投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
アシュレイは天界テレビに着くと、一目散にエレベーターホールを目指した。エレベーターが1階に着いて、ドアが開ききるのを待ちきれずに身体をねじ込むようにして乗り込もうとした時、丁度降りようとした人とぶつかりそうになった。
「おっと失礼・・・。アシュレイさん?」
「ナセル!」
脚本家のナセル・ノースであった。
「どうしたんです?そんなに慌てて」
「お前こそ、まだ残っていたのか?」
「俺は打ち合わせが長引いたものですから。アシュレイさんはまだ仕事ですか?」
「違うんだ・・・、いや、仕事のことだけど。でも今日は別の仕事してて。あ、でも仕事のことなんだ」
「ちょっと落ち着いて下さいよ」
ナセルは笑ってアシュレイを連れてエレベーターホールから少し離れた。
「一体どうしたんですか?仕事のことって待機中のドラマのことでしょう?」
「そ、そうなんだ。ナセル、あのドラマ、中止にならずに済むかもしれねーぞ!」
ナセルが驚いた顔をした。
「どういうことです?何か状況が変わったんですか?」
アシュレイは吹き抜けのロビーに立つ太い柱の陰にナセルを引っ張っていき、声を潜めた。
「今回のことはブラック&ヘルの、10億円もする新作ネックレスをドラマの中で使うってここの会長が勝手にした約束が原因なんだ」
「そんなことが?」
「悲恋」のことを口にしなかったのはあくまで自分の精神衛生保護のためだ。
「と、とにかく。そのネックレスを使えばブラック&ヘルは文句言えないはずなんだ」
「でもどうやって?そんな高価なもの使える場面を今から作るのは難しいですよ」
アシュレイは頷いた。
「そうなんだ。でも話の筋に影響しなければいいんだろ。だからそれ着けるのはヒロインじゃなくって女優とかモデルとかなんだ。それでネックレスのデカい広告パネル作ってさ、飾っておく。そうしたらさりげなくテレビに映るし、しかもそれは単なる背景にしかならない」
「飾るって、どこに?」
「それはさ、ショーウィンドウとかに・・・て。あ、れ・・・?」
ナセルは困った顔をした。
「アシュレイさん、ドラマの中で実在の企業の名前を出すのはちょっとまずいと思いますよ」
「そっか・・・」
せっかく起死回生のアイディアだと思ったのに。アシュレイはがっくりその場にしゃがみこんだ。
「やっぱダメだな、俺って。後先考えないで・・・」
ナセルは慰めるようにアシュレイの背中をぽんぽんと叩いた。
「そんなに落ち込まないで下さい。俺はいいアイディアだと思いますよ」
「でも使えないと意味ねーよ」
「そんなことありません。もう少し掘り下げてみましょう。例えば飾る場所を変えてみたりして」
ナセルは少し考え込んだ。
「・・・ショーウィンドウか。そういえばヒロインは大手アパレル会社のOLだ。そこの職場に飾ったらいいんじゃないでしょうか」
「職場?」
「確かヒロインの会社は新作ドレスを発表したばかりという細かい設定がありましたよね。広告の写真でモデルさんにそのドレスと一緒にネックレス着けてもらえばいいんじゃないですか?そうすればメインはドレスですが、ネックレスも充分目立ちますよね。話題にもなりますよ」
「そんな設定あったっけ?」
ナセルは苦笑した。
「俺が考えたわけではないんですけどね。美術さん達が考えた設定ですよ」
「あ・・・」
すっかり忘れていたが、確かそんな話があった。割りと自由な雰囲気の現場で、美術担当達は遊び心を発揮して話の筋には関係ない細かい設定を色々考え、それを基に道具を用意している。
アシュレイは飛び上がるように立ち上がり、ナセルの肩をバンバン叩いた。
「すっげぇ、ナセル。やっぱお前って頭良いよな。ティアに話す前にお前に相談できて良かった」
「ティア?もしかして社長ですか?」
「あぁ、ブラック&ヘルの取締役ともう1度話すって言っていたけど、具体的な案を持って行った方が絶対説得力あるだろ。だからあいつには1番に話さなきゃと思ったんだ。早速行ってくるわ」
「待ってください。いつの間に社長と知り合ったんです?」
「この間、初めて会ったんだ。最初はいけ好かねぇ奴だと思ったんだけどさ、あいつも現場が好きでこのドラマのために1人で冥界教主と話付けようとしてくれてるんだ。それってさ、放っとけないというか、俺も何かしてやりてーじゃん」
そう言うとナセルが何か言う間もなく、アシュレイはエレベーターへ向かって駆けていった。そして途中で振り返ると、アシュレイはナセルに向かって手を振った。
「サンキュー、ナセル。やっぱお前って頼りになるよな!あいつきっと喜ぶよ!」
ナセルは曖昧な表情で微笑み返した。
元気よく跳ね返ったストロベリーブロンドがエレベーターの中へと消えると1人ロビーに残ったナセルは
「頼りにされて、ライバルが出てきたんじゃあな・・・」
と肩を落としたのだった。
ガラス張りのエレベーターはアシュレイを乗せてぐんぐん上昇していく。瞬く間に眼下には黒いビロードの上に宝石箱を引っくり返したような夜景が広がった。けれどアシュレイには目の前の光景よりも先ほどの案のことに心を奪われていた。30階までの時間がとても遅く感じられる。やがてエレベーターはチンという軽い音とともに止まった。扉が開ききるのも待てず、アシュレイは飛び出した。この階には来たことがない。ただ、社長室があると聞いたことがあるだけだ。
誰もいない廊下を「社長室」と書かれたドアのプレートを探して走ったが、社長室を見つけるのに大して時間はかからなかった。何せ広いわりにはドアの数がほとんどない。
「社・・・じゃねーや、ティアー!いるなら開けろ!」
律儀に言い直してアシュレイは重厚な雰囲気のドアをドンドン叩くと、すぐに扉が開いて目を丸くしたティアが顔を出した。
「アシュレイ!どうしたの?山凍殿がいなくてよかった・・・。そんなことより入って」
社長室はゆったりとした広さで、シンプルだがセンスのいい部屋だった。部屋は微かに甘い良い匂いがしている。何だかティアの笑顔を思い出すような・・・ってそんな場合じゃない。
アシュレイは咳き込むように切り出した。
「あのネックレス、ヒロインが着けなくてもドラマの中ででっかく使える方法があるんだ」
ティアが軽く目を見開いた。
「どういうこと?」
「広告だよ。モデルか女優かにあれ着けさせて、その写真ででかい広告作ってヒロインの職場に飾ればいいんだ」
職場のシーンで毎回その広告が視聴者の目に触れる。もちろんブラック&ヘルの名前はドラマの中で出さないがそれでも話題にはなるはずだ。ドラマの筋にも影響しない。
ティアの目が輝いた。
「すごいよ、アシュレイ・・・。そんな手があったなんて」
アシュレイは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「まぁ、俺が考えたというよりもナセルの案なんだけどな」
「ナセルって脚本家の?」
「あぁ。さっき下で会ってさ、一緒に考えてくれたんだ。俺じゃここまで考えつかねぇし」
「ふーん。…でも、これでドラマを中止しなくて済むんだね」
「まだだ。その前に先方に話してもらわないと。準備は俺達でできるけどそっちはティアの仕事だぜ」
冷静な振りをしているが、本当はすぐにでもプロデューサーのところに走りたい気分だ。
