投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
そうして江青がアウスレーゼにお持ち帰りされてすぐ、寝室で休憩を取っていたティアが現れた。
ティア 「遅れて悪かったね。…あれ、デンゴン君。アウスレーゼ様は?
一緒じゃないの? 江青も…いないけど……」
恒例の反省会と対策会議のはずなのに、なぜか選管委員長がいて、会議のメンバーのひとりがいない。しかも、アウスレーゼもだ。
アー 「ああ、いまアウスレーゼが具合悪いってんで江青が部屋まで
送って行ったんだ。…それよりティア! こいつ、すげぇんだぜっ!」
(アウスレーゼ様を部屋へ…?)
喜々としてデンゴン君の特技について語ろうとするアシュレイに隠れて、ティアはそっとため息をもらした。
珀黄 「守天様…、江青になにか…?」
ティア「え…ああ、なんでもないよ」
珀黄 「ですが…」
ティア「本当になんでもないから。
…………アウスレーゼ様だってプラトニックって言ってたし」
小さくもらした言葉を近頃不安倍増中の珀黄は、聞き逃さなかった。
珀黄 「プラ と ニック…!? アウスレーゼ様のお部屋には、他にも
どなたかいらっしゃるのですか?」
ティア「え!? あ、いや…そういう意味じゃなくて」
武闘派の思考回路は似ているらしい。
従兄弟を心配するあまり、アシュレイと同じ発想で、なんだか変な勘違いをしている(ある意味その不安は自体は正しいのだが)珀黄に、どう説明すればいいものか…とティアが躊躇していると…
アー 「ほらな! やっぱり、プラ と ニック って奴がいるんだ!」
『あしゅれい、スゴーイ!』
結局あのあと遊びに興じてしまい、桂花に「プラトニック」の意味を尋ねそこねたふたり(一人と一体?)が、珀黄発言に勝手に確信しているのが目に入る。
ティア 「え? なに? アシュレイのなにがスゴイって!?」
そんなアシュレイとデンゴン君に気をとられかけたティアに、なおも珀黄がすがりつく。
珀黄 「守天様…。こ、江青には、妻も子もいるのです…っ」
ティア「し、知ってるから…。
えーと…ほら、アウスレーゼ様はデンゴン君と同じお部屋だから、
たぶん珀黄が心配するようなことはなにも…、ね?」
珀黄 「わ、私がなにを心配していると…っ!」
『我、寝チャウト ナニ ガ アッテモ、ワカラナイケドー』
珀黄 「ナニ!? ナニ がって…なにかあるんですかっっ!?」
デンゴン君の一言で、珀黄の不安はさらに倍。
桂花 「助けてあげないんですか」
柢王 「うーん…なにをどう助けりゃいいのか。…なぁ?」
他人事のように笑って、いちゃつく二人。
そして、いつもなら↑そんなふたりにすかさず突っ込むアシュレイも、白熱する珀黄の突っ込みの完全なる傍観者となっていた。
アー 「…やっぱ、3人でって意味だったんだな」
『あしゅれい。我ニモ 詳シク教エテッテバ』
アー 「…いや、おまえにはまだ早い。大人になったら自然と分かることだ
から、な?」
『エエー! ソンナノ ヤダ。我モ、あしゅれいト 同ジコト 知リタイノニィィ…』
アー 「……ああもう、おまえってば可愛すぎ!!」
駄々をこねて拗ねるデンゴン君が、今日もアシュレイのツボにハマったらしい。拗ねてじたばたするデンゴン君を、無理やりギューギュー抱きしめる。
『ウワッ、ク、苦シイヨーあしゅれい』
アー 「あははははっ」
ティア「………珀黄。」
珀黄 「は、はい…?」
それまで珀黄をなだめる一方だったティアの、突然の地を這うような低い声に、珀黄、三度(みたび)びびる。
ティア「珀黄。私はさっきから『大丈夫だ』と『心配ない』と、何度も
言ったね。なのに君は私の言葉を信じない。…私の言葉が
信じられないほど、いったいなにを心配しているのか、
私に理解できるように、4000字以内にまとめて明日一番で
提出してくれ。では解散」
珀黄 「守天様……?」
