投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
川のほとりに腰を下ろした柢王の目は、儚げな焔をともしてゆるやかに飛びちがう蛍を追っていた。
「蛍火・・・・と書いて『けいか』とも読むんだよな・・・」
人界には連れてこられない魔族の恋人。
感動を分かちあってくれる彼が今ここにいないせいか、蛍の道ゆきの頼りなさがそのまま桂花の不安を表しているかのような錯覚に陥る。
柢王が人界へ降りる時はいつも、天守塔でティアの片腕となって待っていてくれる恋人。どんな時も自分の言い分よりも先にこちらを立ててくれるできた恋人。
彼のその『我慢』と『優しさ』に甘えて、いつでも自分の信じたように行動してきたが・・・・言いたいことは沢山あるだろう。吐きだす手前で歯止めをかけ、飲み込んでくれた言葉は数えきれないほどだろう。そして恐らく・・・・・完全に消化できずにいるのだろう。
わかっている。わかっているけれど―――――――。
「やめやめ」
尻をはたいて立ち上がると、柢王は空を仰ぎ見た。
天の河と呼ばれる銀河のきらめきが夜空にちりばめられ、今にもこぼれ落ちてきそうだ。
「天界にはないモンがここにはある。その点に関して言やぁ人間は恵まれてンな」
三界守天が作り上げたという世界。天界は人界よりも優れているはずなのに、柢王からしてみるとここは天界よりもずっと自然に恵まれ、たくましく、生を全うしているような気がするのだ。
寿命が短いというだけではなく、この世界をとり囲む自然の強さがなおさらそう感じさせるのだろうか。
いずれにしても、桂花が隣にいない世界は自分にとって執着するほどのものではなかった。
「俺はお前と一緒ならどこだってかまわねぇよ」
しかしそれが実行されることはないだろう。もしそうなれば、桂花は今以上に自分を責めるに違いない。
「あいつが弱音を吐けないのは俺が未熟なせいだ・・・・」
いつだって心配ばかりかけてしまうから、それでも傍にいてくれるから・・・・。
「やっぱりお前には頭が上がらない」
やめだと言いつつ遠い場所で自分を待っていてくれる恋人に思いを馳せ、柢王は苦笑した。
守天から、一度家に戻って自分が気に入っている薬草を摘んできて欲しいと頼まれた桂花は、守護の指輪を借りて我が家へ戻っていた。
薬草を摘んだら夕方には戻れますと桂花は言ったのだが、守天は『今日明日ゆっくりしておいで』とかえしてきた。
「せっかくだから、庭の草むしりも済ませてしまうか」
ゆっくりする、ということに慣れていない働き者は守天の薬草を確保して、再び庭へ出た。
天守塔を出たとき既に昼を過ぎていたため、明るいうちに済ませたい桂花は手を休めず作業に没頭した。
こちらがキレイになればあちらが目立ち、そこを済ませばまた別の場所の雑草に目がいってしまうため、切りがない。気づけば辺りは暗くなりつつある。
桂花は腰を伸ばすと家の中へ戻り、ランタンを手に戻ってきた。それを台に置いて草むしりを再開する。
どれくらい時が過ぎたろう、ふいに横ぎっていったともしびに桂花は顔をあげた。
「―――――蛍?」
まさか、と思いつつそれを追ってふりむくと―――――あちらこちらにうすい緑色の光が点滅していた。
「なぜこんな所に・・・・」
ありえない状況だとは分かっているが、久しぶりに目にした儚い光に夢中になってしまう。
まばたきもせずに魅入っていたが、ランタンの火がとつぜん消えたため、桂花は我にかえった。――――と、いつの間に戻ってきたのか柢王がそこに立っている。
「柢王っ!?」
「ティアから呼び出しがかかってサ・・・例の発明家、覚えてるか?おんぼろバラックの。アイツがアシュレイんとこに送ってきたやつを分けてくれたんだ。」
淡い光を顎で示して笑う。
「ああ、あの胡散臭い店主・・・・」
桂花もつられて笑う。
「ニセモノにしちゃあよくできてるよな」
「ええ、本当に良くできている」
しばらく沈黙のときが流れたのち、柢王がささやいた。
「・・・・・淋しかったか?」
からかうように、自分の顔をのぞきこんだ彼の肩へもたれかかり、桂花は「とても」と答えてやる。
求愛のシグナルをおくり続ける偽りの蛍に囲まれていたからこそ、自分の気持ちを偽りたくはなかった。
「吾の中の蛍火が、あなたの風に煽られて胸を焦がすから・・・・・・会いたかった」
「――――――――どうされたいんだよ、そんな文句きかせて」
「・・・・・あのホタル、家の中に放せないんですか?」
「できるぜ。このふた開けりゃ、いっぺんに回収できるからな」
白い髪を指に巻きつけて、柢王は桂花の頭を抱えた。
「土や草の匂いしかしませんよ」
「おう、すげーキレイになったな庭。ありがとな」
「ふふ・・・・ごほうびにこの髪、洗ってくれますか?」
桂花は自分の髪を巻きつけた指にそっと唇を押しあてた。
パカッと箱のふたを開きあわててホタルを回収すると、挑発してきた恋人を即座に抱え、柢王はわき目もふらず家の中へと飛び込んでいった。
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