「そうだね。さっそく明日の朝にでも行って来るよ。その前にプロデューサーと話さないと。それはすぐに連絡を取るよ。冥界教主殿と話がついたらすぐに準備に移ってもらおう」
ティアは興奮を抑えるように机の周りを歩き回った。そして上気した顔でアシュレイを振り返った。
「ありがとう、アシュレイ。正直無理かもしれないって少し思っていたんだ。これで希望が持てるよ」
アシュレイは笑った。
「俺だって自分の『好き』は守りたいさ」
ティアはアシュレイの手を取った。
「絶対中止にはさせないから。待ってて」
アシュレイは大きく頷いた。
翌朝、ティアは冥界教主を訪ねた。金を出さずに済んだと思っていた冥界教主と壮絶な舌戦を繰り広げたが、ティアが執念の粘り勝ちをもぎ取った。そしてすぐさま昨夜連絡を入れておいたプロデューサーに電話をし、プロデューサーの指示で製作会社が広告パネルの作成を始めた。幸いなことに広告モデルとして候補に挙がっていた大物女優のスケジュールが空いていたのですぐに写真撮影が行われた。そして広告作成と並行して止まっていたドラマの準備も再開し、まさに怒涛のような数日間の末、執念と幸運とに支えられ、当初予定していたクランクインの日から数えて5日前の夜中。ようやく全ての工程が終了したのであった。
VILTUOZO
「え、進路妨害?」
顔を見合わせたW機長に、航務課長の伯黄がため息をつく。
時間差帰着で一緒帰りの予定の白黒機長が、書類を出しに来た航務課で落ち合った時のことだ。ざわざわしているその場の空気に、
顔を見合わせ、顔見知りのコー・パイに理由を尋ねようとしたその時──
「あ、帰ってきた! ちょっと、ふたりとも来てくれ!」
奥から課長が手招きしてふたりを呼んだ。航務課は馴染みのあるところだが、課長に呼ばれるのはめずらしい。しかも、そのディスパッチ用の
部屋のドアの隙間に、暇なはずのない広報部長の姿を見た黒髪機長がとっさに真顔になって、
(そういや、今朝、靴のひもが切れたけど、あれとなんか関係ある?)
身構えたのは、ある種の予感だったかもしれない。
小部屋へ行くと、そこにいたのは広報部長と、なぜか旅支度で瞳うるうるさせている幼馴染で雇用主の、『天界航空』オーナー、
ティアランディア。ふたりを見るなり椅子から立ちあがり、
「ああっ柢王桂花っアシュレイが大変なんだったらふたりとも落ちつかずによく聞いてっ!」
「って、おまえが落ちつけ! つか、句点つけろ、読みにくいから! 一体なんですか」
と、大親友の慌てぶりにヤな予感炸裂の柢王は、残り二人の顔を見る。沈痛顔の航務課長と、なんとかの叫びみたいな悲壮な顔した広報部長が、
「とにかく座ってくれるか。説明するから」
と、話し出したのが、小一時間ほど前に起きたクリスタル空軍上空でのニア・ミス事件。現地だと午後一時くらいだが、時差があるので
こちらは夕刻。日没早い外はいまはもう濃紺だ。
話を聞き終えた柢王は息をついて、
「それは災難ですね。アシュレイが怒るのもムリないですよ。けど、とりあえず客もクルーも機体も無事で、バスも出たし、空軍は調査入れて
くれるんですよね? それにむこうのパイロットのミスだって認めてるし?」
「ああ、うちの現地スタッフも見ていたが、たしかに着陸間際の機体に戦闘機がニア・ミスしたらしい。すれすれで避けたそうだが、
非は明らかだそうだし、現地ではアシュレイ機長たちが聴き取り調査を受けている頃だと思う。うちとしては混乱はない。ただ、
当のパイロットがまだ帰還しないらしいから、調査結果は最悪、数日後かもしれないが」
「えっ、軍のパイロットがニア・ミスして帰還しないって、それ、軍規違反じゃないですか」
ただでさえ、パイロットは法律にがんじがらめだが、軍ではそれに軍法が加わる。違反したら最悪反逆罪だ。尋ねた柢王に、今度は
重苦しい顔した山凍部長が、
「空軍のエース・パイロットだそうなのだが。あの島では王室の式典で空軍がショーをすることもあるが、その時にも参加する凄腕のパイロットだそうだ。そのパイロットがなにをどうしてニア・ミスなのか、
本人が戻らないのでは確認しようがないのだが……」
ゆーか、なにをどうして部長はここに? ここ、航務課でしょ? こういうのって航務課と営業部の担当でしょ? それになにその悲壮な顔。
つか、ティアのそのスーツケースから唐辛子の匂いがするのはもっと何っ?
柢王は答えを求めるように隣りを見た。と、いつでも冷静な美人機長はめずらしくなにか考えこむ顔をしている。七日ぶりに会う恋人の
機嫌は一大事だ。即座に、どうした、と尋ねると、クールな美人はかすかにためらう顔をしてから、
「いえ、クリスタルの空軍で航空ショーと言うと、吾も冥界で飛んでいた頃に一度見たことがあるのですが、そのなかに、『ヴィルトゥオーゾ』と
あだ名されるパイロットがいたんです。『超絶技巧の持ち主』という意味ですが、たしかにすばらしい飛行だったと思います。ただ…少し
風変わりなパイロットだと聞いたのを、いま思い出したので」
「風変わり? どんな風に?」
「あいにく詳しい話は聞き流しました。パイロットの人となりには関心がなかったので。あまりいい感じの話ではなかったと思いますが。
アクロバット自体は神業的なうまさでしたけれどね。ああいうのは一機でも乱れると事故に繋がる高等技術ですし、そのチーム自体
とてもすばらしいパイロット揃いでしたが、その機はカンのいい人がずば抜けた技術を持って飛んでいると、下からでもはっきりわかりましたから」
その言葉に一同がへぇと感心する。自らもずば抜けた技術とフライトセンスを持つ桂花がいうのだ、それは相当にうまいということだ。
ある種の水準は自分もある程度の水準にいないとわからないが、その心配は桂花にはまずないから確実に。
「けど、意外だよな。ショーに出るパイロットって、軍の顔だろ。うまいのもあるけど、人前に出せるのが前提って聞いた気もするけど」
「吾もそう聞きました。だから覚えていたのかもしれません。飛び方のタイプはアシュレイ機長に似てなくもない気がしますけれど。
紙一重でふいとかわせるタイプというか……」
「あー、前髪に直感ついてるようなヤツな。あいつ、コー・パイの頃、たまにブリーズ、前髪で予知してたもん」
頷いた柢王は、で? と瞳で聞く。と、
「それが…」
「それがだな……」
課長と部長の視線はオーナーへとリレー。と、ティアが、
「おまえたち、私と一緒にクリスタル島まで行ってくれる?」
「はっいーっ? ティア、おまえ何言ってんの? 俺ら確かに明日休みだけど、明後日フライトだから島まで往復なんか……」
「ううん、それは大丈夫だよっ、課長が代理立ててくれたから!」
「って、ええーっ、なんで勝手に決まってんのっ?」
「だってアシュレイが危ない目に会ったんだよっ、おまえたちは心配じゃないのっ?」
「って、降りたんだろ? 客も無事だし、向こうも悪いって言ってんだろ? その上なにを心配すんだよ?」
「だって、アシュレイは今頃、自分が悪くもないのに取り調べ受けて泣いてるかもしれないんだよっ!」
「って、泣くわけないだろ、あいつがっ!」
つか誰もこんなことで泣かない。つか調査は取り調べじゃない。つか取り調べ受けたのはおまえだ。この前、あまりの日帰り
スタンプの多さに税関に密輸入疑われて一時間も!