温厚(?)な守天の打って変わった冷え冷えとした口調に、珀黄はやっとのことで我に返り青くなる。
柢王 「おまえのせいじゃないって。…さ、部屋に戻って休め。俺達も
退散すっから」
そうして、柢王、桂花、珀黄と、事務所部屋を後にする。
アー 「んじゃ、俺達も行くかっ」
デンゴン君とともにアシュレイも部屋を出ようとすると。
ティア「アシュレイは残って。話があるから」
『ソシタラ 我モー』
ティア「デンゴン君はいいから。部屋に戻って」
『デモ…今 戻ルト、我、昆虫 ニ ナッチャウカモ…』
アー 「え!? おまえ、虫に変化できるのかっ!?」
『分カンナイケドー。あうすれーぜ ト 江青 ノ トコニ行クト、おじゃまむし ニ ナッチャウンダッテ…。虫 ニナッテモ、マタチャント 我ニ戻レルカナァ…』
アー 「おじゃまむし…」
ティア「デンゴン君。絶対、虫にはならないから、部屋に戻って、江青に、
珀黄が呼んでるよ、って伝えてくれないか」
『オ願イー?』
ティア「お願いだ」
『分カッター。ソシタラ、あしゅれい、マタ明日ー!』
ティア「…………」
アー 「お邪魔虫なんてっ…。子供に変なこと教えたのは、柢王だなっ。
…明日、きっちりシめてやんねーとっ」
ティア「アシュレイ」
アー 「なんだ」
ティア「君は、私とデンゴン君と、どっちが大事?」
アー 「・・・・・・・」
ティア「…呆れてる? 私だってバカみたいだと思うよ。けど、君、
選挙が始まってから絶対私といるよりデンゴン君と遊んでる
ほうが多いし…。私の前で見せつけるし…」
アー 「はーっ!? なんだ、その見せつけるって!!」
ティア「お風呂だって結局一緒に入ってくれなかったし」
アー 「…風呂って。おまえは馬鹿かっ…!!」
ティア「どうせ馬鹿だよ。………私も人形だったらよかった」
アー 「…………」
ティア「そしたら、一日中君と一緒にいられるのに………」
アー 「……でも、俺は人形とエッチはしねーぞっ」
全身真っ赤に染め上げて、最大譲歩でアシュレイが言う。
ティア「…私とは、する? してくれる?」
アー 「ぎゃーーーーーー!! んなこと、マジに訊くなっっ!!」
自分で振ったくせに、相手から言われるとどうにもサブイボが出てしまう、アシュレイだった。
翌朝。
昨夜、江青が無事部屋に戻り胸をなでおろしたのも束の間、守天の静かなる怒りが気になり、徹夜で仕上げたレポートを持って、珀黄は充血した目で臨時執務室の扉の前に立っていた。
そして、いざノックをしようとしたとき、中から扉が開き、当の守天が現れた。
「…お、おはようございます、守天様!」
緊張の面持ちでそういえば、
「おはよう、珀黄。いい朝だね」
いつにも増して肌つやのいい、ご機嫌な様子。
これならいけるかも!(?)と、レポートを差し出そうとすると…
「こんなに素敵な朝は久しぶりだよ。……珀黄、君にも祝福を」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
光の化身が向けたまばゆい微笑と、突然の抱擁が珀黄を襲った。
最近貧血気味だった珀黄は、そのまま一瞬で凍り付いていた……。
「目指すは、パラダイス――!!
(左手腰に、右は突き上げた拳に人差し指を立て、
不敵で妖しい笑みを浮かべた仁王立ちネフィーの写真)
雇用促進を第一に考える、ネフロニカ です。」
「クリーンな天界を、あなたとともに……。
(まなざし落としのドアップ・ティアの写真)
ティアランディア・フェイ・ギ・エメロード」
選管チェックが入ったらしく、思ったより普通のポスターが街中に張られている。たまに剥がされているのは、候補者の熱烈なファンか、それとも危険なアンチか……。
さて。
選挙戦も中盤に入った、ある夜のティアの選挙部屋。
桂花 「あちらの方、昨日の個人演説会では、背中にありえないくらい
大きな羽根を背負ってたらしいですね」
柢王 「北じゃ、そのためにダチョウ2000羽絞めたって話のか?
