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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.132 (2007/07/15 20:05) title:恋愛ドラマの作り方  −Third step−
Name:実和 (u070095.ppp.dion.ne.jp)

 大理石の廊下に出ると、少し先で冥界教主が携帯電話で話しをしている。アシュレイは足音を立てないように注意しながらピカピカしていやに明るいトイレの入り口から様子を伺った。
「でも仕方ないじゃないですか。あなたが約束を破るから。最初からそういうお話だったでしょう。会長である自分に任せておけとおっしゃったから我も信じていたのですが・・・」
社長ではなく、会長と喋っているらしい。あの社長の親父ということか?確か会長をしていたな。それにしても約束って何だ。
「・・・息子さんから話は伺いましたよ。とても熱心に説得されました。ちょっと心が動くくらいには、ね。・・・もちろんあなたの名前は出しませんよ。勘付いていらっしゃるかもしれませんが。・・・脅しではないですよ。息子さんは優秀な方ですから。あなたも自慢していらしたでしょう?」
あいつ・・・。アシュレイはあの青年社長の姿を思い浮かべた。アランの言う通り、彼は何とかドラマを潰さないように一生懸命になってくれていたのだ。
「・・・主演俳優は世界中でリゾートホテルを経営している大企業の御曹司で、息子さんの親友なのでしょう?金銭面はどうにでもなるじゃないですか。ただ、我達の関係が変わるだけです」
主演俳優のことは何度か一緒に仕事をしているのでアシュレイも知っていた。影のある役から爽やかな好青年の役までこなす高い演技力には定評がある。あの社長と友達とは知らなかったが。彼は家を出て自力で現在の地位を築き上げた。実家に頼るなんてきっと嫌がるだろう。それで降板されたら敵わない。しかし我達の関係?一体なんだ。
 その後、少し言葉を交わして冥界教主は電話を切った。
「あの方にも困ったものだ。大風呂敷を広げるから自分で自分の首を絞めて。まぁ、こちらとしてはそれが目に見えているから利用させてもらったのだが。金を出さずに済むのであればそれに越したことはないからね」
冥界教主はやれやれと首を振りながら傍で待機していた秘書に携帯電話を渡した。
息を詰めていたせいでアシュレイは手にじっとりと汗をかいていた。
まさか、こいつ会長親父を利用して天界テレビに対して何か企んでいるとか・・・。スポンサー降板はその一歩だったのか?だとすればこれは大変な陰謀を耳にしてしまったことになる。
アシュレイはそっとスタジオへと戻った。

 CMの撮影は無事に終り、冥界教主も「放送を楽しみにしている」と言って帰っていった。スタッフ達はゴージャスな気に当てられてヨロヨロしながら会社へと戻ったが、アシュレイは「用事を思い出した」と言って1人で天界テレビへと向かった。
 アシュレイは天界テレビの地下スタジオの真ん中で胡坐をかいてじっと壁を睨んでいた。一体どうすればいいのか。これは天界テレビの問題だ。「君はうちの社員じゃない」という冷ややかな声がリフレインした。
「んなこと分かってるってんだ、タコ」
アシュレイの声は蛍光灯が一つ点いただけのぼんやり白い部屋の中に小さく響いて散っていった。その時、入り口が開く音がしたので振り向くと金髪の青年がこちらを見ていた。
「お前・・・」
「やあ、今日はうちで仕事なの?」
天界テレビの青年社長であった。彼はアシュレイの横に来ると遠慮がちに「座っていい?」と尋ねた。断る理由もないのでむっつり頷くと、青年社長は嬉しそうに座った。
「お前こそ何してんだよ」
「私はちょっと息抜き」
少しの沈黙の後、青年社長は口を開いた。
「どうしてアシュレイはこのドラマにそんなに一生懸命になるの?」
「自分の関わってる仕事が潰れかけてるなんて知ったら誰だって嫌だろ」
「でもこの間も言ったけど直前で企画が潰れることはたくさんあるよ。だからって私に意見してきたのは君が初めてだ」
しかも外部の人がね。社長は苦笑した。
「山凍殿は君のことを製作会社に言うって言ったけど止めたよ。現場でスタッフが一生懸命やっている姿は私も知っているつもりなんだ。だからあれは現場の声なんじゃないかなと思ってね」
上の人間が何も言ってこないのは彼が止めてくれたからだったのだ。
アシュレイは自分のくたびれたスニーカーを見た。
「俺だってドラマが潰れようが文句言える立場にないってことくらい分かってる。でも、みんな、いいもの作ろうって必死で頑張ってきた。準備からすごく大変なのに潰れるのは一瞬だ、なんて。そんなの嫌だし、みんなもがっかりする」
社長は膝を抱えて機材や木材がごちゃごちゃ置かれたスタジオ内を見回した。
「自分の顔や名前が世間に出るわけでもないのに作品を良い物にしたいってスタッフは頑張ってくれている。現場って地味な作業ばかりだけど情熱や熱気はすごいよね。だから私は現場が好きなんだ。私は私の仕事の面から作品作りに関わりたいって思ってる。うまくいかないことも多いけどね」
調べてみたらこの社長と自分とは同じ年であった。その若さで大企業を背負っているというのはどんな気持ちなんだろう。大変なんて言葉では片付かないほどの重荷だと思う。きっと今までこんなことは幾つもあって、その度に会社を守るために老獪な相手と戦ってきたのだろう。けれど青い瞳はそんな苛烈さを微塵も感じさせない穏やかさだ。
 アシュレイは宝石店での話をした。やはりあのとんでもない陰謀を知らせなければと思ったからだ。
アシュレイが話し終えると、社長はため息をついた。
「なるほどね。あの方がいきなりそんなこと言い出すなんて何かあると思っていたけど。そういうことだったのか。これで分かったよ」
「へ?」
一体どうしたら今の話だけで全てが分かるのだろう。やはり社長ともなると違うのだろうか。
「父がブラック&ヘルの新作のネックレスに感激をして、今度うちのドラマに出したらいいなんて言ったんだよね。まさか勝手に約束しちゃうなんて思わなかった」
「ドラマに?」
「うん。ヒロインが相手役の男性から贈られるとかして。ドラマの影響ってすごいからね。以前韓国ドラマで使われたネックレスがすごく流行っただろ。父もあのドラマにはまっていてね。冥界教主殿にあれ贈っていたし。喜んでくれたとは思えないけど」
「・・・別にその新作をドラマに使うのは構わないと思うぜ」
話の展開が怪しくなってきた感じがしたので、アシュレイはとりあえず自分達のドラマの方へ話を戻してみた。台本にそんな場面はないが、ナセルやプロデューサーにでも話してみればいくらでも解決しそうだ。
社長はうーんと唸った。
「でも、ヒロインって普通の女性でしょ。10億円もするネックレスを身に着ける機会はないと思うんだよね」
「じゅ、10億!?」
「いくら相手の男性が金持ちだとしてもサラリーマンだし。いくら何でも不自然だよね」
確かに相手役をアラブの大富豪という設定にでもしなければ無理な話だ。
「まぁ、冥界教主殿も本気になさっていないと思うけどね。もしそれがドラマで使われればラッキーってくらいで。今回のスポンサーの話は裏ではそれが条件だったんだろうね。ダメだったら約束不履行で降りればいいだけだし。父も何とか実現させようとあの手この手を使ったんだろうけど、誰かが上手く水際でもみ消してくれたんだろうね。だから製作側は誰も知らずに済んだんだ」
うちの社員は優秀だからありがたいよね、と付け足して社長は遠い目をした。
普段のアシュレイだったら「テメェの親父がコケにされてもいいのかぁ!」と首を絞めているところだが、今回はその気になれなかった。俺達はオジンの片思いに振り回されていただけだったのか・・・。
「これなんだけど、見る?」
と、社長が携帯の画像を見せてくれた。何でものぼせ上がった親父が送ってきたらしい。画像にはダイヤモンドを散りばめた、大きなネックレスが映っていた。西洋史の教科書に載っている肖像画の中で貴婦人が身に着けているような感じのものだ。彼女達のドレスになら負けないが、現代の洋服には合わないことくらいはアシュレイにも分かる。
社長は立ち上がるとズボンの尻を払った。
「私も、もう1度冥界教主殿と話してみるよ。父に言っても今ショックで寝込んでいるから無理だし。まぁ寝ていてくれているから下手に動かれる心配はないけど」
「・・・大変だな」
アシュレイは心底から言った。
「これも仕事だから仕方ないよ」
「親父の色恋の始末はお前の仕事じゃないぜ」
「完全なプライベートだったらそうだけどね。でも会社のことなら話は別だよ」
「仕事だから?」
自分だったら割り切れるだろうか。
社長は首を振った。
「現場が好きだから。自分の『好き』はどうしたって守りたいじゃない。君だってそうだろ?」
社長は片目を瞑ってみせると、ドアへ向かった。
「お前、何か策はあるのかよ?」
アシュレイは背中に向かって尋ねた。社長はドアノブを掴んだまま肩越しに振り返った。
「ないよ。これから仕事に戻って考える。でも何かはやらなきゃ。君を見てそう思ったよ」
無謀だ、とアシュレイは思った。けれど、アドバイスもかける言葉も見当たらない。
社長はそれからさ、と付け加えた。
「これからはティアって呼んでよ。同い年なんだから」
「何で知ってんだよ?」
自分だって調べたのだが。
「20階で会った日に山凍殿が調べてくれたよ。要注意人物のことは知っておかなきゃ」
目を丸くしているアシュレイを残してドアは静かに閉まった。

