投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
全てが終わり、アシュレイが選挙のための資料等を蔵書室に返しに行く途中。
突然扉が開いて、部屋の中からよろよろと人が出てきた。
アー 「うわっ…! なんだおまえ、大丈夫かっ!?」
ナセル「アシュレイ様…!?」
アー 「ナセル! おまえ、…久しぶりだな。
どうしたんだ、なんだかやつれて見えるけど」
ナセル「ここしばらく、ずっとカンヅメ状態でしたので」
アー 「カンヅメ…?」
ナセル「守天様の推薦で、選管の方から特命を仰せつかっておりました」
〜〜〜 * 〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜〜
ティア 「いやね、アウスレーゼ様たちが来てすぐに、
有能で信頼できる者をひとり貸してほしいって言われて、
推薦したんだけど…。
まさか、そんなハードな任務だったとは思わなくて。
ごめんね、ナセル。疲れただろう。しばらく休暇取って
休んでいいから。ああ、もちろん、有給でね」
〜〜〜 * 〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜〜
アー 「特命?」
ナセル「はい…。選挙人名簿の作成や、投票入場券の作成と配布、
あと、天主塔ニュースの編集等、諸々の雑事を一手に」
アー 「あれって、おまえだったのか…!?」
道理で、アウスレーゼたちが帰った後にニュースが入ったはずだ。
アー 「そうか、ご苦労だったな。でも、おかげで、無事ティアが当選したぜ」
ナセル「はい、おめでとうございます」
そういうと、まるで自分のことのように、満面の笑みでアシュレイが「ん!」と答えた。
ナセル「・・・・・・・・・」
しばし無言の後、あっ…とナセルが廊下でつまずき転びそうになり、アシュレイが咄嗟に支える。
アー 「大丈夫か?」
ナセル「はい…申し訳ございません」
と言いつつ、少し疲れているのかもしれません、などと言ってみるナセル。
アー 「いいって、このままで。もっと俺にもたれかかっていいぞ。
部屋まで送ってってやる。遠慮すんなって。…そう、ゆっくり歩けば
いいから」
ナセル「はい…。申し訳ありません、アシュレイ様」
アー 「気にすんなって!」
そう言って、ニッコリ笑ったアシュレイを見て、このくらいの役得、あってもいいだろと心でつぶやくナセルだった。
ところ変わって、最上界。
三界主天へ選挙結果の報告のため、卯日宮を訪れたアウスレーゼとデンゴン君の前に、アウスレーゼの許婚者オーティスが行く手を塞いで仁王立ち。
オー 「ずいぶんとお楽しみだったようだな、アウスレーゼ」
アウ 「なにがだ?」
オー 「フン、知らぬと思うてか」
アウ 「…江青のことか」
オー 「身に覚えがあるようだな」
アウ 「や、ないぞ。今回の我は、潔白だ」
『あうすれーぜ、潔白』
オー 「…この人形にも、いいようにやられておったではないか」
アウ 「ははは。よいのだ。この子はまだ子供ゆえな」
オー 「そなたは次期三界主天の身なんだぞ? こんな人形ごときに…」
『あうすれーぜ、コノ怖イ人、誰?』
アウ 「ああ、これはな、我の許婚のオーティスだ」
『おーちす?』
オー 「我は、オーティス、だ。変な名前で呼ぶな、人形」
『ダッテ、言イニクインダモン…。縮メテ 呼ンデモ イーイ?』
(言いにくい?
確かティアランディアのことは、きっちり発音していたと思うが…?)
不思議に思いながらも、オーティスに代わって勝手に「構わん」とアウスレーゼが許可を出す。
『ジャ、きょーチャン』
オー 「…誰だ、それは」
『オマエ』
オー 「誰が、おまえ、だ!」
『ダッテ、縮メテモイイッテ。』
アウ 「デンゴン君、なにを縮めたのだ?」
『きょーさい、ノ きょーチャン』
アウ 「きょーさい?」
『アノネ、恐イ妻 ノコト』
オー 「…ぶっ殺す!」
アウ 「待て、オーティス。デンゴン君は、まだ子供なのだ。それに
この子はそなたの父君、三界主天様がお創りになった人形。
いわば、そなたの兄弟とも言うべきものではないか」
『我ノ 妹ー?』
オー 「誰が妹だっ!!」
『…ジャ、従妹…?』
オー 「アウスレーゼぇぇぇぇぇぇぇぇ…!!
そなた、この人形にどういう教育をしておったのだ!」
アウ 「や…教育と言われても、参ったな…はは」
そんなオーティスを見て。
我が未来の妻は、恐妻というよりも、熱妻とか炎妻とか…そういう燃え(萌えではない)系妻ではないかな、などと悠長に考えるアウスレーゼだった。そして、
『テイウカ、怒妻(ドサイ)……?』
アウスレーゼの窮地も知らず、火に油を注ぐデンゴン君だった。
終。
『この入場券を持って投票所に行き、係りの指示に従い、投票したい候補者の名前を触って下さい』
(……名前を触る?)
投票3日前に各戸に配布された投票入場券に記された注意書きを見て、領民達は首を傾げた。
投票所は、選管の指示で各国割り当てて急ピッチで造られた。人一人が入れるくらいのボックス――箱形状の建物――で、奥には選管からの指定机がひとつ、出入り口は正面の一箇所のみ。
いったいこんなボックスと机でどうやって投票するのかと、急遽建造を依頼された各国も不思議に思い問い合わせたが、選管からは、投票装置は当日委員長自らが配備するとの返答が届いただけだった。
そして、いよいよ投票当日の早朝。
各国の主だった街を中心にそれぞれ数十箇所ずつ設置された投票所では、すでに各国武将とその配下数名ずつが警備を兼ねた投票係として配置され、集まってきた有権者の入場券チェックに当たっていた。
チェックの終わった者から順番に、ひとりずつ投票の際の注意を受けてボックスの中へと誘導されて行く。
――奥の机の上に、候補者の名前の入った石が置いてあるから、
――投票したいと思うほうの石を一度だけ触って、出てくるように。
――それで投票は完了だ。2回触ったり、両方触っては駄目だぞ。
――無効になるからな。
中に入り、係りの者に告げられたとおりに奥の机の上を見ると、大人の肩幅くらいの間を空けて左右に置かれた真っ黒な石があった。
向かって右の石にティアランディア、左にネフロニカの名が刻んである。
その碁盤を縦半分に割ったくらいの大きさの石。
その石こそが、デンゴン君が遠見鏡から各投票所に飛ばした、返答にあった投票装置、つまりこの統一地方選挙にあたり選管自らが最上界から持参した投票用の石だった。
『ソシタラ、ヤルカー!』
アウ 「今日ばかりはデンゴン君の腕の見せ所だな」
『我ノ 一人舞台。我ハ、コノタメニ、天界ニ 来タ。』
アウ 「…そうだな。だが、」
『ナニ?』
アウ 「いや、なんでもない。今日は頼むぞ、デンゴン君」
『任セロ!』
投票開始時間とともに、仮の選管室である執務室の遠見鏡の前に陣取ったデンゴン君は、降ろした両手をひじの高さにまであげ掌を上に向けて開いた。
そうして、目の前の遠見鏡に映しだされる各投票所を瞬きもせず見つめ続ける。
デンゴン君の額の御印がほのかに光りを帯びたかと思うと、後方で見守るアウスレーゼの目に、デンゴン君の両の掌に透明な柱が少しずつ背丈を延ばしていくのが見えはじめた。投票所に置かれた特殊な石と遠見鏡を連動させて、得票の逐一を、この小さな人形が集結、集計しているのだ。
アウ 「一人舞台か。…まさにその通りだな、デンゴン君」
柱は、右の掌がティアの得票、左の掌がネフロニカの得票で、それぞれの得票数により相対的に背丈を延ばしたり縮めたりしていた。
このまま投票終了時間がくれば、その掌の柱の背丈で一目瞭然に結果が分かる。
「もうすぐ、また、あの子達ともお別れか……。だが、我よりも、そなたのほうが寂しかろ…」