……馬鹿馬鹿しい」
冗談だろ、そりゃ。と、この事務所部屋へ来しな、廊下で小耳に挟んだ使い女達の立ち話を思い出し、柢王が呟く。
アー 「…に、にせん…って、う、嘘だろ…っ」
だが、動物好きなアシュレイにそんな冗談は通じない。
桂花 「…珀黄殿は、昨日は偵察には?」
珀黄 「一般道や広場とは違い、個人演説会へは、ちょっと……。
ただ、演説会帰りの者に聞いてみたところ、異様に…いえ、非常に
派手だったと。衣装替えも数回あったそうです。確かに、関係者の
会場入りの際、大量の衣装ケースが運び込まれておりました」
柢王 「…演説会で衣装替え?」
いったいどんな演説会だったんだ? と、柢王はもちろん桂花も隣で呆気に取られる。
江青 「そんなことのために2000羽の命を…? 山凍様に限って、
そんな…まさか…っ」
桂花 「ただの噂ですよ。第一この選挙の実施自体、突然決まったもの
だし、ダチョウを絞めて…なんて、そんな時間なかったでしょう。
そもそも2000羽なんて数字、いったいどこから…」
そんな数字が出ること自体、眉唾物だ。
だが、呆れたように呟く桂花とは反対に、江青の顔色は依然冴えなかったし、アシュレイの表情も固いままだ。
珀黄 「こちらも街の噂ですが。
……聖水も手光も、作ってナンボ、人を治してナンボのもの。
ネフィー様当選の暁には、長生きで楽しい老後が待っている。
今の守天様のケチケチした聖水作りや出し惜しみの手光など、
綺麗さっぱりおさらばして、ネフィー様とともにこの天界を
至上のパラダイスに!……という声がありました。
実際、あちらのマニフェストでは、雇用促進以外の目玉として、
聖水はもちろん、特に手光に対する、今の守天様への批判と、
全ての者達が平等に手光を受ける権利を持つ、手光チケット制の
導入が謳われています」
柢王 「雇用促進って、男の使い女とかいう奴だろ?」
珀黄 「はい…」
桂花 「そんな話、前にもありましたねぇ…」
いったい、天界人というのはなにを考えているのやら…と呆れたように桂花が呟く。
江青 「雇用促進だなどと…。選挙の結果如何では、早々にリストラの
危機に直面する可能性が高い『天主塔使い女協会』はもちろん、
『全使い女協会』は、現守天様派だと聞いております!」
柢王 「ティアの奴、使い女に人気あるしな〜」
そう言って笑いながら柢王が、桂花の淹れてくれたお茶を一口飲もうと碗を口に持っていく……と、一滴もない。おや? と思う間もなく、部屋の気温が急上昇しているのを感じた。
アー 「…ざけんなっ!!」
柢王 「アシュレイ?」
(守天の…ティアへの批判だと…っっ!?)
アー 「聖水だって手光だって、そんな簡単にできると思ってんのかっ!?
アイツはいつだって、自分を後回しにして自分にできる以上のことを
やってきた。山ほどの仕事を、朝から晩まで、休む間もなく…っ。
アイツは…ティアはっ、いつもいつも限界まで無理して頑張って、
守天やってきたんだ…っっ!!」
昔から、いろんなことを我慢して、堪えて、それでも天界や人界のために頑張ってきたティア。
(守天としてのティアの苦労を一番わかってるのは俺だ…!!)
そんな思いが、アシュレイの拳を震わせ、その真っ赤な眼をなお赤く潤ませる。
アー 「…そんなことも分からねぇ奴らに、天界を任せられるもんかっ!
ティアだけが、唯一無二の守護主天だっ!!」
悔しくて悔しくて……。
なにより、ちゃんと言葉で伝えられない自分に腹が立つ。
ティアはずっと頑張って守天やってきたのに……。
「……けど、」
それだけのために生きてるわけでもねーんだ……。
アシュレイの力ない呟きが、小さく部屋に響いた。
柢王 「まあまあ…。熱くなるのも分かるけどな、選挙ってのは結局足の
引っ張りあいだ。煽ったり煽られたり、のせたりのせられたりだ。
出所の知れねぇ噂話くらいで、わだかまりを残すんじゃねーぞ。
それとな、死ぬほど暑いんで、もうちょっとばかり涼しくしてくれ」
アー 「……てめぇっ!」
いつもは頼りになる柢王の冷静さに、今は憎しみさえ感じる。
「柢王殿の言うとおりだな」
アー 「アウスレーゼ…!」
いきなり現れたアウスレーゼに、アシュレイや柢王・桂花と違い、やはりなかなか慣れない珀黄は一瞬びびったが、それ以上に何度遭遇しても慣れない従兄弟の江青の腰を抜かし椅子からずり落ちんばかりの驚きように、珀黄はすばやく反応し、従兄弟の腕を掴み引き寄せる。
アウ 「…………」
珀黄 「え…? わ、私ですか? 私が、なな、なにかっ…!?」
突然現れた美貌の選管委員に無言でじーっと見つめられ(←ちょっと違う)、珀黄は再び、びびった。
『あうすれーぜ、残念ー?』
アウ 「いや…まあな。…ふ。それにしても、デンゴン君は人の表情をよく
読む子だな」
苦笑交じりにそう言って、用件を口にした。