 テレビ局を出ると太陽の明るさはネオンに取って代わられていた。色とりどりの光が夜空を遠くに感じさせる。もう夜も遅い時間だ。天界テレビに入った時、日はまだ落ちていなかったから、随分長くスタジオにいたんだなと思った。荷物を置いてあるから製作会社に戻らなければならない。アシュレイは大通りに沿って歩き出した。
 頭に浮かぶのはドラマのことやティアのことばかりだ。策はないと言った。でもどうにかすると。そういう考えは自分がすることであってティアのような人間のすることではないと思う。きっといつもの彼ならスマートに解決するのだろう。無策のまま闇雲に走るなんて真似はしないはずだ。でもそうせざるを得ない。つまりはそういう状況なのだ、今は。
「はぁ」
昼間ほどではないが、それでも通りには人の群が行き交っている。人ごみの中でアシュレイは小さくため息をついて、空を見上げた。ネオンでごちゃごちゃ光った夜空を見てもちっとも気持ちは軽くならない。それでもため息をつくと空を見上げたくなるのはなぜだろう。
 首を上へ傾けたままふと視線を横へ向けると、大通りを挟んだ向かいにあるファッションビルが目に入った。壁面には外国人女性のモデルが写った巨大な広告が飾られている。夏のバーゲンの広告らしい。アシュレイの横を通った女性達がそれを見ながらバーゲンの話題で盛り上がっていた。そういえば、とアシュレイは思い出した。どこのテレビ局にも番組の大きなポスターやパネルが貼られていて嫌でも目に入る。毎日通っているといつの間にかどのチャンネルで何の番組がやっているかが何となく頭に入っている。
アシュレイの頭の中に一つの光景が浮かんだ。
「そーか・・・。その手があるじゃねーか!」
アシュレイは回れ右をすると人の群れをかき分けて猛ダッシュした。


No.131 (2007/07/13 23:03) title:天真慈義(中)
Name:花稀藍生 (p1045-dng32awa.osaka.ocn.ne.jp)


 魔風窟で魔族に追いつかれ、背後で振りかぶられた魔族の両腕と握られたその剣を見た
時、柢王は走りながら最初の一撃を剣で受け止めた。
 しかしその初撃を右手の剣で受け止めた数秒の時間差で、その魔族のもう片方の腕から
くり出される、別方向からの攻撃を受けた。 
 ・・・闘いというものは、相手の弱点や死角を突いて攻撃するのが常道である。
 その魔族が剣を振り下ろしたその先は、アシュレイを抱えているために動きのない、隙
だらけの左側だった。
 そして柢王は、腕に抱えているアシュレイに剣先が振り下ろされるのを目にした瞬間、
一瞬の躊躇もなく身を翻してアシュレイを体の前面に抱えなおすと、避けることすらせず
にその背でかばったのだ。
 ・・・降ろせと。捨ててゆけと言ったのに・・・・・
「だめだ。・・・だめだ。背中に傷なんて。 ―――俺の、俺のせいなのに・・・!」

 ―――全部、伝わってきた。
 柢王が自分を体全体で庇ったから。自分の体に押しつけて、攻撃の一切が当たらないよ
うに庇ったから。
 一つの攻撃も当たらないように柢王が全身で庇ったから。押しつけられていた体から、
全部、伝わってきた。
 刃が背を切り裂いてゆくその振動も、
 柢王が息を詰めたのも、
 全身の筋肉が一瞬収縮するのも。
 一瞬血が冷えてから逆流するその感覚も。
 血のにおいと金属音。声をかみ殺す その―――
「・・・・・〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
 一瞬に満たない永い時間に 押し寄せ、駆け抜けていった その感覚に、アシュレイは
叫んでいた。
 メチャクチャに叫んで―――叫ぶことしかできなくて。目の前が暗くなって それすら
出来なくなって。
 ・・・後は 柢王の鼓動の音と息づかいだけを聞いていた。 それが消えないようにと 
ただ祈りつづけていた―――。

(何も出来なかった)
 柢王の背中の傷―――。
 ちがうのに。自分のせいなのに―――!
「頼む ティア! 俺の傷なんかどうでもいいから、柢王の背中の傷を跡形もなく消し去
ってやってくれ 頼む!」
 傷の痛みも忘れてアシュレイは上半身を起こすと、驚いて押しとどめようとするティア
の顔をまっすぐに見て叫んでいた。
「アシュレイ!それはだめ!君が危な・・・・―――」
 ティアは言葉を失った。
 アシュレイは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。 掴んだままのティアの手にも涙が
ぽたぽた落ちた。
「ティア・・ティア・・・・・おねがいだ・・・」
 泣きながら、アシュレイは、声を振り絞って懇願した。
  