だが、それなのに、翌週末には何事もなかったかのようにまた嬉しげに日帰りでアシュレイの機に乗ったティアは、物心ついたときからの
アシュレイ信者。この世で唯一…じゃなかった、エンジュさんとふたりの熱烈なアシュレイ教徒だということを、子供の時から見てきた
黒髪機長は知っている。
「あのなぁ、ティア? これがもし客がけがしてアシュレイが過失傷害とかになってたら、俺だってムリしても行くよ。けど、こういうのは
あることだぞ。ニア・ミスがじゃなくてさ、フライトのことでなんかあって、機長が責任持ってできる限りの対応してかないといけない
ようなことは。誰がどうしてどうなったとか事情の説明だけじゃなくて、自分が関ったことに対して、自分の意思や考えや、どうすれば
最善かを周りと話し合って決めてくようなこともある。それは機長でなくても当然のことだし、機長だったら尚更だ。自分が預かった
フライトに関ることのあれこれを、問われることはあたりまえのことだ。その度におまえが助けに行くわけにはいかないし、はっきり言って
助けにもなれない。アシュレイだって誰かが助けてくれるなんて思いついてもないはずだぞ」
わかってないとも思わないが、それでも言うと、やはりわかっている老舗会社のオーナーは、一転、真顔で頷いて、
「それはわかってるよ、柢王。それにトラブルに関して私ができるのは私の立場としての対処だけだってこともわかってる。だから、
よけいな口を挟む気はないよ。むこうでは航務課に任せるし、私は絶対に表に出ないって約束する。仕事だってことはよくわかってる。
でも、空の上にいる時はムリでも、いまは側にはいられるよね? 陸の上ならアシュレイの側にいることくらいはできるよね。だからアシュレイの側にいてあげたいんだ、それだけなんだよ、柢王っ」
と、訴えるティアに、柢王はため息をつく。
陸に置き去りのティアに、空の上はムリだが陸なら手が届くから、と言われると、パイロットとしてアシュレイと共有するものの多い
柢王には反句がない。それに、これが桂花のことなら自分もムリしてもいくだろう。好きと大事は、立場や理解を時に超えるものだし、
それに、ティアは確かに、言ってはいけないわがままは決して言わないヤツ、なのだ。
(…どーすんだよ……)
眉をしかめて隣りを伺えば、クールな美人の瞳にはくすりと笑みがあって、こちらの甘さなどお見通しだとよくわかる。頭はどうあれ腹では
気がかり。バレバレだ。が、恋に限らず、『好き』な気持ちはどこかは甘い。決して盲目になることのない『好き』は、『好きでない』のと同じことだ。
「──後でひと山一人前たちに文句言われても知らねぇぞ。それに仕事遅れてまた半分あの世行きになっても、愚痴は聞かねぇから」
「柢王っ!」
ティアが顔を輝かせる。先ほどまでとは打って変わって嬉しそうな顔で、
「大丈夫だよ、仕事はもう回して来たから! それに課長がおまえたちを四連休にしてくれたんだ。課長が知らせてくれたとき、私は
部長と打ち合わせだったんだけど、おまえたちが帰るまで待つように提案してくれたのも部長だし、ほんっとふたりとも気が利くよねぇっ!」
きらきらと瞳輝かせるティアと裏腹、瞳鉛色にした機長はふたりを見つめる。
と、そもそもアシュレイの名を出さずにティアに報告する先読みができず、その上、暴走するかもしれないオーナーを自分たちは
手が空かないからとフライト帰りのパイロットに押しつけた、この世でもっとも気の利かない課長と部長は心からすまなさそうに目を伏せた。
部屋に入った時からのふたりの重苦しい顔のわけがわかった柢王はふたりに向い、
「休みは六日下さい。それと島から休み明けの勤務地への直行チケットを、お願いしても怒らないですよねぇ、お・ふ・た・り・は?」
にっこりと、笑う禁欲生活八日目の機長の瞳の奥になにを見たものか、青ざめたおふたりはしかと休暇とチケットをお約束
下さったのだった──
「ほんとにごめんな。結局、勝手に決めたことになって」
本社から車で15分。同居中の家の書斎で鞄に次のフライトのマップをつめこむ柢王は、桂花に謝った。
『八時半にクリスタルの隣りの島への最終便があるから。それで次の朝、チャーターヘリで島へ渡るからね。身支度あるなら早めにして
戻ってきてね。私は空港で待ってるから!』
はやる気持ちがそのまま行動に現れて、翌日の直行便を待つ気もなく無理やり乗り継ぎ便作ったらしいオーナーに、
『隣りっておまえエア・バス飛ぶほど遠いんですけどヘリっ? つかその手回しの早さなんでふだん使わねーの?』
と、つっこむ気力もない機長と恋人機長は食事の予定もキャンセル、家に戻って旅支度。
(あーあー、今夜ここに帰る時はすっげえわくわくのはずだったのになぁ……)
が、ティアの頼みを聞くことになったのは自分のせい。とばっちり食ったのはむしろ桂花だろう。
「行く気しなかったら、おまえのはいまからでも断るぜ?」
と、常にクールな桂花は静かに微笑み、
「構いませんよ。休みも伸びたようですし。それに、見る機会があればもう一度見てみたいですしね。あの、ヴィルトゥオーゾ的飛行を」
と、言ってくれたので柢王は心からほっとした。部屋に鍵をかけながら、
「落ちつけよー俺、いま中に戻って引きこもるより島に行った方が時間あんだからがまんしろー」
自分に言い聞かせ、深呼吸して、向ったエレベーターで──ガコンッ!