そう思い、デンゴン君には聴こえないと知りつつ、そっと声に出して問う。
「そなたは、このために天界に来た、と言った。その言葉に間違いはないが、我には、それだけとは思えぬのだ…」
デンゴン君とともに天界に来てからの日々を思い出すアウスレーゼの瞳は、優しさにあふれていた。
『ト、イウコトデ。守護主天ハ、てぃあらんでぃあ ノ 続投 トナリマシタ。』
投票が終了し、それとほぼ時を同じくして集計が終わると、アウスレーゼは選挙部屋で待つティアに心話で呼びかけ、選管部屋に来るように伝えた。
投票所警備のため各地に赴いているアシュレイ、柢王、桂花を除いた珀黄・江青の両名も一緒だ。
珀黄 「おめでとうございます、守天様!」
江青 「おめでとうございます…!!」
ティア「ありがとう。…ありがとう」
結果を聞いて、涙を流さんばかりの江青と感無量な珀黄に、ティアが心からの礼を述べていると。
アウ 「守天殿、ちょっと」
名を呼ばれ、手招きされて近づけば、アウスレーゼが小声で続けた。
アウ 「ネフロニカと話してはみぬか、守天殿」
ティア「…いいえ」
アウ 「あの子も、他の兄弟達も皆、そなたのことを思ってのことなのだ。
それだけは分かってやってほしい」
ティア「………」
あまり理解したくはないが、アウスレーゼの言葉なら嘘ではないのだろう。
はい…とティアが答えると、アウスレーゼはひとつ頷いた。
ティア「アウスレーゼ様。山凍殿には…」
アウ 「そなたへの報告のあと、遠見鏡から伝えた。…ネフロニカとは、
昨夜のうちに別れは済ませたそうだ。あとで直接そなたに祝辞を
述べたいと言うておった」
ティア「そうですか…」
そこへ、大急ぎで帰ってきたアシュレイと柢王・桂花のふたりが同時に部屋になだれ込んできた。
ティア「…早かったね」
アー 「結果は…っっ!?」
ティア「おかげさまで」
アー 「そうか…。よかった。……よかった」
何度も「よかった」と繰り返すアシュレイの後ろで、柢王と桂花も目でティアに祝意を表す。
そして、突然ハッとしたようにアシュレイが回りを見渡して、もう一度「よかった」と呟いた。
その目には、デンゴン君とアウスレーゼが映っていた。
そうして、そのまま守護主天当選証書付与式が行われた。
『てぃあらんでぃあ・ふぇい・ぎ・えめろーど。』
ティア 「はい」
『ソナタ ニ、コノ天空界デノ 全権 ヲ 委ネマス。シカシ、アクマデ、民主主義トイウコトヲ忘レテハナリマセン。…全権 トハ「スベテノ権力」ヲ言イマスガ……、守護主天殿、』
改まって役職名で呼ばれ、ティアは再び、はいと答えた。
『権力 ノ 「 権 」 トハ 「ごん」、ツマリ、仮ノモノ、真実デハナイモノ ヲモ意味シマス。カリソメデナイ、真実ハ、自分自身デ見ツケ、手ニ入レナサイ。天界ノ人々 ヤ、人界ノ人々、ソレラガアッテコソノ、ソナタナノデス。良ク、治メ、導カレルヨウニ。』
ティア 「……はい」
『…我ハ、守護主天ニ、「ごん」ノ意味ヲ 伝エルタメニ、来タ。ダカラ、』
デンゴン君。
伝権…君、だったのか…。
その場に居合わせた全てのものが、ちょっと驚いた。
まさか、デンゴン君のネーミングに、メッセンジャーとしての意味以外があるとは、これっぽっちも考えてなどいなかったので。
『…ナントナク、失礼 ナ 空気……?』
『つんつん、マタナ…?』
桂花 「………」
『つんつん…』
柢王 「おい、桂花」
桂花 「…吾は天界人じゃありませんから、」
『?…ダカラ?』
桂花 「いえ、なんでもありません」
『ダイジョブ。つんつんガ ドコニイテモ、マタ会エル。約束ノ言葉ナンダッテ。ドコニイテモ、マタ会エル。ナ、あしゅうれい?』
アー 「ああ!」
『マタナ、つんつん』
桂花 「はい…。また」
『……つんつん ノコト 泣カスナヨ』
柢王 「はー!? なに言ってんだ、おまえっ」
桂花 「お気遣い、ありがとうございます」
柢王 「おまえもっ、なに礼言ってんだっ」
アウ 「やはりデンゴン君は、人の機微に聡いの…」
アウ 「珀黄、江青を頼むぞ」
珀黄 「・・・・・・・はい」
心の中で、「なぜ?の嵐」な珀黄だった。
というか、選管の方も、最上界へ……?
いやいや、たぶんこれは、自分などが追求していい問題ではないのだ。
……日常は目の前だ。
そう自分に言い聞かせ、珀黄はスルーを決め込むことにした。
アウ 「ではな、江青。元気でな」
江青 「はい。アウスレーゼ様も。……お世話になりました」
……本当は、もっといろいろとお世話したかったのだが。
なにせ、最初にプラトニック発言をしてしまった手前、妙にそれを守ってしまい、少々後悔中のアウスレーゼだった。
『天空界デノ選挙結果、選挙管理委員長トシテ、三界主天様ニ タシカニ オ伝エ シマス。』
ティア「それにしても、こんなに早く結果が出るとは思いませんでした。
デンゴン君、見事なお手並み、おみそれしました」
『コノ 選管まーく ハ、伊達ジャナイッテカ?』
アウ 「…デンゴン君、それは選管マークではなく、御印。
…くれぐれも三界主天様の前でそんなおもしろいことは
言わないように」
『ナンデー? キット、三界主天 モ 楽シガルト思ウノニー?』
アウ 「それと、三界主天様を呼び捨てにしないこと。これだけでも、
肝に銘じてくれ」
『肝ー? ソレ、我ニモ アルノ?』
アウ 「なかったら、今度三界主天様に御願いして追加してもらえばよい。
『様』は忘れるでないぞ?」
『ハイハイ』
アウ 「まったく…小猿みたいになったな、デンゴン君は」
『ソレ、知ッテルー。馴レルト可愛イッテ。我モ、ソンナ感ジー?』
アウ 「ああ、ああ、可愛いとも。…それでは行くか」
『…………ウン』
アウ 「また、会えるさ」
『…………ウン』
アウ 「デンゴン君。……我は?」
『神ナリ』
アウ 「だったら…」
『我ノ アルベキトコロヘ 帰ル。』
アウ 「よし、では行くぞ」
『ウン』
デンゴン君を腕に抱き、その場の皆に、ひとときの別れを告げる。
アウ 「では、またな」
『マタナ…!』
アー 「おーっ! またなっ!! 絶対、またなーーーっっ…!!」
バルコニーから身を乗り出し、千切れんばかりに手を振るアシュレイの後ろで、名残顔のティアたちが静かに彼らを見送った。
中庭では、宵闇の中、咲き渡る花達が風もないのにかすかにその首を揺らしていた。
そうしてアウスレーゼとデンゴン君は、最上界へと帰っていったのだった。
〜〜〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜・〜
『天主塔ニュースの時間です。
はじめに、選挙管理委員会からのお知らせです。
今日、統一地方選挙の後半戦、天空界新守護主天選挙の投票が
行われ、現職のティアランディア・フェイ・ギ・エメロードが、
新人のネフロニカ・フェイ・ギ・エメロードを破り、再選を果たしました。
天主塔では、当選証書の付与式が行われ、選挙管理委員長から証書を
受け取った新守護主天は、感慨深げな表情を浮かべていました。
これにより天空界における統一選挙は終了しました。
次回の統一選は、4年後を予定しております』
柢王 「また、やんのかっっ!?」
桂花 「…それが民主主義というものらしいですよ」
アー 「またアイツ、来るよな…っっ!?」
江青 「また…会えますね」
選管の残していったニュースに喜ぶアシュレイに、ティアも思わず苦笑がもれる。
「守天様…守天様っ!」
そこへ、声を押し殺して珀黄が鼻息荒く迫ってきた。
珀黄 「守天様、お願いがございますっ。どうかどうか、
4年後までに江青を、天主塔勤務から遠く離れた地方へと
異動させて下さい…っ!」
ティア「い、異動…!?」
珀黄 「守天様っ、江青には妻と子が…っ!!」
ティア「わ、分かってるよ。それはもう耳タコだって…」
珀黄 「分かっておいでなら、お願いでございます…!