   
 踏みしめる下草の匂いが変わった。魔風窟の周囲に生えている植物とは違う穏やかな緑
の匂い。ここまで来れば、まず襲われる心配はない。
 わずかに体の力を抜いた柢王は、隣を歩く彼に先ほどから何度も繰り返し言っている
言葉を向けた。
「おい。アシュレイ、肩に掴まれよ」
「・・・いい、おまえティアを背負ってて何言ってんだよ」
 首を振るアシュレイの隣で歩く柢王は、上半身裸のその背中に力を使い果たして倒れる
ように眠り込んでしまったティアを背負っていた。
「背負えるくらい完治してるってことだよ。お前こそ傷を塞いだだけなんだろ。いいから
肩に掴まれ」
 今度断るようなら無理矢理にでも担ぎ上げてやろうと思っていたが、素直に肩に掴まっ
てきた。
 指が白く震えていた。呼吸も浅い。柢王がことさらゆっくり歩いていなければすぐに後
れを取るほど足の運びも遅くなっている。
「・・・・・何でだ?」
 これも、何度か繰り返している言葉だ。
 どうして、浅い背中の傷を跡形もなく治療させたのか。
「・・・・・」
 また、沈黙が返ってきた。 口を開くのすら疲れるのかもしれないが、どうしてこうも
頑なに答えることを拒むのか。
 ―――ふいに 前方に 人の気配がした。 二人は足を止めた。
「・・南の・・気配だ。・・・俺が先に行く」
 うかがうように気配を探っていたアシュレイが、柢王の肩を離して前に進み出た。
「いや、ティアを見られるとまずい。言い訳できない。 ・・・ここで分かれよう。俺はティ
アを送っていく」
 夜目にも青い顔色の、しかし目だけは奇妙に力強い光を放つアシュレイが柢王達を振り
返ってその目で見た。そしてひとつ頷くと彼らに背を向けて歩き出した。 背筋を伸ばし
て、顔を上げ、いつも通りの歩調で。・・・まるで傷など負っていないかのように。
 柢王は気配を消してそっと木下闇に隠れた。
 ほどなくしてちかりと光るランタンや松明を持った一団が現れ、アシュレイを取り囲ん
で口々に安堵の言葉を述べた。彼の姉の声もする。どうやら帰りの遅いアシュレイを捜し
ていた南領の捜索隊の一行だったらしい。
 用意された輿にアシュレイが姉と乗り込んで去ってゆくのを見届けてから、柢王は木下
闇を抜け出して歩き出しながら、背負ったティアを揺すり上げて言った。
「・・・おい、ティア。起きてんだろ? も少し歩いたトコの木のウロに着替えを隠してる。
着替えたらそのまま送ってくから、お前は天主塔をこっそりと抜け出して、東に遊びに来
ていたことにしとけ」
「・・・うん。 ・・・それにしても、着替えを用意しているの?用意周到だね」
「今日みたいに服を台無しにすることが多いからな。 他にもいろいろ置いている。薬品
一式とか、あと聖水もな。」
 きちんとした返事をティアは返してきたが、体の力は抜けたままだ。
 ・・・無理もない。傷を跡形もなく癒すという行為がどれほど霊力を消耗させるのか、
そしてそれがどれほどこの小さい体に負担を強いたのかを想像し、柢王はぎりっと奥歯を
噛みしめた。
「・・・まったく、どいつもこいつも無茶しやがって。おいティア、俺の目が覚めたのと、
お前がぶっ倒れるのとはほとんど同時だった。 だから、何でこうなったのか、何で俺の
傷が跡形もないのかがさっぱり判らない。 アシュレイのヤツは聞いても頑として答えや
しないし。――― 一体何があった?」
「・・・それが、私にも解らないんだ。君の傷を見た瞬間、暴れ出して、傷の治療をさせてく
れなくなったんだ。自分の傷は治療しなくていいから、君の傷を治して・・って。ただそれ
だけを繰り返して」
「ばか。口八丁手八丁で丸め込むことができなかったのかよ? どー考えてもあいつの方
が重傷だろうが。それが解らないお前じゃないのに――――なんでだよ?」
「・・・わからない。・・・・・でも、アシュレイが 泣いていたから・・・。泣きながら、君の傷を
治してって言ったから・・・・・」
 ひどい傷の痛みにも耐えて泣かなかったアシュレイが、泣いていた。
「・・・・・だから、私は、・・・怖くなって・・・・・」
 怖かったのだ。 柢王の背中の傷を見るたびに、己を責め続けるアシュレイを。・・・己を
責めて責めて、彼がひたすらに傷つき続けていくのを見ることが・・・怖かったのだ。
「・・・・・ごめんね」
 これは、自分のわがまま。あの時、どちらの傷の治療を優先させなければいけないかと
言うことなど、頭では解りきっていたのに。
 ・・・でも、どんなに間違っていると解っていても、アシュレイの願いを叶えてあげたかっ
たのだ―――。
 柢王が小さく息を吐き出した。
「・・・・・お前が謝ることじゃない。 傷を治してくれて、ありがとうな」
 先にそれを言わなきゃいけなかったのにな、と柢王はティアを揺すり上げて背負いなお
しながら言った。
「どういたしまして。 ・・・とはいえ、治した怪我人に背負って貰っちゃってたら世話ない
のだけどね」
 ようやく力が戻ってきた腕で柢王の肩に掴まりながら、ティアが笑う。
「そういえばティア、お前何であんな時間帯に魔風窟の入り口なんかにいたんだよ?」
 ふと思い出したように、柢王がティアに問いかける。
「最初から居たわけじゃないよ。 ・・・執務室の遠見鏡で、ずっと君たちが出てくるまで
魔風窟の入り口を見てたんだよ。 でも、今日ほどびっくりしたことはなかったよ。二人
とも倒れて動かなくなるから・・・。だから夢中で飛び出して来ちゃったんだ―――。」
 柢王の肩が跳ね上がり、足が一瞬止まりかけた。
「・・・言った覚えないぞ? 何で知っているんだ?今日、魔風窟に行くって。 まさかアシ
ュレイが言ったのか?」
「アシュレイは言わないよ。・・・だって、二人とも私を心配させないために、言わないんで
しょ?二人の秘密なんでしょ? 」
 柢王はティアの方を振り向こうとしたが、肩口にティアの顔が載っているので、振り向
けない。だから彼がどんな表情をしているのか柢王には解らなかった。
「・・・さっき、「今日ほど」って言ったよな? じゃあ、もしかして、10日前に行ったこ
ととかも知っているのか?」
「ああ、あの時はアシュレイと怒鳴り合いながら出てきてたね。 ・・・その前の時は、アシ
ュレイは腕に、君は手の甲に傷を負ってた。その前は・・・・」
 柢王は足を止めた。
「・・・・何てこった。ずっと知ってたのかよ」
 知っていて、知らないふりをし続けていたのか。ずっと―――。
 背中のティアが、ため息をつくように笑った。
「知ってたよ、ずっと。―――言わなくたって、秘密にしてたって、私には解るんだよ? 
だって私も、アシュレイと君のことを、いつもいつも心配しているから」
 ・・・自分たちが魔風窟に入っている間、彼はどんな思いで遠見鏡を見ていたのだろう。
 怪我を負って出て来ても、次の日には何事もなかったように怪我を隠して笑い合う幼な
じみ達に、どんな気持ちで笑い返していたのだろうか―――。
「―――」
 柢王は無言で、再び歩き出した
「・・・ずっと聞きたかった。こんな怪我をしたり、危ない目にあったりするのに、どうして
柢王は魔風窟に通うの?」
「・・・・・」
「強くなりたいから?」
「・・・・・・」
 返事をしない柢王の横顔を、ティアはしばらく見つめた。
 そして、ぽつりと言った。
「・・・私は、もっともっと強くなりたい。 ・・・ちゃんと、守りたい人を守れるように。
―――そして、何よりも自分のために。 ・・・だって、強くなかったら、自分の心すらも
守れないのなら、きっと、その自分の弱さで、守りたいと思う人たちすらも、傷つけてし
まうもの・・・・」 
 今のままでは、守られているだけでは、駄目なのだ。
 彼らのようにがむしゃらに、情熱を持って力を求めないと、・・・・きっと誰も守ることが
出来ない・・・・・。
「・・・・・俺もだ」
 しばらくしてから、柢王がぽつりと言葉を返した。その声は怒っているような、泣いて
いるような、かすれた声だった。