スーツケースがドアに挟まったのは、この旅の先行きとなにか関係あるのだろうか。
そんな不吉な出来事のことは露知らないオーナーは、アシュレイの好物いっぱい詰め込んだスーツケース片手に空港で、
「すぐに行くからねっ、アシュレイっ! 生きる時も墜ちる時も私たちは一緒だからねーっ!」
と、その場にも職業にもふさわしくない決意の言葉で、周囲を青ざめさせていたのだった──
SIGNAL RED
「ランウェイ・インサイト!」
空也の声が、心なしか緊張して聞こえた。同じ眺めをいま、確認する操縦席のアシュレイもそのわけを理解する。
眼下に広がるエメラルドのあざやかな海。前方正面は緑が目を洗うようにきらめく美しい丘陵。白くもくもくと浮ぶ雲と、つき抜けるような青空を
背景に、リゾートの島の美しい光景が近づいてくる。
が、コクピットのパイロットふたりが目を見張るのはその眺めではない。
二人が見ているのはもっと下──
丘を後ろに、低い塀で囲まれた広大な敷地。起伏のある海岸線をすぐそこにして、黒い巨大な十字架のように、アスファルトを強い日差しに
際立たせた滑走路。タクシーウェイの彼方にびしりと整然、並んでいる鈍色の丸いドーム屋根。
それらが陽射しに一面きらきら輝くさまと、奥まった建物の屋上ポールにたなびく旗の模様が、そこが間違いなく代替空港、すなわち
クリスタル空軍基地だと物語っていた──
*
母国はまだ冬のとある晴れた日の午後──
天主空港を朝オン・タイムで出た『天界航空』の黄金のジェット機777便が、西方にあるリゾート、クリスタル・アイランド空港上空で
旋廻する羽目になったのはその一時間前に降ったスコールのせいだった。
クリスタル・アイランドは雑駁な街と美しい自然が売り物の小さな島。訪れる旅人のほとんどがリゾート目的だから、スコールも
また魅力のひとつで、その後カラッと晴れて虹でも出れば旅人の気分はむしろ盛り上がることだろう。
が、スコール直後に着陸しようとした先行のジェットがスリップして、滑走路を翼半分はみだした状態で全輪パンク。動かないので
滑走路は使えませんといわれたら、関係者の気分は盛り上がらない。
とはいえ、そもそも数百tの重さが時速300q以上の摩擦を与えるジェット機のタイヤの耐久度は低い。だからこそ十回飛ばない頻度で
替えているのだが、パンクしないタイヤがこの世にない以上、着陸時の状態次第でパンクするのはありうる話だ。
もとから航空業とはありうることが起こっても驚かない仕事柄。それに全輪パンク、というのはめずらしいものの、幸い、乗客乗員に
けがはなく、大事にならなかったのは吉報だった。
ということで、この路線五ヶ月の新米機長の操縦する天界航空機は、車で30分程度のところにある代替空港の空軍基地に降りて、
客と荷物をバスに乗せ、機体は後から移動することになった。もとからその上空を許可なく飛んだら迎撃されても文句の言えない軍の敷地に、
民間人を移動させるためのバスが入るのは異例のことだ。その許可を取りつけてくださったのは王室で、しかもバスまでご用意くださったのは、
ただの親切というより、この頃じわじわと人気の出てきた島への集客に対する航空各社への期待の高さを物語るものであっただろう。
が、王室の思惑がどうあれ、天界航空としては助かる決定だった。着陸前と迎えのバスも客席の視界は塞ぐことが条件だったが、
乗客たちは早く移動できることが肝心らしく、混乱がないどころかとても協力的で、一同は心からほっとした。
現地航務課も軽食と整備士をトラックに積みこんでバスと一緒にもう軍に向かっていたし、初めての軍への着陸ではあるものの、
ビル街の上を滑走路に降りていく無線の使えない空港と違い、空軍は軍上空までレーダーで誘導してくれた後、着陸無線に乗せてくれるという。
空港間が近いから低空低速、地形も複雑で海風のあおりを受けない注意は必要だが、アプローチ角度は広いし、
(むしろふだんよりも楽かも? 今日はラッキーセブンだし、ついてるのかな、俺)
出掛けに部屋のドアの前になぜか立てかけてあった十三段の梯子の下をくぐった時にふいに黒猫が前を横切り、びっくりして頭打ったのは
きっとただの偶然だ。いま思えばあの猫ソックス履いてたし。
と、空也と着陸の打ち合わせをしながら、アシュレイもすっきりとした面持ちでいたのだったが──
(すごいランウェイだ。それにあれ戦闘機だよな……)
緑と白砂の海の間に切り取ったように開いた広大な平地と、パッと見でも5qはある大滑走路が悠然とクロスする眺めは、のどかな島の
イメージにそぐわない。それにあの、光を反射しているまばゆい一帯は全て戦闘機の格納庫のはずだ。いったい何機あるのだろう。
平和なリゾートのシビアな面を見たようで、新米機長はわずかに眉をひそめた。
とはいえ、それは瞬時のことだ。
旅客機の機長の仕事は客を安全に降ろすこと。他の事情は関係者に任せておけばいい。そう自分に頷いて、アシュレイは自動推力装置を切り、
自動操縦を外すためのスイッチを押しながら、
「フラップ30! オート・スロットル・ディスコネクト、オー・パイ・ディスエンゲージ!」
「ラジャー! フラップ30、ノー・ライト!」
最終のセッティングを終えると、ここからは手動だ。地上は向かい風がややあるものの、計器に突風の気配はない。ぐーんと高度を下げていくと、
視界が完全に開けて、白い波光をきらめかせるまばゆい海。黒く陽炎煙るような滑走路に他に離着陸の機体はいない。
官制の声が1000フィートをくれる。アシュレイはどんどん機体を下げていく。声だけ頼りに「二度上げて」とか「もう少し左」とか
「それってどれくらいですかーっ」な修正をしながらビル降りる空港に比べたら、この滑走路は楽勝だ。新米機長はわくわくホィールを握りしめる。
と、
「アプローチング・ミニマム!」
コールした空也の声が、ふいに、悲鳴のように跳ね上がる。
「キャプテンッ、後方レーダーに機体がっ…」
えっ、とアシュレイがレーダーを見るより早く、
『ヘブンリー、ニア・ミスッ!』
ドーン! と鈍い音と振動がガラスをビリビリ震わせたその瞬間──上げた瞳に映ったものを、アシュレイも、そして、たぶん空也も共に、
理解できなかったはずだった。
コクピットの窓の、真正面。ほんの、十数メートル先に、逆さになった銀の戦闘機。一瞬、全てがとまったルビーの瞳のなかに、
輝くドームのコクピットからこちらを向いたヘルメットのパイロットの顔さえが、確かに、見えたように思われた。
「っ!」
息を飲むより早く、アシュレイの両手はホィールを力いっぱい押して機首を下げていた。が、その瞬く間に、目の前の機体はくるりと反転、
放たれた銀の矢のように、ビリビリとこちらの窓だけ震わせてもう視界から消え失せている。
アシュレイは、ただ愕然と目を見張る。
いま……目の前に、戦闘機が横切った?