江青には、年老いた父母やまだ嫁にもゆかぬ姉や妹がっ…!」
ティア (いつのまにか増えてるじゃないか…)
アー 「…おまえ、なに珀黄泣かせてんだ?」
ティア「わっ、私が泣かせてるはずないだろっ!?」
珀黄 「守天様ぁっ…!」
(なにが、家庭に波風を立てる気はない、だっ)
ひとり激浪状態の珀黄に、窓の外、うらめしげに天空を仰いだティアは、大きなため息をついていた。
暉蚩城内の、選挙事務所。
ネフィー「・・・・になったな」
山凍 「は…?」
ネフィー「だから、世話になったって言ったんだよ」
山凍 「ネフィー様…」
最後の個人演説会を終えて、城に戻ってきた途端、さらっとネフロニカの口からそんな言葉がこぼれた。
ネフィー「明日、もし私が負けたら、おまえにはもう会えないからね。
それだけ言っておこうと思って」
山凍 「負けたらなどと……そんなことおっしゃらないで下さい」
ネフィー「じゃあ、言い方を変えるよ。…山凍、」
山凍 「はい、ネフィー様」
ネフィー「守護主天を頼むよ」
山凍 「…それは、」
ネフィー「私がなっても、誰がなってもだ。もちろん、私は勝つつもりだよ」
山凍 「……承知しました」
ネフィー「ああでも、おまえもそろそろ身を固めないといけないだろうから、
無理はしなくていい」
山凍 「私のことなど、お気になさらず」
ネフィー「うーん。でも、たまに廊下ですれ違う爺やたちがさ、私と目が
合うと泣くんだよねぇ…」
山凍 「ドライアイ気味な老人ばかりなので、ちょうどいいでしょう」
ネフィー「ははは。言うね、おまえも。……だったら、頼むよ」
山凍 「はい…」
ネフィー「ねえ、山凍。覚えておいて。
もし、もう二度と会えなくて、おまえに私が見えなくなったとしても、
私にはおまえが見える。……私はちゃんと、おまえを見てるよ」
投票前夜、天主塔へと帰る前に交わした言葉が、山凍が聴いたネフロニカの最後の声だった。
〜〜〜 * 〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜〜
ちょっといいか、と柢王に訊かれてティアは投票前夜、その日の反省会が終わった後も選挙事務所部屋に残っていた。
柢王 「守天なんてものから解放されたほうが、楽に生きれんじゃねぇかと
思ってさ。なりゆき…とか、責任感みたいなもんなら…」
ティア「そうだね。そこまで考えてなかったかな…。守護主天というものを
他の人たちがどう考えているか分からないけど、本音を言えば、
立候補者が出るなんて思ってもなかった。だからどうせ私がやる
しかないんだろうなって。……我ながら傲慢だよね。
…でも、守天になりたいって立候補者が現れて……」
それが、もし先代守天でなかったら、自分はどうしただろうか……。
とにかく、先代が出馬した以上、自分は戦って勝たねばならない。
減価償却(?)が間近とはいえ、今すぐということではないのだ。
だったら、先代が当選した暁には、この自分の身体を明け渡さなくてはならない…らしい。
そうなっても、私が消えてしまうわけではないらしい。
ただ、他の歴代守天の方々と同じような存在になるだけなのだ。
実体のない、すべてを見守るだけの存在に……。
柢王 「ティア…?」
黙ってしまったティアに、心配して柢王が声をかける。
ティア「あ、ああ、ごめん。…他の候補者が立ったおかげで、自分でも
もう一度守護主天について考えてみたんだ。それで私はまだ満足に
守天としての仕事を全うしていないことに気がついた。私は、
守天として私にできることをしたいんだ」
柢王 「おまえが、やるってんなら、俺は応援する」
ティア「清き一票をお願いするよ」
答えるティアの言葉に笑いがにじむ。
柢王 「…で。本当の理由はなんなんだ?」
ティア「うーん…。やっぱり聖水作ったり手光が使えることだね」
柢王 「向こうも聖水とか手光とか言ってるみたいだけど、おまえもか?」
ティア「私には、とっくの昔に私を置いて霊界行きになってそうな親友が
いるからね。なにかと便利かと思って」
柢王 「親友だけじゃねぇだろ」
柢王の突っ込みに、ティアの顔からすっと笑みが消えた。
私は、私以外のものにはなり得ない。
だったら、守天の私のまま、守天の力を有効利用させてもらう。
そのくらいの気持ちでなければ守天なんてやってられない。
そして本音の本音は…
ティア 「守天としての私でなければ、アシュレイのそばにいられないし、
アシュレイを守れないからね……。守天ていうのは、今の私に
とっては、手段のひとつとも言えるかな」
柢王 「ま、いんじゃねぇの。だが、そのためにはまず、」
ティア 「明日、勝たないとね」
柢王 「ああ」
そう言って、顔を見合わせたふたりはともに口角の端をあげてニヤリと笑いあった。
〜〜〜 * 〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜〜
その頃の、選管部屋。
『♪シバシモ 休マズ〜』
アウ 「…歌まで覚えたのか?」
ぎょっとしながらも、デンゴン君に尋ねる。
『てぃあらんでぃあ ノ 趣味ハ 奏器ノ 演奏ナンダッテ。』
アウ 「対抗意識か?」
『?』
アウ 「いや…。アシュレイには聴かせたのか?」
『ウン。すげー!!ッテ。』
アウ 「ほう…。それはよかったな」
頬染める人形というものを、アウスレーゼは初めて見た。
アウ 「ところでな…。明日のことだが」
『ウン』
アウ 「アシュレイや桂花に、先に挨拶しておくか?」
『………』
アウ 「明日は、ゆっくり話ができる余裕などないぞ」
『ウン…』
アウ 「デンゴン君」
『イイ。明日、ソノママ 帰ル。』
アウ 「………それでよいのだな」
そのとき、ノックとともにアシュレイが入ってきた。
アー 「まだ仕事してんのかー? …アウスレーゼはともかく、
おまえは小さいのに働き者だなっ」
そう言ってニッコリ笑ったアシュレイに、頭をがしがし撫でられ、嬉しそうなデンゴン君。
アウ 「なんだその、我はともかくというのは」
アー 「だっておまえ、少なくとも俺らの10倍は生きてんだろ」
アウ 「まあな。…で、なにか用か?」
アー 「あ? ああ、ほら、俺、明日は投票所の警備に行くからさ。
ちょっとおまえらの予定も聞いとこうかと思って。
前に聞いたとき、結果を持って帰るって言ってただろ。
だから、ちょっと気になってさ…」
アウ 「そうか」
アー 「なっ、なに笑ってんだよっ!」
アウ 「いや、なにも。明日は、投票終了後、結果が判明次第、
新守天を見届けてそのまま帰途に着く」
アー 「え…」
アウ 「そなたとは、今回はこれが最後かもしれぬな」
アー 「そ、そんな急に帰らなくても…」
アウ 「約束だからな」
アー 「約束?」
アウ 「ここへ来る前、三界主天様との約束だ」
『あしゅれい…』
アー 「おまえ…っ。黙って帰るつもりだったのかっ?」
『ダッテ…我、あしゅれい ニ さよなら 言イタクナイ…』
アー 「馬鹿っ!!! サヨナラなんてな、ただの社交辞令(?)だっ!
俺とおまえが、そんなもんでどうにかなるはずねーだろっ!」
『ダッテ、さよなら ッテ、ココラヘンガ きゅっ…テシテ…。ナンダカ 苦シクナルンダモン…。』
自分の胸の辺りをぎこちなく手で押さえてデンゴン君が言う。
アウ 「…それはきっと、いろんな気持ちがそこに、デンゴン君の胸に、
あふれてきておるからなのだろうな」
『イロンナ 気持チ…?』
三界主天様は、ご自分の創った『人形』に命を吹き込み、知恵を授けられてきた。
デンゴン君は、命と、メッセンジャーとしての役割と、選挙の際の集計器としての能力を与えられた。それ以上でもそれ以下でもない。そのために創られ、そして天界につかわされた。
(ある程度の知識はインプットされておったが、ただそれだけの”人形”だった。それが、これほどまでに感情豊かになろうとは……)
アー 「…あのな。いつも寝るとき、『また明日』って言ってただろ。
あれと一緒だ。帰るんなら、『またな』って言ってけ。そしたら、
俺も「おー!またなっ」て言うから」
『マタナ…?』
アー 「おー、またなっ! ……また絶対会える、約束の言葉だ!」
『ウン…!』
アー 「……そしたらっ、俺はもう寝る。おやすみ! …また明日なっ!」
そうして、アシュレイは唐突に部屋を出て行った。
語尾が涙声だったのは、気づかぬ振りのアウスレーゼだった。
山凍 「明日は出る直前に下穿きを脱ぎ捨てていかれませんように。
あと、孔明の上でM字開脚もどきも、絶対駄目です。
……聞いておられますか? ネフィー様」
選挙運動から戻った暉蚩城。
その城内に設けられたネフロニカの選挙事務所部屋。
選管からのイエローカードもあって、今日の駄目出しを事細かにひとつひとつ挙げ連ねる山凍を、ネフロニカがじーっと見つめている。
ネフィー「フフ…。いいねぇ、そのハチマキ」
山凍 「は…?」
ネフィー「理想的な長さだ。そう思わないかい?」
山凍 「…よく分かりませんが」
長さなど、単に頭に巻いて後ろで結べればそれでよいのではないのか?