 南領の城に帰り着いたアシュレイは、父王に叱責されている時に傷口が開き、そのまま
出血多量で倒れるまで、傷を負ったということを隠し通した。
 ・・・・・それは後に 彼の武勇を語る時の 有名なエピソードの一つとなった。


No.130 (2007/07/11 23:05) title:天真慈義(前)
Name:花稀藍生 (p1004-dng29awa.osaka.ocn.ne.jp)


 ・・・あの魔族が欲深いヤツでなければ、多分今ここに自分はいなかっただろう。

「・・・おい、アシュレイ大丈夫か?」
 地面に横たえたアシュレイの頬を柢王は軽く叩いて呼びかける。それにアシュレイは
うめくようにして応えたが、目を開けようとはしない。腹部の傷を押さえる手のひらの下
からは血が流れ続けていた。
(・・・まずいな)
 早く処置をしなければ本当に危ない。
 しかし、聖水を置いている場所まで歩いて10分くらいかかる。
(・・・止血が先か)
 剣の柄をきつく掴んだままの形で固まってしまっている右手の指を一本ずつ引きはが
しながら、たった今出てきたばかりの黒々と口を開ける魔風窟を柢王は振り返った。

 ・・・いつもと同じように示し合わせて、文殊塾の帰りにアシュレイと魔風窟に魔族狩りに
連れ立った。 そこでおそろしく強い魔族と遭遇してしまったのだった。

 ―――まるで暴風だった。
 天界人とは全く違う 流儀や型に沿った動きなど一つもない。 そこにあったのはただ
狂気のような力のみ。
 狭い魔風窟を縦横無尽に跳ね回り、関節が多いため―――数えただけでも片腕に6関節
はあった―――鞭のように撓(しな)ううえに途中で軌道を変えさえするその棒きれのよ
うに細くて長い両腕が振るわれるたびに、あらゆる方向からうなりを生じて繰り出されて
くるおびただしい剣閃―――・・・それに自分たちは圧倒され―――そして敗退した。 
「―――」
 真っ正面から攻撃したアシュレイは腹を刺された。それを見た柢王は、アシュレイを抱
え上げると魔風窟の出口へ向かって走ったのだった。 その途中で背を切られた。
「・・・・・・あ−あ」
 背中に回した左手にべっとりと付いた血に柢王は舌打ちした。背中全体が熱いが、出血
は止まりかけている。骨を切られたわけでもなさそうだ。
 最後の指を引きはがして、掴んでいた剣が地面に落ちた。それを左手で拾い上げて鞘に
戻そうとして、鞘を剣帯ごと無くしていたことを柢王は思い出す。
 ・・・生きて魔風窟を出てこられたのは、ひとえに背中を切られると同時に断ち切られた
剣帯に差し込んでいた、宝玉つきの鞘のおかげだろう。 それが剣帯から外れて足場の悪
い魔風窟の通路脇の岩場に転がり落ちていかなければ、あっという間に追いつかれて殺さ
れていた。
 ―――運が良かったのだ。
 上衣を破ってアシュレイに簡単な止血を施し、余った布で手早く即席の剣帯を作って剣
を差し込んだ柢王がアシュレイを抱え上げて歩きだそうとした瞬間、視界が揺れた。思わ
ず膝をつく。膝をついた瞬間体の力が抜けた。残る力をふりしぼってアシュレイの体を投
げ出さないように地面に横たえるのがやっとだった。
 体を支えることが出来ず、柢王はアシュレイの隣に倒れ込んだ。
「・・・まず・・い」
 背中の血は止まりかけていたが、走っているうちに流した量が多かったらしい。
 こんな所で倒れたら、ますます危険だ。さっきの魔族も、もしかしたら追ってきている
かもしれない。
 何とか立ち上がろうとするのだが、足も腕も思うように動かず地面をひっかくように動
くばかりだ。
 おまけにただでさえ暗い視界が、ぼやけて遠のこうとしている。
(動け・・!)
 地を掻くばかりの手足を叱咤する柢王の、遠のいてゆく感覚の片隅で 夜だというのに
小鳥の声が聞こえたような気がした。
 
 
 ・・・人の声が聞こえたような気がして、柢王は目を覚ました。頬に草の感触がある。
 だからここはまだ魔風窟から出たところであるということがわかった。 
 少なくとも近くに妖気は感じられない。あたりの暗さで、気を失ってからそれほど時間
が経っていないらしきことに柢王は安堵し、そしてふと気づいた。
 背中が奇妙に暖かかった。それにいい香りがする・・・。
「・・・・・?」
 背中にまわしかけた手に、何かが触れた。
「触らないで。まだ完全に傷が塞がったわけじゃないんだから」
 柢王の手をゆっくりと押し戻しながら、声が頭上から降ってきた。
 柢王は目を見開いた。
 それは、聞き馴染んだ幼なじみの声だった。
 ―――しかし、どう考えても、こんな所に居るはずのない、いや、決して居てはいけな
いほうの。
「・・・ティア?!」
 首だけ振り向けて頭上を見れば、夜目にも見間違えようのない、月のように輝いて見え
る金髪の幼なじみの貌がそこにあった。
「この バ・・!」
 馬鹿野郎!こんなトコで何をしている!天主塔に帰れ!、と続けようとした柢王が背中
の痛みに顔を引きつらせた。
「動かないで!まだ傷口がふさがってないんだから!・・・片手ずつ同時進行っていうのが、
こんなに大変だとは思わなかったよ・・・! 」
 仰向けに寝かされたアシュレイと、うつぶせに寝かされた柢王の間にティアが座って
それぞれの傷に両手を伸ばしていた。彼の小さな両手から金色の光があふれて彼らの傷に
そそがれている。
 柢王とアシュレイは同時進行で ティアに手光で傷を癒されているのだった。
 ティアの顔はいつになく険しく、汗が頬をつたって顎の先から滴っている。
「・・・ティア。俺の傷はもういいから、アシュレイの傷を優先してやってくれ。 かなり深
く腹をえぐられているはずだ。」
 柢王は腕を伸ばしてティアの腕をとんとんと叩いてからそっと押しやった。
「でも、柢王・・・」
「 俺のは、走っているところをやられてるからたいしたことはない。血が止まったんな
らもう大丈夫だ。・・・ちょっと休めば、回復する から・・・」
 躊躇するティアに柢王は何でもないことのように笑いながら言った。しかし言い終える
なり、柢王はそのまま また気を失うように眠ってしまった。
「・・・・・」
 寝入ってしまった柢王の顔を見、それからティアはアシュレイの顔を覗き込んだ。青ざ
めた顔色のまま、浅い細い呼吸を繰り返している。柢王の言うとおり、アシュレイの傷は
深い。そして彼の意識はまだ一度も戻っていないのだ。
 ティアは唇を噛んだ。
「・・・ごめん。 ごめんね 柢王」
 柢王の背に走る赤い傷痕をしばらく見つめ、それを焼き付けるかのように一瞬ぎゅっと
瞳を閉じると、ティアは柢王に背を向けてアシュレイに向き直り、アシュレイの傷口に
両手をかざしたのだった。