「アシュレイ。選挙は、そなた達だけのものではない。たとえば今ここに候補者である守天殿がいるとする。その守天殿の周りには、守天殿を応援するそなた達がいる。そしてまたその周りには、守天殿を支持する無数の者達がいる。そなた達が知っている者もいれば、名前も顔も知らない者もいる。ただひとつ、守天殿を当選させたいと願う心だけで繋がる者達だ。だがその一心で、もしかしたら、あちらの新人候補や北に不利な行いをする者がおるやもしれぬ。ありもしない情報を流してあちらの妨害を考える者がおるやもしれぬ」
アー 「そんな奴いるもんかっ!!」
アウ 「たとえばの話だ」
アー 「…くそっ」
アウ 「同じようなことが、あちらでも起きていたりしてな」
アー 「まさかっ…」
アウ 「可能性の話だ。だがもしあったとしても、北の山凍殿は、
それでそなたや守天殿に不審を感じるような男なのか?」
江青 「いいえ! いいえっ、山凍様は、北の毘沙王様は、決して
そのような器の小さな方では…っっ!!」
江青の必死な声に、アウスレーゼはそっと微苦笑を浮かべた。
アー 「わかった。俺が浅慮だった。…山凍は、そんなことする奴じゃねぇ。
ダチョウだって…」
あの孔明があれほど信頼している北の王なのだ。
たかが装飾のために、そんな非道なことをするはずがない。
というか、アシュレイは忘れているようだが、ダチョウは北にはいない。南と東の境界辺りの草原に生息しているため、北だけの意向でどうこうできる鳥ではなかったりする。
柢王 (ちょっと考えりゃ分かることだっつーの…。/笑)
アウ 「うむ。この天界を争わせるための選挙ではないのだ」
アー 「……ん」
アシュレイの意気消沈ぶりに比例して、部屋の気温が下がり始めた。
皆がホッ…と安堵の息をついた、そのとき。
『………あしゅれい?』
(ドウシタノ…?)
アウスレーゼに対して力なく頷くアシュレイに、デンゴン君は考えた。
結果――――。
――――――― ビィィィィィ……ッッ!!
アウ 「どわっ…!! デ、デンゴン君っっ!?」
デンゴン君の銀の双眸が光ったと思った瞬間、アウスレーゼ目掛け一直線に眼光ビームが発射された。
『あうすれーぜ、あしゅれいノコト、イジメルナ!』
アウ 「こっこれは、いじめたのではないぞ…こらっ…!
や、やめなさいって」
アー 「…スゲーっっ!!」
ビーム連射のデンゴン君と、不思議な踊りを踊っているかのように飛び跳ねるアウスレーゼを見つめるアシュレイの目は、きらきら輝いていた。
アー 「おまえ、すげぇなっ!!!」
アシュレイの弾んだ声で、デンゴン君のビームが止まった。
『……我、スゴイ?』
エヘ♪ という照れ笑いが聴こえてきそうな人形に、駆け寄り感動しているのはアシュレイだけで、他は全員、ひいている…。
江青 「アウスレーゼ様っ…大丈夫ですかっ…!!」
アウ 「…あ、ああ。すまぬ、江青」
江青 「いえ、いいえ! いつも私のほうが…」
アウ 「悪いが、少々めまいがするので、部屋まで送ってはくれぬか」
江青 「お部屋…へ?」
アウ 「ああ、頼む」
江青 「は、はい…」
――――グッジョブ、デンゴン君!!
桂花 「…柢王、」
柢王 「ああ……」
アウスレーゼの声なき声が聴こえた気がして、ふたりは思わず声をかけあった。
その日(告示日)の夜遅く。
ティアの選挙事務所部屋では早速、「反省会と明日以降の傾向と対策会議」が開かれていた。
メンバーは、ティア、アシュレイ、柢王、桂花、江青、珀黄の6人。
アー 「なにーっ! 北は孔明に乗って回ってただとー!?」
ティア「お、おちついて…アシュレイ」
デンゴン君による公職選挙法では、選挙運動のために隊列を組んで往来するなどの気勢を張る行為は禁止されている。そのためティアは、人数を極力おさえていた。
陣営のイメージカラーである、白にちなんだ白馬にまたがりゆるやかなお手振りで領民達の心を掴むティアと、その周りをガードするアシュレイと天主塔警備からの有志数名(白のハチマキ着用)、そしてその両側では天主塔使い女協会からの派遣使い女ふたりによって、ティアの『微笑みチラシ(香りつき)』が配られた。
南の主だった町のいくつかを回り、その先々の広場で演説し、その際軽く握手会のようなものもした。
そんな地味ーな活動だった。(アシュレイ比)
負けず嫌いでお祭り好きなアシュレイにとって、北が黒麒麟を出してきたことは、明らかに自分達の戦略負けを意味していた。
だがなにより神獣である麒麟を、ましてやマブダチ孔明がそんなことに使われたということこそが、アシュレイには許せなかった。
江青 「アシュレイ様は見ないほうがよろしいかと思いますが…………、
これが珀黄が隠し撮りしてきたあちらの活動報告Vです」
(珀黄、そんなスパイ活動みたいなことしてんのか…!?)