ネフロニカの真意が読めず、山凍が不思議な顔を見せると。
ネフィー「…うーん。長さはいいけど、おまえにはそんな布きれよりも
鎖とか、そういうメタリックなもののほうが似合うかな」
山凍 「鎖でハチマキは、ちょっと…」
ネフィー「あはは、バカだね山凍。誰がハチマキの話をしてるって?」
(あなたが……)
とは、たとえ口が裂けても言うつもりはない山凍だった。
ネフィー「縛るのにだよ。おまえだったら、こう…太目の鎖でもいいけど、
細めのもので手首とかグルグル巻きにして、もちろん両手は
万歳の格好で、壁なんかに張りつけてみるんだ。足も忘れず
にね。鞭の傷跡なんかあって、多少乱れた着衣から、破れて
血が滲んだ皮膚が垣間見えでもしたら……フフ」
アウ 「時間終了だ、ネフィー」
恍惚としたネフロニカと、ちょっと引き気味の山凍の目の前に、突然アウスレーゼが現れた。
山凍 「これは…お忙しいところ御足労いただきまして」
アウ 「いや、そなたにも苦労かけるな」
山凍 「いいえ。私は…苦労などとは思っておりません」
ネフィー「そうだよ、変なこと言わないでほしいね。…わざわざそんなこと
言いに来なくても、着替えたらちゃんと戻って変化を解いて、
ティアランディアと交代するよ」
アウ 「別にそなたのことを信用してないわけではない。ただ、我も一度、
遠見鏡越しにではなく、山凍殿にじかに挨拶しておきたいと
思うてな。…山凍殿、此度のこと、心から感謝する」
天界人では、唯一、ネフロニカとティアの交替事情を知る北の王に、アウスレーゼは直接会って礼を言いたいと思っていた。
山凍 「いいえ。…私は喜んでお仕えさせていただいております」
それに、と心の中でだけ山凍は続けた。
(いま目の前のネフィー様は、本当ならここに在るはずのない、やり直す術などないと諦めていた、奇蹟の生なのだ。あなたに二度と、寂しさも絶望も感じさせない。そのためなら、私は……/by:岩◎水君な山凍)
山凍 「それでは、ネフィー様。また明日、お待ち申しております。
…ひとつ言い忘れておりましたが、今日で用意しておいたポケット
ティッシュの在庫が切れました。明日からはティッシュに頼らず、
この山凍、命を賭して領民の流血を事前に阻止いたす所存です。
……ネフィー様も、さきほど私が申し上げましたこと、真剣に、
御願い致します」
この三日ほどで、ティッシュちぎって丸めて領民の鼻につめるのが得意技のひとつになってしまった山凍の、心からの訴えだった。
ネフィー「私はいつだって真剣だよ。…雛のくせに私に指図するなんて。
可愛くなくなったね、おまえは」
そうしてネフロニカは、山凍の伸びた髪を一掴みすると、起用に三つ編んで手に持った自分のヴァイオレット・ハチマキでグルグル巻きにする。
山凍 「ネフィー様…」
ネフィー「フフ、可愛い。いいかい、明日、私が来るまで解くんじゃないよ」
そう言うと、ネフロニカとアウスレーゼは消えた。
山凍 「以前も奔放な方だと思ってはいたが……」
(今は憑き物が落ちたかのように、一段と弾けられたような……)
後に残された山凍がそんなことをボーっと考えている陰で、その左耳の横に揺れる可憐な一房の三つ編みに、北の老重鎮達が涙をぬぐっていた。
ところ変わって、天主塔・執務室。(現・選管部屋)
『あうすれーぜ、ねふろにか、オカエリー』
アウ 「ああ、デンゴン君、ただいま。一人にして悪かったな」
ネフィー「あー、疲れた! それじゃあ末っ子と交代しよっかな」
そう言ったネフロニカをアウスレーゼが引き止める。
アウ 「ネフィー。そなた、実体…というか、自分の身体が欲しいのか?」
ネフィー「別に…。まあ、あればあったでおもしろいだろうけどね」
アウ 「やはり、身体がほしくて守天選に立候補したのではないのだな」
アウスレーゼの問いに、さあね、とネフロニカは興味なさそうに答えた。
アウ 「ネフィー」
ネフィー「だって、誰も立候補者がいなかったら必然的にティアランディアが
守天だったんじゃないの? だから他の兄弟たちとも話し合って、
私が代表で出たんだ」
――― 話し合って…?
もし、山凍がこの場にいれば腰を抜かしたかもしれないフレーズだ。
アウ 「だから…出た、とは?」
ネフィー「末っ子が義務だけでなろうと思うなら、代わってあげたほうが
いいかと思って」
アウ 「そうか」
ネフィー「守護主天なんて、…他の誰にもさせたいと思えるものじゃない。
でも、そんなわけにはいかないことも分かってる。……だから、
私がなろうかと思って。私がなれば、少なくとも兄弟達が助けて
くれるからね。末っ子は全部自分でやろうとするから、心も身体も
どんどん疲弊して擦り減って……見てるこっちまでつらくなる」
アウ 「良い子だ、そなたは」
ネフィー「…別に、私がつらいわけじゃない。他のお人よしな兄弟達の
話だ」
アウ 「そういうことにしておくか」
ネフィー「しておくか、じゃなくて、そうなんだよ!」
『ねふろにか モ、ヤッパリ、てぃあらんでぃあ ト 似テルカモ。』
ネフィー「はぁーーー!? どこがっ!」
『意地ッ張リ ナ トコ トカ?』
ネフィー「むかつく…。アウスレーゼ様、この人形、壊していい?」
アウ 「はは、デンゴン君は三界主天様直々の人形なのでな。壊そうと
思って壊れるものではない」
ネフィー「なんか、いっそうむかつく…」
『かるしうむ不足…?』
アウ 「…デンゴン君はどんどん賢くなるな。
ちなみに、そなたの…守護主天の身体も今の三界主天様が創ら
れたものゆえ、ある意味そなた達は兄弟みたいなものだな」
『我ノ 弟ー?』
ネフィー「なんで私が下なんだよっ。ていうか、人形と兄弟になった覚えは
ないね!」
『ソシタラ、てぃあらんでぃあ モ 我 ノ 弟ー?』
ネフィー「だから…っ! 兄弟なんかじゃないって言ってるだろっ」
『…ソシタラ、江青タチミタク、従兄弟 ナノ…?』
ネフィー「ああもうむかつくーーーー!!」
アウ 「……ネフィー。デンゴン君はまだ子供なのだぞ?」
ネフィー「子供なら、なんでも許されると思ってる? アウスレーゼ様」
アウ 「いや、そうは思わぬが。デンゴン君は、我のお気に入りでもある
のでな。いじめないでやってくれ」
ネフィー「…………私は?」
アウ 「なんだ?」
ネフィー「私は、アウスレーゼ様のお気に入りじゃないの?」
アウ 「…うーむ。」
ネフィー「どうして悩むのさ」
アウ 「…そなたは我のお気に入りになりたいなどと思ってはおらぬ。
そうではないのか」
ネフィー「…とにかく! もし私が守天になったら、ティアランディアの
身体は私のものだからね。…前はもともと私のものだったんだし」
アウ 「うーむ…」
ネフィー「…小猿もお気に入りだものね。あの子を悲しませたくない?」
アウ 「アシュレイか…」
『あしゅれい? ナニナニ? あしゅれい ガ ナニー!?』
ネフィー「なんでもないよ! …全く、ティアランディアもアウスレーゼ様も、
…この人形もっ!! みんな趣味が悪い、悪すぎるよ!」
(そういえば、彼も小猿派らしいことを言っておったな)
別所で選管の手伝いを頼んでいるひとりの青年の姿が、アウスレーゼの脳裏をよぎる。
『ダッテ、あしゅれい ッテ、最高ナンダモン』
ネフィー 「…おまえ、最高の意味知ってて言ってる?」
『当タリ前ダロ。アトネ、素敵?』
ネフィー 「はぁぁぁぁ…!? おまえ、素敵の意味分かってて言ってる?」
『当然ダロ。ソレニ、てぃあらんでぃあ ダッテ、言ッテタモン』
ネフィー 「…なんてさ?」
アウスレーゼの顔がちょっとひきつる。
『エトネ、あしゅれいハ…』
アウ 「ま、待て! デンゴン君。そこから先は言ってはならん!」
『ナンデー?』
ネフィー 「ハハーン…」
(遠見鏡でデバガメねぇ……)
ネフィー 「大丈夫だよ、アウスレーゼ様。私の口は貝より固いからね。
アウスレーゼ様たちが末っ子と小猿の情事を覗いてたなんて、
誰にも言わないよ?」
アウ 「覗いてたわけではないぞ。たまたま、な…」
ネフィー 「たまたま見ちゃったんだー。あはははは!」
『ナニナニ? ねふろにか、ナニガ楽シイノー?』
ネフィー 「なんでもないよ。…それより、ティアランディアがなんて言って
たって?」
『アノネ、』
アウ 「ネフィー。なにか望みがあるなら言うてみよ。できることなら、
……善処する」
ネフィー 「ええー? 悪いなー? じゃあ、北にポケットティッシュを
死ぬほど贈ってもらえるかな? 雛ってば、なんだか小舅
じみてきてうるさいんだよねぇ。…ま、そういうとこも可愛い
んだけどさ」
(そなたと付き合えば、誰もが小舅や小姑になるであろうな…)
気持ち若めに変化したネフロニカの嬉し楽しそうな様子に、アウスレーゼは心でそっと涙をこぼした。
翌早朝。
天主塔急便の朝一便で、北の毘沙王の元に、選管からの選挙見舞品として大量の箱が届けられた。なにごとかと驚いた山凍が開いたその巨大な箱の中には、「やわらかポケットティッシュ」の束がぎっしりと詰め込まれていた。
そうして江青がアウスレーゼにお持ち帰りされてすぐ、寝室で休憩を取っていたティアが現れた。
ティア 「遅れて悪かったね。…あれ、デンゴン君。アウスレーゼ様は?
一緒じゃないの? 江青も…いないけど……」
恒例の反省会と対策会議のはずなのに、なぜか選管委員長がいて、会議のメンバーのひとりがいない。しかも、アウスレーゼもだ。
アー 「ああ、いまアウスレーゼが具合悪いってんで江青が部屋まで
送って行ったんだ。…それよりティア! こいつ、すげぇんだぜっ!」
(アウスレーゼ様を部屋へ…?)