 ・・・・・いい香りがする―――。
 どうしてこんなに暖かいんだろう。
 さっきまで寒くて痛くて血のにおいがしてて―――
(血のにおい)
(痛くて)
 ずっと叫んでたような気がする。
(ちがう)
 痛いのは刺されたところじゃない。
 痛いから叫んでいたんじゃない。
(どうして―――)
「アシュレイ・・・?」
 やさしい、温かい声。 甘い香り・・・
「アシュレイ?」
 ぼんやりと目を開けると、ティアが自分を覗き込んでいた。
(・・・・・ここは文殊塾なのかな・・・)
 授業に飽きたりするとよく木陰で眠った。途中で目が覚めると隣でティアが笑っていて。
 その温かさと甘い香りに何だかとても安心して・・・。
 それでよく柢王に『おまえら寝てばっかだな』と笑われたものだ。
( ・・・柢王 ・・・文殊塾・・・・ )
 今日、文殊塾の帰りに、柢王と・・・・・ ――――!
「―――柢王!」
 叫んだ途端に腹部に走ったその痛みで、アシュレイは はっきりと目覚めた。
 空が暗い。草の匂いの混じる外の風。
 血のにおいと、腹部の痛み――――
(・・・やっぱり、夢じゃ、なかったんだ―――!)
「アシュレイ!」
 呼び続けてようやく目を覚ましたアシュレイが、突然起きあがりかけるのを慌ててティ
アは上から押さえつけた。
「・・・柢王は!?」
 傷の痛みをこらえながら噛みつくように尋ねるアシュレイには、何故ここにティアが居
るのかを疑問に思う余裕などなかった。
「・・・柢王なら大丈夫、血は止めたから。今は隣で眠っているから起こさないであげて」
 見えやすいようにティアがそっと体をずらす。アシュレイは首だけを回して隣に眠る柢
王を見た。うつぶせに横たわる幼なじみは、顔を反対側に向けているために顔色も表情も
わからない。
 しかしその分 背中はよく見えた。
「・・・・・・っ!」
 アシュレイは目を見開いて柢王の背中を見た。
 ―――右肩から左の脇腹に向かって斜めに走る 赤い傷痕を。
「・・・だめだ! ティア!」
 傷口にかざすティアの手をいきなりつかみ取って、アシュレイは首を振った。
 突然の彼の行動にティアは驚いて一瞬気がそれた。手のひらからあふれる癒しの光が
アシュレイとティアの手の間で消えた。
「アシュレイ?! 動いちゃ駄目! 何で、いきなりどうし・・・」
 何とか手を振りほどいて再度傷に手光をあてようとするティアの手を、またアシュレイ
が掴んで傷口から遠ざけようとする。
「アシュレイ!」
「俺は要らない!俺の傷なんかどうでもいいから、柢王の傷を治してやってくれ!」
 叫んだ拍子に傷に走った激痛にアシュレイは息を詰めた。しかしティアの手を遠ざける
ことは止めようとはしなかった。
「・・・アシュレイ」
 彼の呼吸が落ち着くのを待ってから、ティアはアシュレイに顔を寄せてそっと語りかけ
た。
「・・アシュレイ、聞いて。君の傷はとても深い。早く傷を塞いでしまわないと大変なこと
になる。お願いだから手を離して。―――それにこれは柢王の願いでもあるんだよ。
柢王は大丈夫。出血は止めたし、傷も君ほど深くないから、すぐ治るよ。」
「―――嘘だ!」
 弾かれたように アシュレイは叫んだ。
 ・・・降ろせと。捨ててゆけと言ったのに。
「―――だめだ!だめだだめだ! 背中に傷なんて!」
 あの時。刺されて動けない自分と魔族の間に走り込んで来るなり 自分を抱え上げた
その左腕は、 焼けた石のように固くて熱かった。
 ・・・降ろせと。捨ててゆけと言ったのに。
 自分を抱えてさえいなければ、柢王は傷つくこともなかったのに―――。


No.129 (2007/07/08 16:39) title:恋愛ドラマの作り方  −Second step−
Name:実和 (u070138.ppp.dion.ne.jp)