と一瞬アシュレイの気勢がそがれかけたかと思いきや……。
珀黄がハンディカメラから取り出した活動報告Vの映像と音声がプチ遠見鏡に映し出されるや否や、一気にアシュレイの怒りが沸点に達した。
「孔明に…俺の孔明に…なにやらせてんだーーーーーーーーっっ!!」
(俺の……?)
瞬間、アシュレイの発言の中の所有格に、ピンポイントで反応したティアの表情筋がにわかにひくついたが、その孔明にまたがる人物の格好に、ティアは顎が外れそうになった。
--- + --- + ------- + --- + ------ + --- + ----- + ----
山凍 「ネフィー様っっ、孔明の上でポーズはいいです…っ。
普通にお手振りだけにして下さい…!!」
ネフィー「だって皆喜んでるじゃないか。サービス、サービス」
山凍 「ああっ…!! 駄目ですっ…! 出血多量の前に、お年寄りの
心臓が持ちませんーーーーっっ…」
ネフィー「うるさいなー」
山凍 「だ、だからポーズは…っっ…ネ、ネフィー様っっ、しししし、下に
なな、なにも……? なななまあし……!? ……ひ、」
ひーーーーーーーーーーーーーっっっ……!!!!
--- + --- + ------- + --- + ------ + --- + ----- + ----
と言う山凍(?)の大絶叫で、Vは切れた。
ちなみに、執務室を選管に譲っているため、遠見鏡が使えないティアのために、持ち運び便利なプチ遠見鏡がアウスレーゼから特別に無料貸し出しされている。
柢王 「………な、なんか、凄そうだな、向こうは」
桂花 「も、盛り上がってる…というのでしょうか、あれも」
珀黄 「…私は、いつ山凍様の血管が切れるか…もう心配で心配で…。
この身をかけて、ネフィー様をお止めに行こうかと何度も
思いかけましたが……」
柢王 「……このV、ところどころ、妙に真っ赤な飛沫が飛んでんだよな…」
珀黄 「申し訳ございません…! 私の……鼻血です」
桂花 「………おつかれさまでした。珀黄殿」
なんと言っていいか迷った挙句、桂花は一言だけ声をかけた。
ティアとアシュレイにいたっては、言葉もない。
ティア(………暴挙は許さず、とお願いしたのに…っっ)
アー 「…………けて、たまるか」
江青 「…え? アシュレイ様、いまなにか?」
アシュレイの地を這うような低い呟きに江青が訊き返せば、一瞬、アシュレイの身体を炎が包んだ。
「こっちは、明日はギリで行くぞっっ!!」
柢王 「…ギ…リ、って…。待て、落ち着け、アシュレイ!」
桂花 「…死人が出るんじゃないですか」
アー 「そこらじゅうに結界張って、万全でやれば大丈夫だっ!」
珀黄 「だ、大丈夫なんですか…っっ?」
柢王 「ンなはずねーだろ、たぶん」
蒼白な珀黄に小声で訊かれた柢王は、あっさりと答える。
実際のところ柢王は、選挙の勝ち負けに興味はなかった。
それよりも…。
(ティアは、本当に守天になりたいと思ってんのか…?)