『ヘブンリー、高度っ!!』
官制の鋭い声に、ハッと見れば高度300、急激に下降する機体の下はもう海間近。大急ぎで、
「ゴー・アラウンドッ!」
着陸中止を叫ぶと、ぐうぅっとかかる重さに耐えて操縦ホィールを必死に引き上げる。絞っていた推力を最大、スロットルを掴んで一気に押し上げながら、
「マックス・パワーッ! フラップ20! ギア・アップッ!!」
叫ぶのに、空也も即座に、
「フラップ20、ノー・ライト! ギア・アップ、スリー・グリーン!」
出していた車輪を引っ込め、機体が機首を起こして昇りはじめる。
もうとっさのことで取り乱している余裕すらない。めまぐるしく視界が変わるなか、並んだふたりはビシバシ指示を出し、受けて、
「コクピット・チェック・リスト! 官制に高度!」
「ラジャー! コントロール、高度をください!」
『ラジャー! ヘブンリー、2000フィートで旋廻! 機体は無事ですか』
「ヘブンリー、2000フィートで旋廻! チェック・リスト・コンプレイン! ノーマル!」
「空也、フラップ10!」
「ラジャー! フラップ10、ノー・ライト!」
雲を突き抜け、上へと向う。
コクピットのふたりがようやく揃って息をついたのは数分後。雲の間に機体を落ちつけ、旋廻しながら客席と機体の無事を確認した後のことだ。
空也にホィールを渡したアシュレイは、まず、客席にアナウンスを入れた。
降りかけの機が一気に下降した後、急上昇。乗客に驚かせたことを詫び、着陸に不都合があり上昇したが、管制塔の指示のもとですぐに
もう一度やり直すと報告したアシュレイの態度は落ちついていた。
そして、マイクを切ると、空也に向い、
「ちょっとイヤホン遠くしててくれるか」
言って、今度は官制を呼び出す。深呼吸してから、
「さっきのは何だあぁぁぁぁぁーーーっっっ!!」
腹の底から叫んだ声が、コクピットの窓をビンビン震わせた。
が、怒鳴れるだけマシだ。怒鳴れるのは生きているからだ。いまになって心臓がドラムのように跳ね飛ぶが、それだって
ぶつからなかったからなのだ!
アシュレイの心拍数はうなぎ上り、全身が駆け抜ける血で沸騰しそうだ。
着陸間際の機体に、ニア・ミスなどふつうでも考えられない。後方レーダーに写った機影に空也が驚いたのは、それがいきなりこちらの圏内に
入って来たということだ。その上、後ろにいたのに次の瞬間には前。それもアクロバティックな宙返り。極めつけはこちらを向いていたパイロットの顔!
「あの野郎わざと前通りやがっただろーっ! 何かあったらどうしてくれてたんだーーーっ!!」
飛行機の目の前十数mは車とは違う。こちらは時速300q、そしてあれは戦闘機。最大速度は秒速で660mを越える。へたに至近を通られたら
ビルでも壊れるシロモノなのだ。
いや、確かにあの時はせいぜいこちらより少し早い程度、それが目の前をかすめ、その後一気に加速したが、振動でこちらの窓を
吹っ飛ばすこともなく、瞬間で離れていったのは神業に近い。だがしかし、だからこそ!
「なんであんな奴飛ばしてるんだ、なんとか言えーーーーーっ!」
うまかったら人の進路妨害してもいいなんてルールはどこにもない。ましてやこちらは民間機。客が何百人も乗っているのだ。
まともなパイロットならそれがどんなに危険なことか考えるまでもなくわかるはずなのに!
子供の時から負けず嫌いでも、アシュレイはいままで官制とのやり取りで大声を出したことはない。意志を通すと喧嘩腰は別だ。
それは会社の翼で飛ぶようになってよく理解している。が、いまのは別だ。たとえ臨時でじゃました軍の基地でも、ここへ来たのは降りるためで、
誰かに墜とされるためではないのだ!
と、官制は低くため息をついた。どこかあきらめたような、だが心からすまなさそうな声で、
『戦闘機のパイロットの進路に過ちがあったようです、本当に申し訳ない、ヘブンリー。詳しい事情は着陸後に知らせます。まずは着陸を続けて下さい』
謝りながらも的確に指示。
腸煮えくり返った機長はカッツーンと来たが、言うことは確かに官制が正しい。ここへ来たのは客を降ろすため、むかっ腹で旋廻続けて
燃料切れるためでもない。それにぐすぐすしていてまたあんなマネされたら今度は落ちついて対応できる自信がない。
「了解! もう一度、指示を下さい」
精一杯、怒りを押さえた声を出して、アシュレイはコバルトの空を睨みつける。そこにあるのは白い雲海。あの銀の機影はかけらも見当たらない。
(降りて来たら何がなんでも叩きのめしてやるからな!)
どのみちアシュレイと空也は滑走路が空くまでは基地で待機するしかない。あのパイロットが降りて来たら、絶対叩きのめす! 例え会社に謹慎食らったって、あんなふざけたパイロットを放置しておくことなんかできるはずがない!
怒りに燃えた鋭い瞳で空也を見れば、前もトラブル・フライト一緒だった空也も同じことを思ったのか頷いてくる。
よし! と一致団結、頷きあったパイロットたちは念入りに着陸を打ち合わせ──
やがて金色の翼を持つ旅客機が、いままでにないほど息のあった連携プレイで、トラブルの後とは思えない、超ナイス・ランディングで
空軍基地に降りたったのは、ひとえに天界航空パイロットとしての意地とプライドの賜物で、あった──
南の太子が重傷を負ったことは天界にすぐ広まった。ティアは守護主天として自ら南領
に赴き、手光でその傷を癒すことを天主塔から打診したのだが、当のアシュレイが頑とし
てティアの治療を拒んだのだった。
・・・それから一週間後。関係者以外面会謝絶の状態から、寝台の上に起きあがれるよう
になったアシュレイへの見舞いの許可がようやく下りた。
それを待ちかまえていたティアは、同じように待っていた柢王を誘って天主塔より見舞
いの一団を仕立てると南領へ飛んだ。
「急がば回れだよ、柢王。」
こんなでっかい一団を仕立てて飛ぶよりも、直接二人で南領に会いに行く方が早いと
柢王は最後までごねたが、天界最高の貴人である守護主天本人とその見舞いの品を掲げた
一団は、先に到着していた並み居る天界中の貴族の見舞客達を押しのけて、一番最初に通
されることとなったのを見て、「なるほど」と納得した。
「魔風窟に行ってたことな、ティアにずっと前からバレてた。」
人払いされた部屋に入って来るなり開口一番そう言った柢王の言葉に、寝台の上のアシ
ュレイはあんぐりと口を開けて柢王とその隣に立つティアを見た。
「傷はもういいのか?」
「・・・傷は、まだ痛む?」
柢王が見舞いの品である小さな卓上遊技盤、ティアが柔らかな色彩の香りはさほど強く
ない花束を寝台の上に置いた。 あんぐりと口を開けたままのアシュレイは、ようやく我
に返って何か言おうとし、結局何も言えずに、こっくりと頷いた。
頷いた形のまま、なかなか顔を上げようとしないアシュレイの赤毛に指を突っ込んで
ぐしゃぐしゃとかき回したのは柢王だ。
「・・・もういいだろ。教えてくれよ、アシュレイ。」
柢王の指が離れると、アシュレイは一旦顔を上げ、どこか泣き出しそうな表情で柢王と