 アシュレイは20階まで一気に階段を駆け上がった。無性に走りたかったからである。と、急に視界が開けて思わず目を細めた。廊下は大きな窓がずっと続いていて、展望台のような設計になっている。目前にはにょきにょきとビル群が建っていて、それらの合間を縫うように遠くに水平線の薄青い線が見える。あぁ、今日はよく晴れているんだなと思った。ずっとスタジオに籠もっていたから全然気づかなかった。20階はおしゃれなカフェのような社員食堂があるが、落ち着かないから滅多に利用しない。もっぱらスタジオでコンビニ弁当だ。でも、この景色は好きだ。空を飛んでいるような気分になる。いくら好きでもモグラのような生活に息が詰まってくることもある。そんな時はここまで一気に駆け上るのだ。今日はそんな気分だった。
 スポンサーとなると自分にはどうしようもできない。自分は外部の人間なのだ。いくらいい物を作り上げてもどうしようもないことがあるのだ。そう頭では理解しつつ腹が立つ。
「クソッ」
アシュレイはこんな天気に不似合いな気分を少しでも吐き出すように呟いた。昼前なので廊下には人気がない。窓に向けて置いてあるソファにゴロリと横になった。人が通っても隣の観葉植物が目隠しになってくれるだろう。目を閉じると瞼を通して日の光が透けて見える。うとうとしていると突然腹の上に何かがボスンと落ちてきた。
「ぐえっ!」「わっ!」「社、社長!!」
様々な悲鳴が交差し、(ちなみに最初のはアシュレイである)アシュレイが飛び起きた。
「な、何だ〜?」
腹をさすりながらソファの下を見ると、尻餅をついていた青年が淡い金色の頭をさすりながら立ち上がった。
「ごめんなさい、気が付かなくて。あ・・・」
アシュレイも彼の姿が記憶の隅に引っかかった。確か。
「社長、お怪我はありませんか?」
「うん。私は平気だよ、山凍殿」
慌てて近寄ってきた男を見上げた青年の顔を見てアシュレイは「あっ」と声を上げた。
「お前、昨日木にひっかかってた奴!」
「そういう覚え方はやめてよ」
昨晩出会った現場志望の(とアシュレイが勝手に思っている)青年は苦笑した。
「何してんだよ。仕事中じゃねーのか?」
「仕事の途中だよ。ちょっと座ろうと思ったら気が付かなくて君の上に座ってしまった。本当にごめんね」
気が付かなくてって。
「仕事のことでも考えていたのかー?それだったら俺だって・・・」
て、こいつの仕事って。
アシュレイはようやく青年の傍で苦い表情をしている大男の存在に気が付いた。
そういえばこいつはさっき何と言った?
アシュレイがさっきの騒動の記憶をプレイバックさせる前に大男が口を開いた。
「お知り合いですか?社長」
しゃ・・・
「社長〜〜〜〜!?」
アシュレイはルビーの瞳をりんごくらいに見開き、口をぱくぱく動かした。空気しか出てこない。それを見て青年は困ったように微笑んだ。
「そういえば昨夜は言っていなかったね」
アシュレイの顔が噴火寸前に真っ赤になった。
社長だったとは。そういえばここの局のパンフレットに写真が載っていたような。同僚の女の子達がキャーキャー言っていたような。
「彼は製作会社から来てくれている美術さんだよ。アシュレイだったよね、こちらは秘書の山凍殿」
秘書というより香港映画のアクションスターが似合いそうな男はむっつりとアシュレイを見ただけだった。
「社長、お客様がお待ちになっております」
「あぁ、そうだね。それじゃあ、アシュレイ。仕事頑張って」
「あ、は、はい・・・」
笑顔で軽く手を振って青年社長は秘書を伴いアシュレイの前を通り過ぎた。上等なスーツに包まれた細い背中を見送っていると、アシュレイは自分を20階まで走らせた原因を思い出した。アシュレイは理性よりも感情の方が光速のごとく速い。
「おいっ!ちょっと待てっ」
丁度廊下の角を曲がろうとしていた背中が止まる。アシュレイは青年社長から10歩ほど離れたところまで走り寄り、ビシっと指を突きつける。
「頑張って、じゃねーよ!お前、昨日俺が担当しているドラマを知ったよな。ドラマが中止になりそうなこと知っていて何で黙ってたんだよ!」
確かに昨夜、アシュレイは彼に自分が担当しているドラマを教えていた。
動きかけた秘書を目顔で止め、青年社長は冷えた眼差しでアシュレイを見た。
「関係者というだけでそんな大事なこと喋れるわけがないだろう。それに君はうちの社員じゃない」
「でもっ、でも、クランクインまでもう時間がないのに、こんな時に中止なんて!」
「君の心配はありがたいけどね、直前で企画が白紙になるなんてことはこの世界じゃよくあることじゃないか。君だって知っているだろう」
アシュレイはぐっと詰まった。彼の言う通りだ。資金繰りとかあらゆることが原因で消えた企画なんてたくさんある。衣装合わせの段階で中止になってしまった話しもある。今のところアシュレイにそんな経験はない。全部聞いた話だ。しかしそんな経験、まっぴらごめんだ。
「もちろん私も人事とは思っていないよ。このドラマはうちの目玉だからね」
秘書は促すように社長の背に手を添えた。
「君の作品への情熱は理解しているよ」
呟くように言うと青年社長はそのまま歩き去って行った。
アシュレイは拳を震わせてその背中を見送るしかなかった。

 ドラマはとりあえず待機となってしまったので予定がぽっかり空いてしまった。いつまでこのぽっかりが続くか分からないということが余計にアシュレイを苛立たせる。殺気のオーラを揺らめかせながらエントランスまでぶらりと出た。エントランスには出入りする社員や見学者の一団などが行き来している。その中に何組かスーツを着た3、4人ほどの男性が、ここの社員らしき人間と話ながら歩いている。どうやら他社の人間が仕事で来ているようだ。アシュレイはふと思いついた。スポンサーのことなら営業が窓口になっている。そこの人間なら今回のことを何か知っているじゃないだろうか。アシュレイは携帯を取り出し、アランに電話をかけた。

 丁度、昼時だったのでアランは社員食堂に誘ったが、あそこのキラキラした(洗練された)雰囲気が苦手だと断ると、アランは近くの公園まで出てきてくれた。文句も言わずアシュレイの我侭にニコニコと付き合ってくれる奇特な青年である。
というわけで、アシュレイはアランと2人でベンチに座って、アランが食堂でテイクアウトしてきてくれたサンドウィッチを頬張っている。あそこの雰囲気は苦手だが、味はいいよなと思った。
 そして例の一件について尋ねてみた。
「もう大変なんですよ。仲介の広告代理店も事情をよく分かっていないみたいだし」
「本当にあのドラマ、中止になるのか!?」
「それは絶対避けたいところです。あのドラマは目玉ですからね。だから今、社長も頑張ってくれています。午前中もブラック&ヘルの取締役と会っていたらしいですし」
さっき会ったときは丁度それに向かうところだったのか。でも本当にドラマ中止を阻止する気があるのだろうか。アシュレイは冷ややかな眼差しを思い出した。
「噂によればあちらの取締役とうちの会長とでいざこざがあって、それが原因らしいです。本当のことは分かりません。でも、何であれドラマが中止なんてことになったら・・・。考えただけで頭が痛いですよ」
アランがコーヒーに視線を落としてため息をついた。
さっきまで威勢が良かったアシュレイも、何となく一緒に落ち込んでしまった。
「こういうことになったら俺達がいくら良い物作ったって、何の役にも立たねぇよな。所詮、そっちからのゴーサインが出なかったら俺達の出番はないわけだし」
アランは慌てて首を振った。
「そんなこと・・・。毎回、アシュレイさん達が良い物を作ってくれるから視聴率が取れるんです。そうでなくちゃスポンサーもついてくれません。おかげで俺達だって仕事がやりやすくなっているんです」
「そうかな・・・」
「そうですよ。視聴率が取れるってことはそれだけ大勢の人達にとって魅力がある番組だからです。大勢の人達が見ているのを知っているからスポンサーだって契約してくれるんです。今回だって何か行き違いがあったんでしょうけど、先方だって今までの実績を考慮してくれると思いますよ。それができるのはアシュレイさん達のおかげなんです」
一生懸命言ってくれるアランの言葉が嬉しかったが、どう表していいか分からなくてアシュレイは残りのサンドウィッチを一口で食べ、コーヒーを一気飲みした。アランはそんな様子を微笑みながら見つめていた。