守護主天としてのティアを常々気にかけていた柢王は、ティアの真意を測りかねていた。
アー 「…あんなに速く飛べて、あんなに綺麗で誇り高い奴なのに…
許せねえ!!」
珀黄 「申し訳ございません…!」
江青 「ですが…」
珀黄 「江青っ!」
柢王 「いいから話せ、江青」
差し出口を珀黄に咎められた江青だったが、柢王に促されて口を開く。
江青 「麒麟は、ネフロニカ様の勧めにより山凍様のおそばにあるもの。
山凍様の願いもあるでしょうが、麒麟は自らすすんでネフロニカ様を
乗せていらっしゃるのかも……」
柢王 「……おまえら、江青も珀黄も、向こうの新人、知ってんのか?」
江青 「…………」
珀黄 「いえ……あの…っ」
言葉をなくした江青に代わり口を開きかけた珀黄だったが、なんと言えばいいか分からない。
というか、なぜ先代守天のネフロニカが、昔と変わらぬ姿で突然暉蚩城に現れたのか、全くもって分からないのだ。
桂花 「…そういえば、前にこちらが『淫魔の城』と呼ばれていた御代の、
その当時の守天殿の名前が、たしかそんな名前だったような」
桂花の言葉に、柢王も以前執務室で見た目録を思い出す。
柢王 「あ、そーだそーだ! 『男殺し』とか呼ばれてた守天の名前が
そんなんだった!」
アー 「…いんま? おとこごろし?」
先代のこととはいえ、天主塔と守護主天に関わることなので、その場の全員の目がティアに集まる。
ティアも、そろそろ隠しておくのは無理かと思い、だが、なんと説明すればよいものかと迷ったとき。
『ソコマデー!』
江青 「…ひ、ひゃあーーーーっっっ…!」
アウ 「…セーフ。そなたは、本当に危なっかしくて目が離せぬな」
言葉どおり、いままで投票準備の作業の傍ら、執務室の遠見鏡からこの選挙事務所部屋を覗いていたアウスレーゼとデンゴン君。
なにやら話の流れがヤバそうだったので、イエローカードの提示に現れたのだった。
江青 「あ、アウスレーゼ様。…いつも申し訳ございません」
驚きで椅子からずり落ちそうになった江青を抱きとめたアウスレーゼは、満足そうにそのまま膝抱きにして椅子に腰掛けようとする。
珀黄 「…こ、江青…!?」
妻子のある、いい大人である従兄弟が謎の男(だが、位は高そう)に妙な姫扱いを受けている。
珀黄 (……わ、私はどうすれば……っっ!?)
『あうすれーぜ、今、投票ノタメノ作業ニ チョット疲レテ飽キテキテタ。ストレス発散ノタメ、カワイイモノ、愛デタインダッテ。』
珀黄 「ぅわっ!…は、はいっ、わわわかり…いえ、かしこまりてございます!!」
突然、最上界の神(?)に言葉をかけられ、珀黄の心中はてんわやんわだ。
アウ 「それで、新人候補のネフロニカのことだが。彼については、一切
詮索無用。確かに、先代守天と関わるものではあるが、そのことに
ついての他言も厳禁だ。北の山凍殿と珀黄と江青以外は、この
天界で先代についての記憶はないことになっておるのでな」
その場の全員が、それきり誰もなにも言わなかった。
静かに怒るティア以外は。
ティア「……アウスレーゼ様。」
アウ 「ど、どうした、守天殿」
ティア「………あの、あちらの方のふしだら極まりない選挙運動に対して、
どうしてレッドカードを出されないのか、理由をお聞かせ下さい。
なんでキリキリ取り締まらないのか、そのわけを、ご説明下さい。」
アウ 「いや、それは、その…」
『不特定多数ニ対シテノ 行為ナノデ あうすれーぜモ 迷ッテタ。』
ティア「迷うもなにも…。デンゴン君も、選挙運動中のワイセツ行為に関する
規制はないんですか…っ?」
『…わいせつ…ッテ?』
アウ 「ああ、まあ、なんというか、取り締まるべき不適切な行為、という
意味だ」
『…我ノ セイ?』
アウ 「いや、デンゴン君のせいではない。気に病むでないぞ」
ティア「…確かにデンゴン君の責任ではないかもしれませんが、あの方が
立候補した時点で、アウスレーゼ様なら予測できたことなのではあり
ませんか? どうしてデンゴン君に進言なさらなかったんですか!」
アウ 「いや、すまぬ…! あ、明日からは、北に申し付けておくゆえ…」
アー 「ティア、ティア…落ち着けって。心配するなっ。明日は俺も、もっと