ティアの顔を見た。
何かを言いかけ、結局言えずにまたアシュレイはうつむいた。掛け布を握るその指は白
く変わっている。
そのアシュレイの様子に、出直した方がいいかもしれないなと二人が視線を交わした時、
アシュレイが小さな声で、とぎれとぎれに言った。
「・・・・・俺が、嫌だったんだよ。 ・・・お前が人にひどく言われるのは、嫌だったんだよ。
だって、・・・俺をかばって出来た背中の傷なのに、・・・それを知らない奴らにその傷を見ら
れた時に、・・・お前が、・・・・・お・・・臆病者・・・って言われるのなんかさ、嫌だったんだよ」
・・・背中の傷は、敵に背を向けて逃げた―――つまり臆病者の証としてみられるのだ。
「・・・あの時、俺に出来たことは、ティアにお前の傷を優先して治してもらうこと・・・、
傷そのものを無かったことにしてもらうこと ・・・それだけだったんだ。
・・・・でも、俺のわがままのせいで、ティアまで―――・・・」
自分のせいで傷を負わせてしまった柢王。 彼がその痛みに耐えるのを見るくらいなら、
自分の傷の痛みを我慢した方が、まだいい。
自分のわがままのために力を使い果たしてしまったティア。二度とそんなことはさせら
れない。それなら自分の傷の痛みを我慢したほうが、まだいい。
「・・・だから、俺・・・・・・・・」
「そうだったの・・・・」
彼が背中の傷に異常なまでにこだわったわけがようやくわかった。
(柢王の名誉のため)
そしてアシュレイが城で倒れた後も、頑としてティアの手光を拒んだ理由も。
(私の体調を心配して、無理させないために・・・)
だからアシュレイは一人で黙って傷の痛みを我慢していたのだ。
「・・・・・ばかだなあ」(×2)
柢王とティアが、同時に言った。
「何で一人で全部背負い込もうとするかな〜?俺の入る余地を残しとけよ。お前は。」
「私がやりたくて勝手にやったことに、どうして負い目を感じるかなあ。君は。」
そんなこと、どうでも良かったのに。
生きているなら、それでよかったのに。
どんな傷も、いつかは消えるものなのに。
「・・・でも、ありがとな」
「心配してくれて、ありがとう」
柢王とティアが笑って言うのに、アシュレイは顔を上げた。その顔は赤くなっている。
言うまでもなく怒っているせいだ。
「・・・馬鹿って・・・・・」
本人にとっては大まじめな、ものすごく深刻な告白だったのだ。それを「ばか」の一言
(しかも二人同時)で片づけられてしまったのである。
「でも、やっぱおまえは ばかだな。 そんなことを考えて闘ってたら、命がいくつあっ
ても足りやしないっての。 ・・・逃げてもいいじゃねえか。 つーか背中見せて逃げたのは
事実だしよ。―――だいたい「逃げる」なんて直裁的な言葉を使うから耳ざわりが悪いん
だ。「戦略的撤退」や「戦術的後退」って言う便利な言葉を知らねえのか?」
「言葉で飾ったって同じだろーが! つーか、バカって連呼すんなーっ!」
にやにや笑っている柢王に掴みかかろうとするアシュレイを、ティアが必死になって抑
え込もうとしている。
「敵わない相手と闘い続けたってこっちが殺されるだけだろーが。・・・まったく、ホント危
なっかしいヤツだよ。・・・やっぱ、俺がついててやらないとダメだな」
「勝手に話を まとめるんじゃねーよっ!」
アシュレイが見舞い品の遊技盤をつかんで投げようとするフリをすると、柢王はおどけ
て後ろに下がって顔をかばうフリをした。後ろに下がった拍子に椅子にぶつかった柢王の
剣帯が派手な音を立てた。アシュレイがハッとして手を止める。
「ああ、新しく作った剣帯だ。 なかなかいいだろ?」
柢王の腰に巻かれた真新しい剣帯に吊られた剣は、シンプルな革製の鞘に収められてい
た。 しかし剣自体の拵えが立派なだけに、違和感が目立つ。
「・・・・・あのな、柢王。こんな事を言ったら怒るかも知れねーけど、俺の知り合いにスゲエ
腕が良い刀工がいる。おまけに性格も底抜けに良いヤツだから、俺の無茶も多分聞いてく
れると思う。・・・だから、俺の出世払いでも許してくれると思うから・・・
その、もしよかったら・・・」
再びしゅんとして言葉を継ぐアシュレイに、柢王は笑って首を振った。
「何でもかんでも背負い込むなって言ってんだろ。―――意地でも取り返すさ」
「・・・魔風窟も魔界も広いぞ。見つけられると思うか?」
「俺が武将になりたいって言ったときに、親父から貰った剣だ。・・・何でも双子が作った剣
らしくてな。兄の刀工が刀身をその弟が鞘を精魂かけて作ったという超・業物らしいぜ?
本来二つで一つであるはずのものが、離ればなれになったんだ。 きっと互いに相方を
呼び寄せてくれるだろ」
「そう言うことなら、俺も腹を刺された恨みがあるから、その話乗った!
けど、リターンマッチするにしても、あの魔族の鞭みたいな腕はやっかいだぞ。目と勘の
鍛錬をし直さないとまた返り討ちにあっちまう。 あ、そうだ柢王。俺の武術指南を二人
ほど見繕って多方向から鞭で攻撃してもらおうぜ」
「いや、鞭というより節棍だろ。アシュレイ、お前多節棍の使い手に知り合いいるか?」
「多節棍ねえ・・・。う〜〜ん、姉上の武術指南のヤツがそーゆーの得意だったかも・・。
・・・ていうか、そのテの変な形でエゲツない使い方をする武器ってのは、ほとんどが東国産
だろ。お前こそ知り合いいねーのかよ?!」
「武具の輸出量天界一は南領だろーが。てめーがそれをいうか。 ・・・う〜ん。天界は平和
だから、達人ってのは意外に少ないんだよな・・ 」
「・・・・・・・・君たち。あんな目にあったのに・・・・。―――全っ然 懲りてないね?!」
今まで二人の会話に口を挟むことが出来ずに黙って聞いていた、「平和な天界」の守り手
である少年がくら〜い声音で言った。
「あったり前だろ」(×2)
アシュレイと柢王が同時に振り向いて言った。
「懲りたけど、止めようだなんて思ってないぞ。・・・しかし何でバレてたんだよ? まあ、
バレたもんはしょうがないから、今度から魔風窟に行く時はお前にも言うことにする」
「深追いしすぎたのがいけなかったんだよな、あれは。今度から時間をきっちり決めてや
ろうぜ。―――なにしろ、治療も心配も一手に引き受けてくれるお目付役ができたからな。
これでもう、安心して大手を振って魔風窟に出かけられるってもんだ。な?」
な?と笑って柢王に肩をポンと叩かれたティアは、ふるふる肩を震わせながら、思わず
二人が後ずさるほど厳しい瞳で、キッと二人を睨み付けた。そして
「・・・二人とも無茶ばっかり無茶ばっかり無茶ばっかりして!―――もう知らない!心配
なんか絶対してあげないから―――っ!」
―――と、珍しいまでに桃色に上気した顔色で、叫んだのだった。
・・・しかし実際のところ、無茶をしたという点なら、ティアも同じだろう。
天主塔の執務室の遠見鏡で魔風窟の入り口で彼ら二人が倒れるのを見ていたティアの、
現場に到着するまでが異様に早かったその訳は。
「・・・それが何にも覚えていないんだよ」