 数日後、アシュレイは宝石店のCM撮影に参加していた。ブラック&ヘルのグループ会社であることを聞いて無理やり付いてきたのだ。敵情視察もしたいが、何よりも仕事に集中してささくれた気持ちを落ち着かせたかった。あの青年社長に噛み付いたことを上から何か言われるかと思っていたが、何も言われないので拍子抜けと同時にホッとした。
 ドラマのことは移動の車中でも話題になった。アシュレイもそのことを尋ねられたが、「まだ決まったわけじゃねーよ」と返すしかなかった。実際ちっとも分かっていないのだ。
 撮影が行われるのは宝石店の中だった。大通りに面した、ヨーロッパで見かける古い石造りの建物を模した馬鹿でかい店舗で、撮影場所として用意された部屋は30畳ほどの総大理石の白く輝く部屋だった。大理石に見える壁紙ではない、本物だ。機材を床に下ろすだけでも緊張する。
おまけにCM用に用意された宝石はシンプルだが値段の見当もつかないような高価なものばかりだ。
「本日はよろしくお願いいたします」
と笑顔で挨拶した従業員もモデルのような洗練された美人だ。
Tシャツにジーンズというゴージャスな空間に明らかに不似合いな格好でモソモソと準備を始めたアシュレイ達に、先ほどの従業員は続けた。
「本日は撮影の見学をしたいと、もうすぐ本社から取締役も参ります」
何っ!?アシュレイはギラリと振り返った。何と敵が自ら来る。アシュレイはこの雰囲気のせいで本来の目的を忘れかけていたが、俄然道具を運ぶ手にも力が籠った。
 出演する女優も入り、撮影が始まった頃、入り口の方が俄かに騒がしくなった。と、大勢の従業員を従えて総大理石の部屋を超越したような雰囲気の男が現れた。金髪をゆったりと流した背の高い美男で、思わず撮影が止まってしまったほどであった。噂のブラック&ヘル・コーポレーションの代表取締役、冥界教主である。
 冥界教主は従業員が用意した革張りの椅子に腰掛けながらスタッフににっこり笑いかけ、
「皆さん、我のことは気にせず仕事を続けてください。我はしばらくここで見学をさせて頂きます」
と鷹揚に言った。
その言葉にスタッフ達はぎこちなく仕事を再開した。アシュレイはさりげなく冥界教主の近くで道具の手直しを始めた。敵をよく知ることが勝利への近道である。アシュレイは1人戦闘態勢であった。あの青年社長も一応動いているらしいが、あのスカした態度を見る限り期待はできない。所詮数字が取れれば下々が踏んだ大変な過程なんざ、知ったことではないと思っているに違いない。だったら俺が撮影再開させてやる。あんな奴に任せていたら一生あのドラマは日の目を見ない。アシュレイは手にした小道具の陰からじーっと冥界教主を見つめていた。見られている方はいたってくつろいだ様子で撮影を眺めている。時折、手にした資料に目を落としたり、従業員に何か尋ねたりしている。と、部屋に入ってきた従業員が冥界教主に何か囁いた。アシュレイは手にしたネジをさりげなくそちらの方へ転がし、それを慌てて追いかける振りをして聞き耳を立てる。全部は聞こえなかったが、「天界テレビ」という単語だけが耳に入った。ということはあのドラマのことだ。冥界教主は静かに部屋から出て行ったので、アシュレイもその後をこっそり付いていった。


No.128 (2007/07/07 23:33) title:恋愛ドラマの作り方  −First step−
Name:実和 (u188171.ppp.dion.ne.jp)

 都内某所にある大手テレビ局、「天界テレビ」。
 局内の廊下を「白い○塔」の回診シーンのように闊歩する年寄りを中心とした満足顔の団体がいた。
「今度のドラマも初回からうちの視聴率がダントツでしょうね」
「前回も最終回までトップだったからのぉ。今回もまず間違いないじゃろう」
 局幹部達、通称「八紫仙」。その名前の由来は不明だが、8人全員が会長から下賜された紫のスーツを着ているからだと言われている。恐らくは何か大変名誉な記念品であろう。なぜよりによって紫なのかとか、「八紫」は分かるが「仙」は何だ、むしろ「32」ではないか、などの答えられない質問はご遠慮願います。えぇ、たとえあなた様が株主でも(その一方で、32人も紫スーツが増殖したら鬱陶しいというご意見も一部承っております)。

 さて、話題の新ドラマだが、若い男女とその周囲の人々が繰り広げる恋愛劇である。

 ヒロインと、一流企業に勤める、しかも仕事もできるというプレイボーイとが出会い、男性はドジだがひたむきなヒロインの姿に心癒され、真の愛に目覚め、その一方で常に斜に構えている男性に当初は反発するヒロインが、本当は優しくて繊細な彼の姿を知って心惹かれていき、さらに周囲の人間関係も絡めつつ、横恋慕等のお約束の障害や、それによって生じるお約束のすれ違いを乗り越え、お約束の全員揃ってのハッピーエンド・・なんてお約束の展開がお約束されている笑いあり涙ありのドラマである。脚本は人気脚本家が手がけ、主演は若手ナンバーワンの女優と俳優。脇は最近注目のアイドルやお笑い芸人、ベテラン俳優で固めている。放送は毎週月曜の夜9時から。どうぞお見逃しなく。
 
