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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.123 (2007/06/12 12:37)
Name:しおみ (softbank126113105002.bbtec.net)


 ビーっ、と音がしてキャビンの緊急事態を告げるランプが点る。柢王と、コー・パイの空也が顔を見合わせた。
「コクピット柢王だ、キャビン、どうした」
 尋ねるとCAの上ずった声が、
『キャプテン、L1でいま、ナイフを持った男性が、行く先を変更しろとチーフを盾に叫んでいます!』
「ハイジャックか! 犯人は何人だ、目的地はっ?」
 柢王は言いながら空也に無線を指す。空也も飲み込み、非常事態を知らせる無線をいれる。すぐに官制への無線を開き、
「蓋天コントロール、こちらヘブンリー986、エマージェンシーです! ただいま機内にて男がナイフで乗務員を脅し、
行く先の変更を要求しています」
『コントロール、ラジャー! 986、ただちに警察と空軍を要請します、このまま回路を開き、機内の様子を中継してください!』
『犯人はひとりだと思われます。蓋天空港ではなく天主空港への着陸を要請しています、空港に車と現金の用意を求めています』
「乗客は無事か、怪我人はっ」
『ヘブンリー、燃料の残量確認してください!』
 無線とパイロット二人の声が響くコクピットは緊張に包まれる。

 レーダーの後方に未確認の飛行物体が映った。操縦していたアシュレイはコー・パイを振り向き、画像を後方に集中するように
頼んだ。マイクをいれ、キャビンを呼ぶ。
「キャビン、コクピットのアシュレイだ。悪いけど誰か左後方の窓から外を確認してくれ。何か飛行物体が接近してる」
「キャプテン、後方レーダー、移動物体はこちらに接近してきます。早いですよ」
 コー・パイの報告と同時に、キャビンから上ずった声が知らせてきた。
『機長、大変です、鳥の群れがこちらへ向っています! たぶん一万羽ぐらいいます、空が真っ黒です!』
「一万羽ぁっ!」
 顔を見合わせたパイロット二人は、
「官制に高度取ってくれ、二万七千。キャビン、ベルトサイン出すぞ、高度下げるから全員席につけっ」
『キャビン、了解』
「天主コントロール、こちらヘブンリー397、後方に鳥の集団と思われる移動物体を確認、高度二万七千で接触を避けます」
『コントロール、了解、レーダー上に確認。後方200度より未確認物体接近中、高度二万七千、減速せず航行せよ』
 上空三万フィートに緊張が漂う。

「主任、986便、海上四万フィートでハイジャックです! 犯人は男性一人、ナイフで乗務員を脅し、天主空港への進路の
変更を要請しています」
「主任、397便、高度三万フィートで鳥の大群と遭遇、現在高度二万七千で退避中ですっ」
 通信室はあわただしい空気に包まれた。手の空いている職員たちがわっとデスクにつめかける。
「986便、カンパニー、アランです。現在の状況、報告できますか」
「397便、機体との接触の可能性はっ」
「986、キャプテン誰だっ、担当ディスパッチャーを呼んでフライト状況確認しろっ!」
「986は柢王キャプテンと空也コー・パイです。航行先は蓋天空港! あと二時間で到着予定です」
 誰かオーナー呼べとか航務課呼べなどバタバタ人が動くなか、
「397便、アシュレイ機長です! 現在高度を下げて航行していますが、後方の鳥たちが追撃してくるそうです、客席が一部
パニックに陥っています」
「986便、柢王キャプテンから通信です! 犯人はナイフを持った男性一人、現在コクピットのドアを叩いて機長を出せと
叫んでいるそうです。乗客乗務員に怪我はありません。共犯者もいない模様です。コントロールとの通信を優先させるため、
カンパニーの回線はオープンのままにしておくそうです」
「主任、蓋天コントロールから通信です!」
 あちこちから情報が乱れ飛ぶ。

「キャビン、柢王だ。乗客は無事か。チーフは無事そうか」
『はい、大丈夫です。キャプテンこそ大丈夫ですかっ』
 ドンドンドンドンとコクピットのドアを叩く音が大きくなる。
『機長、出て来いっ、天主空港に行けって言ってるんだっ』
「コクピットのことは心配すんな。皆できるだけ離れて待機してくれ。サインがついたら委細構わずベルトすること、わかったか」
『了解しましたっ!』
『出て来い、機長っ。何か燃料がないから天主空港には飛べませんだっ。おまえ金貰って飛んでんだろ、何様のつもりだ、出て来いっ!』
 ドンドンドンドンドンっ。ドアを叩く犯人に、ホイールを握る機長の顔が険を宿す。官制と通信している空也がその顔を見て青ざめる。
「柢王機長、やめて下さいよ、喧嘩上等は」
「するか、バカ。おまえこそビビってドア開けたりすんなよ。絶対にコクピットに入れるな」
「もちろんです、でもこのままだとキャビンが──」
「空也、ベルトサイン・オン」
「ラジャー、キャプテン──でもっ」
「コントロール? こちらヘブンリー986、機長の柢王です。いまから機体をダウンします。進路に通行中の機体の有無を
確認願います」

『キャプテン、L6です、追ってきます! 全然離れていきませんっ』
「その、乗り合わせてるとかいう鳥学者の意見は?」
『はい、おそらく機体を鳥だと思って接近してくるのだろうと』
「わかった、客席無事か」
『お客様の一部が気づかれ、パニックになられています』
 キャーっ、なんだあれっと叫ぶ声がマイク越し聞こえる。操縦ホイールを握ったアシュレイは息を呑み、
「了解。すぐまた連絡する」
 マイクを切る。コー・パイに向い、
「I・have。コントロールに急下降の許可を取ってくれるか。取れたらベルトサイン出してくれ」
「ダ、ダウンですか、キャプテン」
「このまま行ったら追いつかれてぶつかるだけだ。下は海だし、ダウンの速度にはついて来れない。頼む」
「了解しました!」