何と小鳥に変身して鏡の道を通ったというのだから。 しかも当の本人は無我夢中でや
ったから、どうやったかなど一つも覚えていないため、次は出来ないと言うし、聞いて青
ざめた二人も、二度とそんな危ないことをさせる気はなかった。
・・・・・・・・・・。
「ティアのヤツ、そんなこと言ってたのか・・・」
魔風窟の暗い通路を柢王と歩きながら、アシュレイは呟いた。
ティアと柢王がアシュレイを見舞ってから1か月が経っている。回復期に入れば霊力が
それを後押しするから、傷の治りも早い。 常人よりも強い霊力を持つアシュレイは次の
一週間後には苦い薬を嫌がって王子宮じゅうを走って逃げ回るほど回復していた。
今、柢王の隣を歩くアシュレイの足取りには何の不安もない。
・・・あの一件で、アシュレイと別れた後の柢王とティアが交わした言葉を、アシュレイは
今、柢王から聞いていたのだ。
ティアに魔風窟行きがずっと前からバレていたことを教えられた時は心底驚いた。しか
しそれ以上に安心した。・・・もうこれでティアに嘘や隠し事をしなくていい事が嬉しかっ
た。・・・アシュレイにとっては、その事のほうがずっと心苦しかったからだ。
「自分のため、守りたいもののために、か。そう言えるあいつは十分に強いと思うけどな。」
「・・・うん」
「俺も大体のところは同じ考えだ。 ・・・でも、俺の場合はそれだけじゃないんだよな。
ティアみたいに綺麗じゃない・・・何というか、言葉だけじゃあらわせない・・もっと深くて熱
いどろどろしたモンが原動力になっている気がする。 ・・・お前は?」
「・・・俺?! ・・・・・俺、は―――」
突然聞かれて考え込みかけたアシュレイが、ふいに全身を緊張させて小さな声で言った。
「・・・前。右側奥に、複数の気配がある」
「おーおー。ホント勘がいいよなお前。・・・ま、そんじゃ手っ取り早くやって戻るとするか。
あいつが心労でぶっ倒れるその前に。」
「まったくな。・・・どっちが先に行く?」
すでに彼らは戦闘態勢に入っている。頭の中から余分な事が削り落とされてゆき、体が
熱を孕んでゆく。
「見つけたお前に、復帰戦も兼ねて先攻を譲る。」
「わかった。」
アシュレイが先に立って足を踏み出し、ふとティアのことを考えた。きっとティアには、
この先の光景は見せられない。綺麗で強いあいつには。
「・・・1。」
ここから先は、自分たちの領域だ。 美しいものなど 一つもない 場所。
「2。」
・・・・・綺麗じゃなくていい。
綺麗なものを守るために強くなりたいのだから。
「3。」
血と泥にまみれても、武将になりたいと思っているのだから。
「4。」
きっと自分も、柢王と同じようにどろどろした熱いものが原動力なのだろう。
アシュレイはふっと笑って前を見た。
・・・けれど、それが冷えて固まったら、宝石に成るかもしれないじゃないか?
「5!」
―――そして二人は同時に地を蹴った。
大理石の廊下に出ると、少し先で冥界教主が携帯電話で話しをしている。アシュレイは足音を立てないように注意しながらピカピカしていやに明るいトイレの入り口から様子を伺った。
「でも仕方ないじゃないですか。あなたが約束を破るから。最初からそういうお話だったでしょう。会長である自分に任せておけとおっしゃったから我も信じていたのですが・・・」
社長ではなく、会長と喋っているらしい。あの社長の親父ということか?確か会長をしていたな。それにしても約束って何だ。
「・・・息子さんから話は伺いましたよ。とても熱心に説得されました。ちょっと心が動くくらいには、ね。・・・もちろんあなたの名前は出しませんよ。勘付いていらっしゃるかもしれませんが。・・・脅しではないですよ。息子さんは優秀な方ですから。あなたも自慢していらしたでしょう?」
あいつ・・・。アシュレイはあの青年社長の姿を思い浮かべた。アランの言う通り、彼は何とかドラマを潰さないように一生懸命になってくれていたのだ。
「・・・主演俳優は世界中でリゾートホテルを経営している大企業の御曹司で、息子さんの親友なのでしょう?金銭面はどうにでもなるじゃないですか。ただ、我達の関係が変わるだけです」
主演俳優のことは何度か一緒に仕事をしているのでアシュレイも知っていた。影のある役から爽やかな好青年の役までこなす高い演技力には定評がある。あの社長と友達とは知らなかったが。彼は家を出て自力で現在の地位を築き上げた。実家に頼るなんてきっと嫌がるだろう。それで降板されたら敵わない。しかし我達の関係?一体なんだ。
その後、少し言葉を交わして冥界教主は電話を切った。
「あの方にも困ったものだ。大風呂敷を広げるから自分で自分の首を絞めて。まぁ、こちらとしてはそれが目に見えているから利用させてもらったのだが。金を出さずに済むのであればそれに越したことはないからね」
冥界教主はやれやれと首を振りながら傍で待機していた秘書に携帯電話を渡した。
息を詰めていたせいでアシュレイは手にじっとりと汗をかいていた。
まさか、こいつ会長親父を利用して天界テレビに対して何か企んでいるとか・・・。スポンサー降板はその一歩だったのか?だとすればこれは大変な陰謀を耳にしてしまったことになる。
アシュレイはそっとスタジオへと戻った。
CMの撮影は無事に終り、冥界教主も「放送を楽しみにしている」と言って帰っていった。スタッフ達はゴージャスな気に当てられてヨロヨロしながら会社へと戻ったが、アシュレイは「用事を思い出した」と言って1人で天界テレビへと向かった。
アシュレイは天界テレビの地下スタジオの真ん中で胡坐をかいてじっと壁を睨んでいた。一体どうすればいいのか。これは天界テレビの問題だ。「君はうちの社員じゃない」という冷ややかな声がリフレインした。
「んなこと分かってるってんだ、タコ」
アシュレイの声は蛍光灯が一つ点いただけのぼんやり白い部屋の中に小さく響いて散っていった。その時、入り口が開く音がしたので振り向くと金髪の青年がこちらを見ていた。
「お前・・・」
「やあ、今日はうちで仕事なの?」
天界テレビの青年社長であった。彼はアシュレイの横に来ると遠慮がちに「座っていい?」と尋ねた。断る理由もないのでむっつり頷くと、青年社長は嬉しそうに座った。
「お前こそ何してんだよ」
「私はちょっと息抜き」
少しの沈黙の後、青年社長は口を開いた。
「どうしてアシュレイはこのドラマにそんなに一生懸命になるの?」
「自分の関わってる仕事が潰れかけてるなんて知ったら誰だって嫌だろ」
「でもこの間も言ったけど直前で企画が潰れることはたくさんあるよ。だからって私に意見してきたのは君が初めてだ」
しかも外部の人がね。社長は苦笑した。
「山凍殿は君のことを製作会社に言うって言ったけど止めたよ。現場でスタッフが一生懸命やっている姿は私も知っているつもりなんだ。だからあれは現場の声なんじゃないかなと思ってね」
上の人間が何も言ってこないのは彼が止めてくれたからだったのだ。
アシュレイは自分のくたびれたスニーカーを見た。