 地下のAスタジオでは現在、新ドラマの準備が進行中である。
金鎚や電気ドリルの音がけたたましく響き、木屑の粉がもうもうと上がる中、たくさんの人間が大掛かりな作業していた。その中でアシュレイも黙々とベニヤ板に釘を打っていた。これはヒロインが住む部屋の壁に使われるものだ。すぐ側では同僚が床部分を作っている。撮影開始の日に間に合わせるため、作業は急ピッチで行われている。今回のドラマは恋愛もので、キャスティングも豪華である。すでに業界内では高視聴率が予想されている。
 アシュレイは立って、板の継ぎ目を確認した。彼にとって視聴率は正直二の次であった。もちろんスタッフの一員として、自分が関わった作品が高視聴率であれば嬉しいが、自分が納得いく仕事ができたかということの方が大事だった。大道具を担当してもう数年経つが、未だに自分の仕事に対する情熱は変わらない。むしろ物作りの奥深さを実感する度にそれは増していくようだ。
「アシュレイ。壁できたら組み立てるぞ」
同僚が声を掛けた。
「あぁ、もうできる!」
振り返って大声で答えてからアシュレイは急いで木材に最後の釘を打ち込み、仕上がりを確認すると数人でそれをセットの中へと運び込んだ。
「俺、もう3日も家に帰ってねー。風呂も入ってねーよ」
「俺も彼女に会ってないんだ。少なくともこれが終るまで無理だよな」
「テメーらグズグズ言ってんじゃねーよ。スケジュールが押してんだぞ」
アシュレイはぼやく同僚を蹴飛ばし、さっさと壁を組み立て始めた。
「あーぁ、今日も徹夜だな、きっと」
誰かの声で、携帯電話で時間を確かめるともう夜中だ。アシュレイは仕事で家に帰れないのも風呂に入れないのも平気だった。「そんなんじゃ出会いもないじゃない」と姉はため息をつくが、同僚達の、彼女がどうしたとか今度の合コンの相手は一流企業のOLだとかの話題には全く関心ないし、姉とその恋人との付き合いを見ても、姉が幸せなのは弟として大いに結構だと思うだけで、振り返って我が身を嘆くという気持ちは皆無だった。仕事が何より面白いし、第一「男は仕事」と思っているのだ、本当に。
 それでも今日で丸1週間スタジオに篭っている。体力だけには自信のあるアシュレイだが、さすがに少し疲れた。
「よーし、少し休憩しようか」
壁を組み立て終わった時、リーダーが声をかけた。途端に現場の空気が緩み、やれやれという感じで皆あくびをしたり、積み上げられた荷物の上や床など思い思いの場所に寝転んだりした。
 アシュレイも伸びをすると、コーヒーを買いにスタジオを出た。地下階のロビーには人気はなく、自販機から買ったコーヒーのプルトップを抜くと空々しく明るい蛍光灯の下、カコンという軽い音がやけに大きく響いた。アシュレイは微かに甘いコーヒーを半分ほど一気に飲んだ。と、その時
「クッシュン!」
後ろで大きなくしゃみがして、アシュレイは思い切りコーヒーを吹いた。
「な、なんだよ」
振り向くと、後ろの大きな鉢植えの木の陰から鼻を小さくすすりながら青年が出てきた。仕立てのいい淡いベージュのスーツを着た、見たこともないくらい美しい青年だった。
「何やってるんだよ、お前」
しかも、なぜか髪を木の枝に引っかけてじたばたしている。アシュレイはズカズカと近づくと枝を取ってやった。
「ありがとう」
青年はやっと枝から解放されるとにっこり笑った。その笑顔はどきりとするほどきれいだったが、アシュレイはただぶっきらぼうに頷いただけだった。男の笑顔にどきりとした自分を不覚と思った。
「休憩していたらつい寝てしまって。寒くなって目が覚めたんだ」
青年は照れたように言った。
「ここまでわざわざ降りて休憩しているのか?」
青年の洗練された服装から上階にあるデスクワーク系の部署にいる人間であろうと見当をつけた。
「うん。でも現場の空気が好きなんだ。現場の仕事はよく知らないけれど。時間があればこの辺りに来るんだ。そういえば君のことも何回か見たよ。製作会社から来ているんだよね。美術さん?」
「あぁ、大道具なんだ」
本当に現場に興味があるようだ。青年はアシュレイと同じ年齢くらいだ。きっと入局した時に製作に行けなかったのだろう。それとも入局してから現場に興味を持ったのか。
「好きなら現場で仕事できるように異動願い出したらいいじゃねーか」
アシュレイの言葉に、青年は曖昧に笑顔を返しただけだった。それを見てアシュレイはテレビ局も色々あるんだなと思った。
「おーい、アシュレイ、どこだよー。もうすぐ休憩終わっちまうぞ」
背後から同僚の自分を探す声が聞こえた。壁に掛かっている大振りの時計を見るとそろそろ休憩が終りそうだ。アシュレイは器用に空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
「じゃ、俺、行くわ。今、大詰めなんだ」
「何の番組をやっているの?」
アシュレイはドラマのタイトルを言うと、青年が微かに複雑な表情を見せた。それに気が付かず、アシュレイは「じゃあな」と言うとスタジオへとダッシュした。
アイツ、現場でやっていくにはちょっと頼りなさそうだな、と走りながらさっきの青年のことを思った。しかし要はヤル気の問題である。
もし、現場に来たら俺が鍛えてやるか。
「あー、その前に準備、終るかなー」
人のことよりまず自分のこと、である。
アシュレイはスタジオ目指して素晴らしいスピードで廊下を走りぬけた。

 結局、アシュレイは仲間と共にスタジオに泊り込みとなった。やっと一段落ついた時には夜明け近くの時刻になっていた。
「うーん・・・」ガンっ、ガラン。「デっ!!」
飛び起きると目の前には積み重なった木材があった。どうやら寝返りをうった時に角で頭をぶつけたらしい。アシュレイは頭をさすりながら胡坐をかいて周囲を見渡した。スタジオの床の上に寝ていたようだ。組み立てた後の記憶がないので終った瞬間床にひっくり返ったのだろう。それはアシュレイだけではないようで、他のスタッフ達も同じように床の上や荷物の上で鼾をかいている。結構大きな音をたててしまったというのに誰1人起きない。まぁ、やっと目途がついたんだもんなぁ。アシュレイはスタジオの頼りない照明の中に浮かび上がるセット達に目を細めた。残っている幾つかの工程を頭の中で反芻して、間違いなくクランクインに間に合うことを確認して一人頷く。
 クランクイン前の作業も楽しいが、撮影もアシュレイは楽しみだった。撮影中も道具を組み替えたり、直したりする作業はあるし、何よりも自分が作った道具達が生き生きとその存在を輝かす瞬間を見るのが嬉しかった。それらはただの物ではなく、物語を鮮やかに彩らせる。
 アシュレイはさっき頭をぶつけた木材を撫でた。クランクインの日が楽しみだ。

 再び作業が始まったのは午前8時くらいからだった。スタジオは相変わらず耳がおかしくなりそうな電機工具の音が響き、木屑が舞っている。しかし、ピークは乗り越えてしまったので、昨日までの殺気立った雰囲気はなく、作業するスタッフの手付きもどこか気楽な様子だった。アシュレイものんびりと図面を眺めて配置の確認をしていた。
 ふとスタジオを見渡すと、いつもより人数が少ないことに気が付いた。上の人間が何人か姿を消している。
「なぁ、今日は少なくねぇか?」
アシュレイは側にいた同僚に尋ねると、緊急に召集があったのだという。
「ふーん」
何か変わったのだろうか。俳優が急に降板したとかだったら代わりが誰になろうが足を引っ張る奴じゃない限り構わないが、セットを全部作り直しとなったら話しは別だ。そうなったら怒鳴り込んでやる。
 その時、スタジオ入り口の鉄のドアが開いて、今回のドラマの脚本を書いているナセルが入ってきた。
「よお、ナセル」
アシュレイは手を振ったが、いつも穏やかなナセルの表情が暗かった。アシュレイの顔を見るとやっと微笑んだ。
「どうしたんだ。どっか悪いのか?寝てないとか」
何せ売れっ子脚本家である。
しかし、彼は首を振った。
「別に何ともありませんよ。でも・・・アシュレイさんはまだ何も聞いていないんですか?」
「聞くって?何を?」
「今回のドラマのことです。この間ブラック&ヘル・コーポレーションが急にスポンサー降りるって言い出したそうです。それで・・・、ドラマが中止になるかもしれないって。さっきミーティングでそう言われました」
「な、なんだってーっ!?」
アシュレイの絶叫がスタジオ中に響いた。ナセルの言葉を聞いたスタッフ達も一斉にざわめきだした。
「ブラック&ヘル・コーポレーションって1番の大口だろ?」
「でも、何で!?」
ブラック&ヘル・コーポレーションとは、人材派遣で急成長を遂げている企業で、もちろん一部上場だ。天界テレビにもブラック&ヘルからの派遣社員が多く働いている。最近では宝石の販売でも成功を見せていて、今最も注目を浴びている企業の一つである。スポンサーを降りられるとなると、かなりの打撃である。その場にいる全員の表情に言い知れぬ不安と驚愕が浮かんでいた。
「社長を始め、トップの方にも衝撃が走っているらしくて。結構混乱しているようです。まぁ、でも決定ではないそうですから」
ナセルが気を取り直すように明るく言った。
「そうだよな。あそこの取締役とここの会長って懇意なんだろ?そんな無茶なことはないよな」
皆もそうだよな、と自分を納得させるように頷いた。そう思いながらもアシュレイはまだ不安だった。
「アシュレイさん?」
他のスタッフは三々五々作業へと戻っていったが、アシュレイだけはクルリと背を向けてナセルの呼びかけにも振り向かずスタジオから出て行った。


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