喜々としてデンゴン君の特技について語ろうとするアシュレイに隠れて、ティアはそっとため息をもらした。
珀黄 「守天様…、江青になにか…?」
ティア「え…ああ、なんでもないよ」
珀黄 「ですが…」
ティア「本当になんでもないから。
…………アウスレーゼ様だってプラトニックって言ってたし」
小さくもらした言葉を近頃不安倍増中の珀黄は、聞き逃さなかった。
珀黄 「プラ と ニック…!? アウスレーゼ様のお部屋には、他にも
どなたかいらっしゃるのですか?」
ティア「え!? あ、いや…そういう意味じゃなくて」
武闘派の思考回路は似ているらしい。
従兄弟を心配するあまり、アシュレイと同じ発想で、なんだか変な勘違いをしている(ある意味その不安は自体は正しいのだが)珀黄に、どう説明すればいいものか…とティアが躊躇していると…
アー 「ほらな! やっぱり、プラ と ニック って奴がいるんだ!」
『あしゅれい、スゴーイ!』
結局あのあと遊びに興じてしまい、桂花に「プラトニック」の意味を尋ねそこねたふたり(一人と一体?)が、珀黄発言に勝手に確信しているのが目に入る。
ティア 「え? なに? アシュレイのなにがスゴイって!?」
そんなアシュレイとデンゴン君に気をとられかけたティアに、なおも珀黄がすがりつく。
珀黄 「守天様…。こ、江青には、妻も子もいるのです…っ」
ティア「し、知ってるから…。
えーと…ほら、アウスレーゼ様はデンゴン君と同じお部屋だから、
たぶん珀黄が心配するようなことはなにも…、ね?」
珀黄 「わ、私がなにを心配していると…っ!」
『我、寝チャウト ナニ ガ アッテモ、ワカラナイケドー』
珀黄 「ナニ!? ナニ がって…なにかあるんですかっっ!?」
デンゴン君の一言で、珀黄の不安はさらに倍。
桂花 「助けてあげないんですか」
柢王 「うーん…なにをどう助けりゃいいのか。…なぁ?」
他人事のように笑って、いちゃつく二人。
そして、いつもなら↑そんなふたりにすかさず突っ込むアシュレイも、白熱する珀黄の突っ込みの完全なる傍観者となっていた。
アー 「…やっぱ、3人でって意味だったんだな」
『あしゅれい。我ニモ 詳シク教エテッテバ』
アー 「…いや、おまえにはまだ早い。大人になったら自然と分かることだ
から、な?」
『エエー! ソンナノ ヤダ。我モ、あしゅれいト 同ジコト 知リタイノニィィ…』
アー 「……ああもう、おまえってば可愛すぎ!!」
駄々をこねて拗ねるデンゴン君が、今日もアシュレイのツボにハマったらしい。拗ねてじたばたするデンゴン君を、無理やりギューギュー抱きしめる。
『ウワッ、ク、苦シイヨーあしゅれい』
アー 「あははははっ」
ティア「………珀黄。」
珀黄 「は、はい…?」
それまで珀黄をなだめる一方だったティアの、突然の地を這うような低い声に、珀黄、三度(みたび)びびる。
ティア「珀黄。私はさっきから『大丈夫だ』と『心配ない』と、何度も
言ったね。なのに君は私の言葉を信じない。…私の言葉が
信じられないほど、いったいなにを心配しているのか、
私に理解できるように、4000字以内にまとめて明日一番で
提出してくれ。では解散」
珀黄 「守天様……?」
温厚(?)な守天の打って変わった冷え冷えとした口調に、珀黄はやっとのことで我に返り青くなる。
柢王 「おまえのせいじゃないって。…さ、部屋に戻って休め。俺達も
退散すっから」
そうして、柢王、桂花、珀黄と、事務所部屋を後にする。
アー 「んじゃ、俺達も行くかっ」
デンゴン君とともにアシュレイも部屋を出ようとすると。
ティア「アシュレイは残って。話があるから」
『ソシタラ 我モー』
ティア「デンゴン君はいいから。部屋に戻って」
『デモ…今 戻ルト、我、昆虫 ニ ナッチャウカモ…』
アー 「え!? おまえ、虫に変化できるのかっ!?」
『分カンナイケドー。あうすれーぜ ト 江青 ノ トコニ行クト、おじゃまむし ニ ナッチャウンダッテ…。虫 ニナッテモ、マタチャント 我ニ戻レルカナァ…』
アー 「おじゃまむし…」
ティア「デンゴン君。絶対、虫にはならないから、部屋に戻って、江青に、
珀黄が呼んでるよ、って伝えてくれないか」
『オ願イー?』
ティア「お願いだ」
『分カッター。ソシタラ、あしゅれい、マタ明日ー!』
ティア「…………」
アー 「お邪魔虫なんてっ…。子供に変なこと教えたのは、柢王だなっ。
…明日、きっちりシめてやんねーとっ」
ティア「アシュレイ」
アー 「なんだ」
ティア「君は、私とデンゴン君と、どっちが大事?」
アー 「・・・・・・・」
ティア「…呆れてる? 私だってバカみたいだと思うよ。けど、君、
選挙が始まってから絶対私といるよりデンゴン君と遊んでる
ほうが多いし…。私の前で見せつけるし…」
アー 「はーっ!? なんだ、その見せつけるって!!」
ティア「お風呂だって結局一緒に入ってくれなかったし」
アー 「…風呂って。おまえは馬鹿かっ…!!」
ティア「どうせ馬鹿だよ。………私も人形だったらよかった」
アー 「…………」
ティア「そしたら、一日中君と一緒にいられるのに………」
アー 「……でも、俺は人形とエッチはしねーぞっ」
全身真っ赤に染め上げて、最大譲歩でアシュレイが言う。
ティア「…私とは、する? してくれる?」
アー 「ぎゃーーーーーー!! んなこと、マジに訊くなっっ!!」
自分で振ったくせに、相手から言われるとどうにもサブイボが出てしまう、アシュレイだった。
翌朝。
昨夜、江青が無事部屋に戻り胸をなでおろしたのも束の間、守天の静かなる怒りが気になり、徹夜で仕上げたレポートを持って、珀黄は充血した目で臨時執務室の扉の前に立っていた。
そして、いざノックをしようとしたとき、中から扉が開き、当の守天が現れた。
「…お、おはようございます、守天様!」
緊張の面持ちでそういえば、
「おはよう、珀黄。いい朝だね」
いつにも増して肌つやのいい、ご機嫌な様子。
これならいけるかも!(?)と、レポートを差し出そうとすると…
「こんなに素敵な朝は久しぶりだよ。……珀黄、君にも祝福を」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
光の化身が向けたまばゆい微笑と、突然の抱擁が珀黄を襲った。
最近貧血気味だった珀黄は、そのまま一瞬で凍り付いていた……。
「目指すは、パラダイス――!!
(左手腰に、右は突き上げた拳に人差し指を立て、
不敵で妖しい笑みを浮かべた仁王立ちネフィーの写真)
雇用促進を第一に考える、ネフロニカ です。」
「クリーンな天界を、あなたとともに……。
(まなざし落としのドアップ・ティアの写真)
ティアランディア・フェイ・ギ・エメロード」
選管チェックが入ったらしく、思ったより普通のポスターが街中に張られている。たまに剥がされているのは、候補者の熱烈なファンか、それとも危険なアンチか……。
さて。
選挙戦も中盤に入った、ある夜のティアの選挙部屋。
桂花 「あちらの方、昨日の個人演説会では、背中にありえないくらい
大きな羽根を背負ってたらしいですね」
柢王 「北じゃ、そのためにダチョウ2000羽絞めたって話のか?