頑張るからさ! 絶対、おまえを勝たせてやる…!」
ティア「アシュレイ……」
アー 「おまえ、今までずっと天界と人間界のために頑張ってきたんだ
もんな。絶対、俺が負けさせねえ!」
ティアの今までにないアウスレーゼへの怒涛の突っ込みに、アシュレイはティアの守護主天という尊い立場と仕事への思いと責任を目の当たりにした気がした。
そして、声に出すとともに、心に誓った。
必ず、ティアを守天にすると――。
そんなアシュレイを見て、柢王は思った。
……勘違いは守天を救うと。
『あしゅれい…』
アー 「大丈夫だって。心配すんな。ティアももう怒ってなんかないから。
…そうだ、おまえ、今夜はもう仕事終わったのか? もし終わった
んなら、あとで俺と一緒に風呂でも入るか?」
『ふろ…ッテ、ナーニ?』
ティア「アシュレイ!!」
アー 「…な、なんだよ、いきなり大きな声で」
ティア「だ、駄目だよ。デンゴン君は…、そう、きっと水気厳禁のはずだよ。
……そうですよね、アウスレーゼ様」
ティアの迫力の問いかけに、アウスレーゼも逆らえない。
アウ 「う、うむ。風呂は、守天殿と入れ、アシュレイ」
アー 「なっなっ…なんで俺がティアと…っ!!」
真っ赤になったアシュレイに、よくわからないが残念なデンゴン君。
『我、駄目ナノ? あうすれーぜ』
アウ 「また明日、アシュレイに遊んでもらえばよいではないか」
『ウン。ソシタラ、あしゅれい、マタ明日。我、仕事ニ戻ル。』
アー「おう、また明日な!」
アウ「では、失礼する。…江青、またな」
そういうと、ふたり(?)は現れたときと同様、あっという間に消え去った。
珀黄 「…なぜ江青にだけ?」
江青 「さあ……」
不審がる珀黄をよそに、江青の頬はほんのり赤く染まっていた。
(…妻帯者殺し)
柢王と桂花とティアの心の声は、幸い(?)誰にも聴こえなかった。
『天主塔ニュースの時間です。今日告示された守護主天選挙は、現職のティアランディア・フェイ・ギ・エメロードと、新人のネフロニカ・フェイ・ギ・エメロードが立候補し、現職と新人の一騎打ちとなりました。第一声はそれぞれ、現職が天主塔前、新人が北領・暉蚩城前で、午前と午後という時間差で行われました』
柢王 「とうとう始まったか〜」
桂花 「…あなた、まだこんなところにいたんですか」
扉を開けて中に一歩踏み入れた途端、どこかのんびりとした口調に桂花は顔をしかめた。
こんなところ、とは、天主塔・臨時執務室。
守天選の間は、選挙管理委員会が執務室を使うことになったので、別室に臨時執務室が設けられた。
おかげで桂花は、要りようのものがあるたびに、執務室と臨時執務室の往復を余儀なくされている。
桂花 「今日は文殊塾で剣術指南の授業がある日だったんじゃ?」
柢王 「あれな、再来週の分とまとめてすることにした」
桂花 「…またいい加減な」
柢王 「つーか、四海が休んでいいってさ。たぶん、ティアの味方になって
やってくれってことなんだろ。でも表立って動くとうるさいからな〜」
…血の繋がったかまびすしいハエがあなたにはいらっしゃいますからねぇ。と心で思ったが、桂花はただ柢王を冷たく見るだけに留めた。
桂花 「だったら、ここじゃなくて事務所部屋に行って江青殿の手伝いでも
してきたらどうですか」
一応柢王は、三男とはいえ東領の王子なので、とりあえず裏方でティアを支えようと……思っているらしいのだが、選挙事務所ではなく、たいていこの臨時執務室に入り浸っている。守天の仕事の分類・整理をしている桂花のそばでくつろぎっぱなしの毎日だ。
柢王 「江青かぁ…。お邪魔虫にはなりたくねぇしなー」
桂花 「は?」
柢王 「そりゃそうと、なんでティアは朝から晩まで帰ってこないんだ?」
選挙期間中、ティアは午前中は選挙で天界中を走り回っているようなのだが、午後には戻ってきているはずなのに、なぜかいつも姿が見えない。
『ソレハ、秘密デス。トリアエズ 言エルコトハ、公職選挙法デ 定メラレタ 約束ダカラ、デス。候補者ハ、皆、平等。』
実は、柢王が気づいてないだけで、ティアは一応戻ってきている。ただ速やかに執務室で新人候補と交代し、遠見鏡から北に直行しているだけで。
桂花 「…なにか御用ですか?」