「俺だってドラマが潰れようが文句言える立場にないってことくらい分かってる。でも、みんな、いいもの作ろうって必死で頑張ってきた。準備からすごく大変なのに潰れるのは一瞬だ、なんて。そんなの嫌だし、みんなもがっかりする」
社長は膝を抱えて機材や木材がごちゃごちゃ置かれたスタジオ内を見回した。
「自分の顔や名前が世間に出るわけでもないのに作品を良い物にしたいってスタッフは頑張ってくれている。現場って地味な作業ばかりだけど情熱や熱気はすごいよね。だから私は現場が好きなんだ。私は私の仕事の面から作品作りに関わりたいって思ってる。うまくいかないことも多いけどね」
調べてみたらこの社長と自分とは同じ年であった。その若さで大企業を背負っているというのはどんな気持ちなんだろう。大変なんて言葉では片付かないほどの重荷だと思う。きっと今までこんなことは幾つもあって、その度に会社を守るために老獪な相手と戦ってきたのだろう。けれど青い瞳はそんな苛烈さを微塵も感じさせない穏やかさだ。
アシュレイは宝石店での話をした。やはりあのとんでもない陰謀を知らせなければと思ったからだ。
アシュレイが話し終えると、社長はため息をついた。
「なるほどね。あの方がいきなりそんなこと言い出すなんて何かあると思っていたけど。そういうことだったのか。これで分かったよ」
「へ?」
一体どうしたら今の話だけで全てが分かるのだろう。やはり社長ともなると違うのだろうか。
「父がブラック&ヘルの新作のネックレスに感激をして、今度うちのドラマに出したらいいなんて言ったんだよね。まさか勝手に約束しちゃうなんて思わなかった」
「ドラマに?」
「うん。ヒロインが相手役の男性から贈られるとかして。ドラマの影響ってすごいからね。以前韓国ドラマで使われたネックレスがすごく流行っただろ。父もあのドラマにはまっていてね。冥界教主殿にあれ贈っていたし。喜んでくれたとは思えないけど」
「・・・別にその新作をドラマに使うのは構わないと思うぜ」
話の展開が怪しくなってきた感じがしたので、アシュレイはとりあえず自分達のドラマの方へ話を戻してみた。台本にそんな場面はないが、ナセルやプロデューサーにでも話してみればいくらでも解決しそうだ。
社長はうーんと唸った。
「でも、ヒロインって普通の女性でしょ。10億円もするネックレスを身に着ける機会はないと思うんだよね」
「じゅ、10億!?」
「いくら相手の男性が金持ちだとしてもサラリーマンだし。いくら何でも不自然だよね」
確かに相手役をアラブの大富豪という設定にでもしなければ無理な話だ。
「まぁ、冥界教主殿も本気になさっていないと思うけどね。もしそれがドラマで使われればラッキーってくらいで。今回のスポンサーの話は裏ではそれが条件だったんだろうね。ダメだったら約束不履行で降りればいいだけだし。父も何とか実現させようとあの手この手を使ったんだろうけど、誰かが上手く水際でもみ消してくれたんだろうね。だから製作側は誰も知らずに済んだんだ」
うちの社員は優秀だからありがたいよね、と付け足して社長は遠い目をした。
普段のアシュレイだったら「テメェの親父がコケにされてもいいのかぁ!」と首を絞めているところだが、今回はその気になれなかった。俺達はオジンの片思いに振り回されていただけだったのか・・・。
「これなんだけど、見る?」
と、社長が携帯の画像を見せてくれた。何でものぼせ上がった親父が送ってきたらしい。画像にはダイヤモンドを散りばめた、大きなネックレスが映っていた。西洋史の教科書に載っている肖像画の中で貴婦人が身に着けているような感じのものだ。彼女達のドレスになら負けないが、現代の洋服には合わないことくらいはアシュレイにも分かる。
社長は立ち上がるとズボンの尻を払った。
「私も、もう1度冥界教主殿と話してみるよ。父に言っても今ショックで寝込んでいるから無理だし。まぁ寝ていてくれているから下手に動かれる心配はないけど」
「・・・大変だな」
アシュレイは心底から言った。
「これも仕事だから仕方ないよ」
「親父の色恋の始末はお前の仕事じゃないぜ」
「完全なプライベートだったらそうだけどね。でも会社のことなら話は別だよ」
「仕事だから?」
自分だったら割り切れるだろうか。
社長は首を振った。
「現場が好きだから。自分の『好き』はどうしたって守りたいじゃない。君だってそうだろ?」
社長は片目を瞑ってみせると、ドアへ向かった。
「お前、何か策はあるのかよ?」
アシュレイは背中に向かって尋ねた。社長はドアノブを掴んだまま肩越しに振り返った。
「ないよ。これから仕事に戻って考える。でも何かはやらなきゃ。君を見てそう思ったよ」
無謀だ、とアシュレイは思った。けれど、アドバイスもかける言葉も見当たらない。
社長はそれからさ、と付け加えた。
「これからはティアって呼んでよ。同い年なんだから」
「何で知ってんだよ?」
自分だって調べたのだが。
「20階で会った日に山凍殿が調べてくれたよ。要注意人物のことは知っておかなきゃ」
目を丸くしているアシュレイを残してドアは静かに閉まった。
テレビ局を出ると太陽の明るさはネオンに取って代わられていた。色とりどりの光が夜空を遠くに感じさせる。もう夜も遅い時間だ。天界テレビに入った時、日はまだ落ちていなかったから、随分長くスタジオにいたんだなと思った。荷物を置いてあるから製作会社に戻らなければならない。アシュレイは大通りに沿って歩き出した。
頭に浮かぶのはドラマのことやティアのことばかりだ。策はないと言った。でもどうにかすると。そういう考えは自分がすることであってティアのような人間のすることではないと思う。きっといつもの彼ならスマートに解決するのだろう。無策のまま闇雲に走るなんて真似はしないはずだ。でもそうせざるを得ない。つまりはそういう状況なのだ、今は。
「はぁ」
昼間ほどではないが、それでも通りには人の群が行き交っている。人ごみの中でアシュレイは小さくため息をついて、空を見上げた。ネオンでごちゃごちゃ光った夜空を見てもちっとも気持ちは軽くならない。それでもため息をつくと空を見上げたくなるのはなぜだろう。
首を上へ傾けたままふと視線を横へ向けると、大通りを挟んだ向かいにあるファッションビルが目に入った。壁面には外国人女性のモデルが写った巨大な広告が飾られている。夏のバーゲンの広告らしい。アシュレイの横を通った女性達がそれを見ながらバーゲンの話題で盛り上がっていた。そういえば、とアシュレイは思い出した。どこのテレビ局にも番組の大きなポスターやパネルが貼られていて嫌でも目に入る。毎日通っているといつの間にかどのチャンネルで何の番組がやっているかが何となく頭に入っている。
アシュレイの頭の中に一つの光景が浮かんだ。
「そーか・・・。その手があるじゃねーか!」
アシュレイは回れ右をすると人の群れをかき分けて猛ダッシュした。
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