「主任! 986便が急速下降を始めるそうです!」
「主任、397便もダウンですっ」
 通信係の知らせに一堂がえっと叫ぶ。
『プッシュ・センター・コマンド、フラップ30』
『当機はただいまより急下降に入ります。乗務員の指示に従い、酸素マスクをしっかりとあてて姿勢を倒してください』
 無線から聞こえる機長たちの声に食い入るように画面を見ると、二機の機体が高度を下げ始めている。
「おい、もう一度、機長に連絡取れっ」
「官制からオーケーが出ています、986下降体制に入っています!」
「397もコントロールが許可しました、下降します!」
 見つめる係員たちの目の前で、レーダーに映る機体が急激に下降していく。まっすぐに、その速度は降りると言うより落ちるに
近い。ぐんぐんと降りていく。降りていく。降りていく!
「…っ、大丈夫かっ」
 室内すべてが息を呑んだとき、ふたつの機体がレーダー上で水平ラインに滑り込む。思わずみんなが手を叩く。まっすぐに
ぶれなく低空を飛んでいる機体から、機長たちの官制に向けた声が届いた。
『ヘブンリー986、犯人が気絶したため、乗務員が現在捕縛中。高度を上げ、空港に向います、指示を願います』
『コントロール、ヘブンリー397便、アシュレイです。後方に緊迫中の鳥を降り切りました。高度を戻します、指示をお願いします』
「やったなぁ」
 通信室に拍手の渦が沸く──

                            *

「──ティア〜…」
 目の前のソファから、ふつふつとこみ上げる怒りを噛みしめた低重和音で響くのに、天界航空オーナー、ティランディアは
身をすくめた。やっぱり怒るよね、怒るでしょ。納得しながらおそるおそる、
「や、やっぱりだめ…だよね?」
 友達じゃなかったらマジで締め上げる。幼馴染の親友たちのまなざしは答えとして充分すぎる。ティアはため息をついて、
「私だって、賛成してないよ。ただ一般に見せるより先におまえたちに確認してもらったほうが確実だと思って……」
「確認するまでもないだろーがっ」
 柢王が叫ぶ。アシュレイも隣りから、
「何なんだ、この台本っ。こんなのシナリオそのものが間違ってんだろうっ」
 や、やっぱりそうだよね、とティアはつぶやいた。そんなことはわかっていたのだ。でも、一応念のため聞いてみただけだ。
 来期の天界航空は緊急事態訓練がテーマ。エマージェンシーについてビデオを作り、その対応法を巡って皆にディスカッション
してもらって緊急事態時のマニュアル作成に役立てようという話も出ていた。
 そしたらまた、八人の重役たちがティアの机に誇らしげに置いていったのだ。『緊急時フライトドラマ台本』。のべ八百枚の大作だ。
あまりに重いので思わず目を通してみたら自分ひとりで抱えていたくないような内容だったから、ついパイロットの親友たちに話してみたのだ。
「大体、これいつの時代の台本だよ。いまどきナイフ使ってハイジャックする奴なんかいねーだろっ。それもダウンして捕縛だぁ? 
うちはサーカスじゃねぇんだぞっ!」
「鳥が一万羽も追ってきたら先に官制が気づいて指示出すに決まってるだろ、それに何だその鳥学者って、そんなもん都合よく
乗せるんじゃねぇっ!!」
 憤慨する親友たちにティアは自分のせいでもないのに小さくなり、
「いや、だって、空の上では何が起きるかわからないからって──ハイジャックだってバード・ストライクだって他人事じゃない
からって。それにダウン…急下降だって皆訓練することだしって」
「ダウンは上空で気圧が下がった時の緊急手段だっ!! 第一そんな鳥の集団が飛んでたら他の機だって墜落するだろっ」
「それに喧嘩上等はやめろって、客の命がかかってる時にそんなこと話してるバカがどこにいんだっ。非常事態時はクルー間の
連携は密になるのが当たり前だろ。こんな力づくなコクピットだからペイできねーことがしゃがしゃ言いやがるハイジャッカーに
まで嘗められんじゃねーかっ!」
「わ、わかったからふたりとも……」
「だーっ、もう、おまえな、俺はおまえが相談あるっていうから桂花との飯を後回しにして来てやったんだぞっ。どうして
くれんだ、俺が桂花と過ごせた時間をっ」
「俺だって航務課に出す書類置いてここに来たんだぞっ。これから書いたら残業だっ。明日もフライトなのに」
「ご、ごめん、本当に悪かったよ、ふたりとも」
「それにな、こんな時に官制がダウンしていーですよなんて言う訳ないだろ、無人探査機じゃあるまいし」
「こんなシナリオでドラマ作ったらパイロット全員辞表出すに決まってるぞ、ティアっ」
「ご、ごめん……」
 オーナーはすっかり小さくなってへこんだ。二人ともフライト帰りに来てくれたことを思うと本当に申し訳ない。
(でも文句言うわりによく記憶してるよなぁ。問題点全て出てるし)
 台本そのものが間違いだと言う点も抜かりなく。頼もしく思えたが、これ以上親友たちを怒らせる気はない。平身低頭謝って
ようやく許してもらい、
「ったく、勘弁してくれよな──あ、桂花、ごめんな、待たせて。すぐ行くからっ」
 即座に携帯電話を取り出して恋人に甘え声を出す柢王と、
「あーもー、うち帰ったら洗濯しないといけないのに」
 ぼやくアシュレイを見送った。
 
 天界航空オーナーの緊急事態は、ある意味、今日だったかも知れない──。


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