……馬鹿馬鹿しい」
冗談だろ、そりゃ。と、この事務所部屋へ来しな、廊下で小耳に挟んだ使い女達の立ち話を思い出し、柢王が呟く。
アー 「…に、にせん…って、う、嘘だろ…っ」
だが、動物好きなアシュレイにそんな冗談は通じない。
桂花 「…珀黄殿は、昨日は偵察には?」
珀黄 「一般道や広場とは違い、個人演説会へは、ちょっと……。
ただ、演説会帰りの者に聞いてみたところ、異様に…いえ、非常に
派手だったと。衣装替えも数回あったそうです。確かに、関係者の
会場入りの際、大量の衣装ケースが運び込まれておりました」
柢王 「…演説会で衣装替え?」
いったいどんな演説会だったんだ? と、柢王はもちろん桂花も隣で呆気に取られる。
江青 「そんなことのために2000羽の命を…? 山凍様に限って、
そんな…まさか…っ」
桂花 「ただの噂ですよ。第一この選挙の実施自体、突然決まったもの
だし、ダチョウを絞めて…なんて、そんな時間なかったでしょう。
そもそも2000羽なんて数字、いったいどこから…」
そんな数字が出ること自体、眉唾物だ。
だが、呆れたように呟く桂花とは反対に、江青の顔色は依然冴えなかったし、アシュレイの表情も固いままだ。
珀黄 「こちらも街の噂ですが。
……聖水も手光も、作ってナンボ、人を治してナンボのもの。
ネフィー様当選の暁には、長生きで楽しい老後が待っている。
今の守天様のケチケチした聖水作りや出し惜しみの手光など、
綺麗さっぱりおさらばして、ネフィー様とともにこの天界を
至上のパラダイスに!……という声がありました。
実際、あちらのマニフェストでは、雇用促進以外の目玉として、
聖水はもちろん、特に手光に対する、今の守天様への批判と、
全ての者達が平等に手光を受ける権利を持つ、手光チケット制の
導入が謳われています」
柢王 「雇用促進って、男の使い女とかいう奴だろ?」
珀黄 「はい…」
桂花 「そんな話、前にもありましたねぇ…」
いったい、天界人というのはなにを考えているのやら…と呆れたように桂花が呟く。
江青 「雇用促進だなどと…。選挙の結果如何では、早々にリストラの
危機に直面する可能性が高い『天主塔使い女協会』はもちろん、
『全使い女協会』は、現守天様派だと聞いております!」
柢王 「ティアの奴、使い女に人気あるしな〜」
そう言って笑いながら柢王が、桂花の淹れてくれたお茶を一口飲もうと碗を口に持っていく……と、一滴もない。おや? と思う間もなく、部屋の気温が急上昇しているのを感じた。
アー 「…ざけんなっ!!」
柢王 「アシュレイ?」
(守天の…ティアへの批判だと…っっ!?)
アー 「聖水だって手光だって、そんな簡単にできると思ってんのかっ!?
アイツはいつだって、自分を後回しにして自分にできる以上のことを
やってきた。山ほどの仕事を、朝から晩まで、休む間もなく…っ。
アイツは…ティアはっ、いつもいつも限界まで無理して頑張って、
守天やってきたんだ…っっ!!」
昔から、いろんなことを我慢して、堪えて、それでも天界や人界のために頑張ってきたティア。
(守天としてのティアの苦労を一番わかってるのは俺だ…!!)
そんな思いが、アシュレイの拳を震わせ、その真っ赤な眼をなお赤く潤ませる。
アー 「…そんなことも分からねぇ奴らに、天界を任せられるもんかっ!
ティアだけが、唯一無二の守護主天だっ!!」
悔しくて悔しくて……。
なにより、ちゃんと言葉で伝えられない自分に腹が立つ。
ティアはずっと頑張って守天やってきたのに……。
「……けど、」
それだけのために生きてるわけでもねーんだ……。
アシュレイの力ない呟きが、小さく部屋に響いた。
柢王 「まあまあ…。熱くなるのも分かるけどな、選挙ってのは結局足の
引っ張りあいだ。煽ったり煽られたり、のせたりのせられたりだ。
出所の知れねぇ噂話くらいで、わだかまりを残すんじゃねーぞ。
それとな、死ぬほど暑いんで、もうちょっとばかり涼しくしてくれ」
アー 「……てめぇっ!」
いつもは頼りになる柢王の冷静さに、今は憎しみさえ感じる。
「柢王殿の言うとおりだな」
アー 「アウスレーゼ…!」
いきなり現れたアウスレーゼに、アシュレイや柢王・桂花と違い、やはりなかなか慣れない珀黄は一瞬びびったが、それ以上に何度遭遇しても慣れない従兄弟の江青の腰を抜かし椅子からずり落ちんばかりの驚きように、珀黄はすばやく反応し、従兄弟の腕を掴み引き寄せる。
アウ 「…………」
珀黄 「え…? わ、私ですか? 私が、なな、なにかっ…!?」
突然現れた美貌の選管委員に無言でじーっと見つめられ(←ちょっと違う)、珀黄は再び、びびった。
『あうすれーぜ、残念ー?』
アウ 「いや…まあな。…ふ。それにしても、デンゴン君は人の表情をよく
読む子だな」
苦笑交じりにそう言って、用件を口にした。
「アシュレイ。選挙は、そなた達だけのものではない。たとえば今ここに候補者である守天殿がいるとする。その守天殿の周りには、守天殿を応援するそなた達がいる。そしてまたその周りには、守天殿を支持する無数の者達がいる。そなた達が知っている者もいれば、名前も顔も知らない者もいる。ただひとつ、守天殿を当選させたいと願う心だけで繋がる者達だ。だがその一心で、もしかしたら、あちらの新人候補や北に不利な行いをする者がおるやもしれぬ。ありもしない情報を流してあちらの妨害を考える者がおるやもしれぬ」
アー 「そんな奴いるもんかっ!!」
アウ 「たとえばの話だ」
アー 「…くそっ」
アウ 「同じようなことが、あちらでも起きていたりしてな」
アー 「まさかっ…」
アウ 「可能性の話だ。だがもしあったとしても、北の山凍殿は、
それでそなたや守天殿に不審を感じるような男なのか?」
江青 「いいえ! いいえっ、山凍様は、北の毘沙王様は、決して
そのような器の小さな方では…っっ!!」
江青の必死な声に、アウスレーゼはそっと微苦笑を浮かべた。
アー 「わかった。俺が浅慮だった。…山凍は、そんなことする奴じゃねぇ。
ダチョウだって…」
あの孔明があれほど信頼している北の王なのだ。
たかが装飾のために、そんな非道なことをするはずがない。
というか、アシュレイは忘れているようだが、ダチョウは北にはいない。南と東の境界辺りの草原に生息しているため、北だけの意向でどうこうできる鳥ではなかったりする。
柢王 (ちょっと考えりゃ分かることだっつーの…。/笑)
アウ 「うむ。この天界を争わせるための選挙ではないのだ」
アー 「……ん」
アシュレイの意気消沈ぶりに比例して、部屋の気温が下がり始めた。
皆がホッ…と安堵の息をついた、そのとき。
『………あしゅれい?』
(ドウシタノ…?)
アウスレーゼに対して力なく頷くアシュレイに、デンゴン君は考えた。
結果――――。
――――――― ビィィィィィ……ッッ!!
アウ 「どわっ…!! デ、デンゴン君っっ!?」
デンゴン君の銀の双眸が光ったと思った瞬間、アウスレーゼ目掛け一直線に眼光ビームが発射された。
『あうすれーぜ、あしゅれいノコト、イジメルナ!』
アウ 「こっこれは、いじめたのではないぞ…こらっ…!
や、やめなさいって」
アー 「…スゲーっっ!!」
ビーム連射のデンゴン君と、不思議な踊りを踊っているかのように飛び跳ねるアウスレーゼを見つめるアシュレイの目は、きらきら輝いていた。
アー 「おまえ、すげぇなっ!!!」
アシュレイの弾んだ声で、デンゴン君のビームが止まった。
『……我、スゴイ?』
エヘ♪ という照れ笑いが聴こえてきそうな人形に、駆け寄り感動しているのはアシュレイだけで、他は全員、ひいている…。
江青 「アウスレーゼ様っ…大丈夫ですかっ…!!」
アウ 「…あ、ああ。すまぬ、江青」
江青 「いえ、いいえ! いつも私のほうが…」
アウ 「悪いが、少々めまいがするので、部屋まで送ってはくれぬか」
江青 「お部屋…へ?」
アウ 「ああ、頼む」
江青 「は、はい…」
――――グッジョブ、デンゴン君!!
桂花 「…柢王、」
柢王 「ああ……」
アウスレーゼの声なき声が聴こえた気がして、ふたりは思わず声をかけあった。
その日(告示日)の夜遅く。
ティアの選挙事務所部屋では早速、「反省会と明日以降の傾向と対策会議」が開かれていた。
メンバーは、ティア、アシュレイ、柢王、桂花、江青、珀黄の6人。
アー 「なにーっ! 北は孔明に乗って回ってただとー!?」
ティア「お、おちついて…アシュレイ」
デンゴン君による公職選挙法では、選挙運動のために隊列を組んで往来するなどの気勢を張る行為は禁止されている。そのためティアは、人数を極力おさえていた。
陣営のイメージカラーである、白にちなんだ白馬にまたがりゆるやかなお手振りで領民達の心を掴むティアと、その周りをガードするアシュレイと天主塔警備からの有志数名(白のハチマキ着用)、そしてその両側では天主塔使い女協会からの派遣使い女ふたりによって、ティアの『微笑みチラシ(香りつき)』が配られた。
南の主だった町のいくつかを回り、その先々の広場で演説し、その際軽く握手会のようなものもした。
そんな地味ーな活動だった。(アシュレイ比)
負けず嫌いでお祭り好きなアシュレイにとって、北が黒麒麟を出してきたことは、明らかに自分達の戦略負けを意味していた。
だがなにより神獣である麒麟を、ましてやマブダチ孔明がそんなことに使われたということこそが、アシュレイには許せなかった。
江青 「アシュレイ様は見ないほうがよろしいかと思いますが…………、
これが珀黄が隠し撮りしてきたあちらの活動報告Vです」
(珀黄、そんなスパイ活動みたいなことしてんのか…!?)
