「何故?自分が持っているモノを使うのが悪いことですか? 使えるモノを使って何が
悪いのですか? 下手な出し惜しみをして使わずにいればそれの価値は下がり、自分が危
なくなるだけ。・・・・・そんなことを言っていたら、蜂に針があるのも、鹿に角があるのも、
それこそ花に香りや蜜があることすらも、卑怯って事になりますね。」
 最後の言葉は何だか余計だと思ったが、グラインダーズは黙っておいた。
「・・・・・強者の『霊力』・・・か。 ・・・でも、レース。それじゃ何だか変だわ。
だって、アシュレイは血肉に溶け込み、霊気を精製しやすくする霊槍である斬妖槍で魔族
退治を行っているわ。・・・アシュレイはほとんど教わることなく武器と霊気とを併用し
て闘う術を身につけた。 そして確実に腕を上げ続けている・・・たった一人で大きな魔獣
をたくさん倒している。アシュレイは強いわ。
・・・それなのに、どうしてさっきあなたに、あんなに簡単にあしらわれてしまったの?」
「・・・・・」
 レースはアシュレイが離れたところで長棒相手に一生懸命格闘しているのを確認して
から、ぼそっと小さな声で言った。
「標的が大きいからです」
「・・・は?」
 話をそらされたのかと思ったが、レースは笑っていない。
「的(マト)が大きければ大きいほど矢は当たりやすいものです。アシュレイ様の霊力と
行動力は大人顔負けですが、いかんせん技術が全然追いついていない。
・・・言ってしまえば、思いきり力をぶつけていらっしゃるだけですからね。・・・だから小手
先技では簡単にあしらわれてしまうわけです」
「・・・・・でも、強いことには変わりないのよね?」
「申し上げておきますが、「攻撃は当たらなければ意味がない」です。正確に、相手のダ
メージになるような場所に当てなければ、たちまち反撃されます。・・・今はまだ大きな魔
族が相手だからいいですが、人型魔族の強者が相手だと確実に負けます」
「・・・・・・厳しいことを言うのね」
「魔族相手に負けることは「死」を意味します。 死より厳しいものなどありませんよ」
 レースは あっさりと怖いことを言う。 真実だから、怖いのだ。
 グラインダーズは何度目かのため息をついた。
「・・・結局、どんなに霊力が強くても、それを使いこなすだけの技術を身につけなければ、
意味がないのね」
 アシュレイが、レースに稽古をねだっている。レースが立ち上がった。
「・・・ま、そういうことです。どうします? 今まで通り稽古を続けますか?」
「続けるに決まっているわ。今まで通りだけじゃなく、文殊塾では教えて貰えないことも
ちゃんとね! ―――でも、そうね・・とりあえず喉が渇いたわ」
「承りました。王女さま」
 レースが笑い、思いがけない優雅さでお辞儀をして見せた。


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