と一瞬アシュレイの気勢がそがれかけたかと思いきや……。
珀黄がハンディカメラから取り出した活動報告Vの映像と音声がプチ遠見鏡に映し出されるや否や、一気にアシュレイの怒りが沸点に達した。
「孔明に…俺の孔明に…なにやらせてんだーーーーーーーーっっ!!」
(俺の……?)
瞬間、アシュレイの発言の中の所有格に、ピンポイントで反応したティアの表情筋がにわかにひくついたが、その孔明にまたがる人物の格好に、ティアは顎が外れそうになった。
--- + --- + ------- + --- + ------ + --- + ----- + ----
山凍 「ネフィー様っっ、孔明の上でポーズはいいです…っ。
普通にお手振りだけにして下さい…!!」
ネフィー「だって皆喜んでるじゃないか。サービス、サービス」
山凍 「ああっ…!! 駄目ですっ…! 出血多量の前に、お年寄りの
心臓が持ちませんーーーーっっ…」
ネフィー「うるさいなー」
山凍 「だ、だからポーズは…っっ…ネ、ネフィー様っっ、しししし、下に
なな、なにも……? なななまあし……!? ……ひ、」
ひーーーーーーーーーーーーーっっっ……!!!!
--- + --- + ------- + --- + ------ + --- + ----- + ----
と言う山凍(?)の大絶叫で、Vは切れた。
ちなみに、執務室を選管に譲っているため、遠見鏡が使えないティアのために、持ち運び便利なプチ遠見鏡がアウスレーゼから特別に無料貸し出しされている。
柢王 「………な、なんか、凄そうだな、向こうは」
桂花 「も、盛り上がってる…というのでしょうか、あれも」
珀黄 「…私は、いつ山凍様の血管が切れるか…もう心配で心配で…。
この身をかけて、ネフィー様をお止めに行こうかと何度も
思いかけましたが……」
柢王 「……このV、ところどころ、妙に真っ赤な飛沫が飛んでんだよな…」
珀黄 「申し訳ございません…! 私の……鼻血です」
桂花 「………おつかれさまでした。珀黄殿」
なんと言っていいか迷った挙句、桂花は一言だけ声をかけた。
ティアとアシュレイにいたっては、言葉もない。
ティア(………暴挙は許さず、とお願いしたのに…っっ)
アー 「…………けて、たまるか」
江青 「…え? アシュレイ様、いまなにか?」
アシュレイの地を這うような低い呟きに江青が訊き返せば、一瞬、アシュレイの身体を炎が包んだ。
「こっちは、明日はギリで行くぞっっ!!」
柢王 「…ギ…リ、って…。待て、落ち着け、アシュレイ!」
桂花 「…死人が出るんじゃないですか」
アー 「そこらじゅうに結界張って、万全でやれば大丈夫だっ!」
珀黄 「だ、大丈夫なんですか…っっ?」
柢王 「ンなはずねーだろ、たぶん」
蒼白な珀黄に小声で訊かれた柢王は、あっさりと答える。
実際のところ柢王は、選挙の勝ち負けに興味はなかった。
それよりも…。
(ティアは、本当に守天になりたいと思ってんのか…?)
守護主天としてのティアを常々気にかけていた柢王は、ティアの真意を測りかねていた。
アー 「…あんなに速く飛べて、あんなに綺麗で誇り高い奴なのに…
許せねえ!!」
珀黄 「申し訳ございません…!」
江青 「ですが…」
珀黄 「江青っ!」
柢王 「いいから話せ、江青」
差し出口を珀黄に咎められた江青だったが、柢王に促されて口を開く。
江青 「麒麟は、ネフロニカ様の勧めにより山凍様のおそばにあるもの。
山凍様の願いもあるでしょうが、麒麟は自らすすんでネフロニカ様を
乗せていらっしゃるのかも……」
柢王 「……おまえら、江青も珀黄も、向こうの新人、知ってんのか?」
江青 「…………」
珀黄 「いえ……あの…っ」
言葉をなくした江青に代わり口を開きかけた珀黄だったが、なんと言えばいいか分からない。
というか、なぜ先代守天のネフロニカが、昔と変わらぬ姿で突然暉蚩城に現れたのか、全くもって分からないのだ。
桂花 「…そういえば、前にこちらが『淫魔の城』と呼ばれていた御代の、
その当時の守天殿の名前が、たしかそんな名前だったような」
桂花の言葉に、柢王も以前執務室で見た目録を思い出す。
柢王 「あ、そーだそーだ! 『男殺し』とか呼ばれてた守天の名前が
そんなんだった!」
アー 「…いんま? おとこごろし?」
先代のこととはいえ、天主塔と守護主天に関わることなので、その場の全員の目がティアに集まる。
ティアも、そろそろ隠しておくのは無理かと思い、だが、なんと説明すればよいものかと迷ったとき。
『ソコマデー!』
江青 「…ひ、ひゃあーーーーっっっ…!」
アウ 「…セーフ。そなたは、本当に危なっかしくて目が離せぬな」
言葉どおり、いままで投票準備の作業の傍ら、執務室の遠見鏡からこの選挙事務所部屋を覗いていたアウスレーゼとデンゴン君。
なにやら話の流れがヤバそうだったので、イエローカードの提示に現れたのだった。
江青 「あ、アウスレーゼ様。…いつも申し訳ございません」
驚きで椅子からずり落ちそうになった江青を抱きとめたアウスレーゼは、満足そうにそのまま膝抱きにして椅子に腰掛けようとする。
珀黄 「…こ、江青…!?」
妻子のある、いい大人である従兄弟が謎の男(だが、位は高そう)に妙な姫扱いを受けている。
珀黄 (……わ、私はどうすれば……っっ!?)
『あうすれーぜ、今、投票ノタメノ作業ニ チョット疲レテ飽キテキテタ。ストレス発散ノタメ、カワイイモノ、愛デタインダッテ。』
珀黄 「ぅわっ!…は、はいっ、わわわかり…いえ、かしこまりてございます!!」
突然、最上界の神(?)に言葉をかけられ、珀黄の心中はてんわやんわだ。
アウ 「それで、新人候補のネフロニカのことだが。彼については、一切
詮索無用。確かに、先代守天と関わるものではあるが、そのことに
ついての他言も厳禁だ。北の山凍殿と珀黄と江青以外は、この
天界で先代についての記憶はないことになっておるのでな」
その場の全員が、それきり誰もなにも言わなかった。
静かに怒るティア以外は。
ティア「……アウスレーゼ様。」
アウ 「ど、どうした、守天殿」
ティア「………あの、あちらの方のふしだら極まりない選挙運動に対して、
どうしてレッドカードを出されないのか、理由をお聞かせ下さい。
なんでキリキリ取り締まらないのか、そのわけを、ご説明下さい。」
アウ 「いや、それは、その…」
『不特定多数ニ対シテノ 行為ナノデ あうすれーぜモ 迷ッテタ。』
ティア「迷うもなにも…。デンゴン君も、選挙運動中のワイセツ行為に関する
規制はないんですか…っ?」
『…わいせつ…ッテ?』
アウ 「ああ、まあ、なんというか、取り締まるべき不適切な行為、という
意味だ」
『…我ノ セイ?』
アウ 「いや、デンゴン君のせいではない。気に病むでないぞ」
ティア「…確かにデンゴン君の責任ではないかもしれませんが、あの方が
立候補した時点で、アウスレーゼ様なら予測できたことなのではあり
ませんか? どうしてデンゴン君に進言なさらなかったんですか!」
アウ 「いや、すまぬ…! あ、明日からは、北に申し付けておくゆえ…」
アー 「ティア、ティア…落ち着けって。心配するなっ。明日は俺も、もっと
頑張るからさ! 絶対、おまえを勝たせてやる…!」
ティア「アシュレイ……」
アー 「おまえ、今までずっと天界と人間界のために頑張ってきたんだ
もんな。絶対、俺が負けさせねえ!」
ティアの今までにないアウスレーゼへの怒涛の突っ込みに、アシュレイはティアの守護主天という尊い立場と仕事への思いと責任を目の当たりにした気がした。
そして、声に出すとともに、心に誓った。
必ず、ティアを守天にすると――。
そんなアシュレイを見て、柢王は思った。
……勘違いは守天を救うと。
『あしゅれい…』
アー 「大丈夫だって。心配すんな。ティアももう怒ってなんかないから。
…そうだ、おまえ、今夜はもう仕事終わったのか? もし終わった
んなら、あとで俺と一緒に風呂でも入るか?」
『ふろ…ッテ、ナーニ?』
ティア「アシュレイ!!」
アー 「…な、なんだよ、いきなり大きな声で」
ティア「だ、駄目だよ。デンゴン君は…、そう、きっと水気厳禁のはずだよ。
……そうですよね、アウスレーゼ様」
ティアの迫力の問いかけに、アウスレーゼも逆らえない。
アウ 「う、うむ。風呂は、守天殿と入れ、アシュレイ」
アー 「なっなっ…なんで俺がティアと…っ!!」
真っ赤になったアシュレイに、よくわからないが残念なデンゴン君。
『我、駄目ナノ? あうすれーぜ』
アウ 「また明日、アシュレイに遊んでもらえばよいではないか」
『ウン。ソシタラ、あしゅれい、マタ明日。我、仕事ニ戻ル。』
アー「おう、また明日な!」
アウ「では、失礼する。…江青、またな」
そういうと、ふたり(?)は現れたときと同様、あっという間に消え去った。
珀黄 「…なぜ江青にだけ?」
江青 「さあ……」
不審がる珀黄をよそに、江青の頬はほんのり赤く染まっていた。
(…妻帯者殺し)
柢王と桂花とティアの心の声は、幸い(?)誰にも聴こえなかった。
『天主塔ニュースの時間です。今日告示された守護主天選挙は、現職のティアランディア・フェイ・ギ・エメロードと、新人のネフロニカ・フェイ・ギ・エメロードが立候補し、現職と新人の一騎打ちとなりました。第一声はそれぞれ、現職が天主塔前、新人が北領・暉蚩城前で、午前と午後という時間差で行われました』
柢王 「とうとう始まったか〜」
桂花 「…あなた、まだこんなところにいたんですか」
扉を開けて中に一歩踏み入れた途端、どこかのんびりとした口調に桂花は顔をしかめた。
こんなところ、とは、天主塔・臨時執務室。
守天選の間は、選挙管理委員会が執務室を使うことになったので、別室に臨時執務室が設けられた。
おかげで桂花は、要りようのものがあるたびに、執務室と臨時執務室の往復を余儀なくされている。
桂花 「今日は文殊塾で剣術指南の授業がある日だったんじゃ?」
柢王 「あれな、再来週の分とまとめてすることにした」
桂花 「…またいい加減な」
柢王 「つーか、四海が休んでいいってさ。たぶん、ティアの味方になって
やってくれってことなんだろ。でも表立って動くとうるさいからな〜」
…血の繋がったかまびすしいハエがあなたにはいらっしゃいますからねぇ。と心で思ったが、桂花はただ柢王を冷たく見るだけに留めた。
桂花 「だったら、ここじゃなくて事務所部屋に行って江青殿の手伝いでも
してきたらどうですか」
一応柢王は、三男とはいえ東領の王子なので、とりあえず裏方でティアを支えようと……思っているらしいのだが、選挙事務所ではなく、たいていこの臨時執務室に入り浸っている。守天の仕事の分類・整理をしている桂花のそばでくつろぎっぱなしの毎日だ。
柢王 「江青かぁ…。お邪魔虫にはなりたくねぇしなー」
桂花 「は?」
柢王 「そりゃそうと、なんでティアは朝から晩まで帰ってこないんだ?」
選挙期間中、ティアは午前中は選挙で天界中を走り回っているようなのだが、午後には戻ってきているはずなのに、なぜかいつも姿が見えない。
『ソレハ、秘密デス。トリアエズ 言エルコトハ、公職選挙法デ 定メラレタ 約束ダカラ、デス。候補者ハ、皆、平等。』
実は、柢王が気づいてないだけで、ティアは一応戻ってきている。ただ速やかに執務室で新人候補と交代し、遠見鏡から北に直行しているだけで。
桂花 「…なにか御用ですか?」
突然現れたデンゴン君に、一瞬目を見張ったものの柢王も桂花も冷静だ。
『あしゅれい、知ラナイ?』
桂花 「…いませんよ、ここには」
『嘘。つんつん、あしゅれいト友達。つんつん、あしゅれいニ 会ワセテ』
桂花 「なんで吾が友達なんですか。吾と彼とはいつも喧嘩ばかりでしょう」
『ダッテ、喧嘩スルホド 仲ガ 良イッテ』
桂花 「誰が」
『あうすれーぜ ガ。』
桂花 「残念ですが、大嫌いです、お互いに」
『…キライ キライ モ、好キノ ウチッテ』
桂花 「誰が」
『あうすれーぜ ガ。』
桂花 「とにかく、猿はいませんよ」
『サル…? ナニ、ソレ??』
柢王 「猿ってのはな、馴れればすっげぇ可愛いんだけど、喜怒哀楽が
激しくて、なかなか手に負えない野生の生き物のことだ」
『フゥーン…』
柢王 「ところで、その、ツンツン、てのは桂花のことか?」
桂花 「そうですよ」
デンゴン君より早く桂花が応える。
柢王 「…どういう意味だ、そりゃ」
桂花 「別に」
柢王 (別に…って)
そんな妙な名前で呼ばれて桂花がなにも言わないのはおかしい。
『アノネ、』
桂花 「教えなくていいです」
柢王 「や、教えてくれ!」
『…ドッチ?』
柢王 「桂花は知ってんだろ? だったら俺にも頼むっ!」
『つんつん、イーイ?』
桂花 「……お好きなように」
『アノネ、』
柢王 「うんうん」
デンゴン君、柢王と桂花を交互に見て、口を開く。
『教エナーイ』
柢王 「……なんじゃ、そりゃーーー!!」
柢王も、どうしても知りたいというほどではなかったが、思わぬ肩すかしにがくっとくる。
『つんつん、あしゅれい ハ?』
桂花 「今日は、守天殿と一緒に南の領内を回ってるはずなので、そろそろ
戻ってきますよ」
なんだかんだ言いつつ、桂花もデンゴン君に親切だ。
『帰ッテキタラ、遊ンデクレルカナー』
桂花 「ここに寄ったら伝えておきます。あなたもお仕事に戻って下さい」
『分カッター。民主主義、バンザーイ!』
そういい残し、デンゴン君はスルッと消えた。
そして、ここはティアの選挙事務所部屋。
仕事に戻るはずのデンゴン君。
これまたティアの選挙部屋に入り浸っているアウスレーゼを呼びに来たらしい。
『アレ? 江青、寝チャッタノ?』
アウ 「疲れておったみたいなのでな。休ませた」
『…ドウヤッテ?』
アウ 「子供は知らなくていいことだ」
『……オ邪魔虫?』
アウ 「ん? なにがだ?」
『分カンナイケド、サッキ 覚エタ。つんつん ノ 相方 ガ、ココ来ルト オ邪魔虫、ッテ。我、今、昆虫?』
アウ 「……いや。大丈夫だ。デンゴン君はデンゴン君のままだ。
安心しなさい」
『ヨカッター』
なにがよかったのか、アウスレーゼにも分からないが、デンゴン君がよかったのなら、まあいいか、と思っておくアウスレーゼだった。
アウ 「ところで、アシュレイには会えたか?」
『あしゅれい、てぃあらんでぃあ ト、オ仕事ダッテ。』
アウ 「ああ、選挙運動中か。臨時執務室に誰かおったのか?」
『つんつん ト 相方』
アウ 「桂花と柢王か…」
そういうと、アウスレーゼはククッ…と笑った。
アウ 「デンゴン君くらいだろうな。そんな呼び方で許されるのは」
『ナンデー?』
アウ 「…まぁ、その愛称の由来があの魔族の気に入ったのだろうな」
『ナニガー?』
デンゴン君にはよくわからない。
三界主天様・作で、そのメッセンジャーで、自称・神ではあっても、創造されたばかりのいわば赤子同然なのだ。
その頃。
夜中戻ってきた守天が、溜まった書類の処理を少しでも早く終えられるよう、鋭意分別作業中の桂花が孤軍奮闘する臨時執務室。
柢王 「ヒマだなー。なぁ、桂花ぁ…」
桂花 「吾はヒマじゃありません」
柢王 「俺はヒマなんだって。なぁ…桂花……桂花って。……け、い、かっ」
そう言って、作業中の桂花のすぐ横においた長椅子に寝そべった柢王が、桂花の髪を指に絡めて甘えてくる。そうしてそのまま絡めた髪を自分の口元に持って行ったり、軽くひっぱってみたり。
柢王 「お茶にしようぜ。なっ、桂花」
桂花 「…………わかりましたから、ひっぱらないでください」
根負けして、手にした書類の束を置いた桂花は、ふと人形の言葉を思い出した。
『髪ノ毛 つんつん ヒッパラレテ、ナンデ嬉シソウダッタノ? 痛クナイノ?』
意外な言葉に、自分がなんと答えたのか覚えていないが、続いた人形の言葉は覚えている。
『ダッタラ、我ハ つんつん ッテ呼ボウット。ソシタラ つんつん サレテルミタイニ 嬉シク思ウー?』
柢王にされてることだから自分は嬉しく感じるのだろうと思ったが、人形の言葉がなんだか微笑ましかったので、桂花はつい「お好きなように」と応えてしまった。
柢王 「…そういや、ツンツン、ってさ、おまえがツンケンして見える、ってこと
だろ? 失礼な人形だよなー」
桂花 「・・・・失礼なのはあなたでしょう」
柢王 「はーっ!? なんだよ、それっ。…桂花っ、桂花って!」
そっぽを向いてしまった桂花の髪をツンツンひっぱって訊く。
それが答えですよ、なんて絶対教えてやらない。と、桂花は思った。
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