突然現れたデンゴン君に、一瞬目を見張ったものの柢王も桂花も冷静だ。
『あしゅれい、知ラナイ?』
桂花 「…いませんよ、ここには」
『嘘。つんつん、あしゅれいト友達。つんつん、あしゅれいニ 会ワセテ』
桂花 「なんで吾が友達なんですか。吾と彼とはいつも喧嘩ばかりでしょう」
『ダッテ、喧嘩スルホド 仲ガ 良イッテ』
桂花 「誰が」
『あうすれーぜ ガ。』
桂花 「残念ですが、大嫌いです、お互いに」
『…キライ キライ モ、好キノ ウチッテ』
桂花 「誰が」
『あうすれーぜ ガ。』
桂花 「とにかく、猿はいませんよ」
『サル…? ナニ、ソレ??』
柢王 「猿ってのはな、馴れればすっげぇ可愛いんだけど、喜怒哀楽が
激しくて、なかなか手に負えない野生の生き物のことだ」
『フゥーン…』
柢王 「ところで、その、ツンツン、てのは桂花のことか?」
桂花 「そうですよ」
デンゴン君より早く桂花が応える。
柢王 「…どういう意味だ、そりゃ」
桂花 「別に」
柢王 (別に…って)
そんな妙な名前で呼ばれて桂花がなにも言わないのはおかしい。
『アノネ、』
桂花 「教えなくていいです」
柢王 「や、教えてくれ!」
『…ドッチ?』
柢王 「桂花は知ってんだろ? だったら俺にも頼むっ!」
『つんつん、イーイ?』
桂花 「……お好きなように」
『アノネ、』
柢王 「うんうん」
デンゴン君、柢王と桂花を交互に見て、口を開く。
『教エナーイ』
柢王 「……なんじゃ、そりゃーーー!!」
柢王も、どうしても知りたいというほどではなかったが、思わぬ肩すかしにがくっとくる。
『つんつん、あしゅれい ハ?』
桂花 「今日は、守天殿と一緒に南の領内を回ってるはずなので、そろそろ
戻ってきますよ」
なんだかんだ言いつつ、桂花もデンゴン君に親切だ。
『帰ッテキタラ、遊ンデクレルカナー』
桂花 「ここに寄ったら伝えておきます。あなたもお仕事に戻って下さい」
『分カッター。民主主義、バンザーイ!』
そういい残し、デンゴン君はスルッと消えた。
そして、ここはティアの選挙事務所部屋。
仕事に戻るはずのデンゴン君。
これまたティアの選挙部屋に入り浸っているアウスレーゼを呼びに来たらしい。
『アレ? 江青、寝チャッタノ?』
アウ 「疲れておったみたいなのでな。休ませた」
『…ドウヤッテ?』
アウ 「子供は知らなくていいことだ」
『……オ邪魔虫?』
アウ 「ん? なにがだ?」
『分カンナイケド、サッキ 覚エタ。つんつん ノ 相方 ガ、ココ来ルト オ邪魔虫、ッテ。我、今、昆虫?』
アウ 「……いや。大丈夫だ。デンゴン君はデンゴン君のままだ。
安心しなさい」
『ヨカッター』
なにがよかったのか、アウスレーゼにも分からないが、デンゴン君がよかったのなら、まあいいか、と思っておくアウスレーゼだった。
アウ 「ところで、アシュレイには会えたか?」
『あしゅれい、てぃあらんでぃあ ト、オ仕事ダッテ。』
アウ 「ああ、選挙運動中か。臨時執務室に誰かおったのか?」
『つんつん ト 相方』
アウ 「桂花と柢王か…」
そういうと、アウスレーゼはククッ…と笑った。
アウ 「デンゴン君くらいだろうな。そんな呼び方で許されるのは」
『ナンデー?』
アウ 「…まぁ、その愛称の由来があの魔族の気に入ったのだろうな」
『ナニガー?』
デンゴン君にはよくわからない。
三界主天様・作で、そのメッセンジャーで、自称・神ではあっても、創造されたばかりのいわば赤子同然なのだ。
その頃。
夜中戻ってきた守天が、溜まった書類の処理を少しでも早く終えられるよう、鋭意分別作業中の桂花が孤軍奮闘する臨時執務室。
柢王 「ヒマだなー。なぁ、桂花ぁ…」
桂花 「吾はヒマじゃありません」
柢王 「俺はヒマなんだって。なぁ…桂花……桂花って。……け、い、かっ」
そう言って、作業中の桂花のすぐ横においた長椅子に寝そべった柢王が、桂花の髪を指に絡めて甘えてくる。そうしてそのまま絡めた髪を自分の口元に持って行ったり、軽くひっぱってみたり。
柢王 「お茶にしようぜ。なっ、桂花」
桂花 「…………わかりましたから、ひっぱらないでください」
根負けして、手にした書類の束を置いた桂花は、ふと人形の言葉を思い出した。
『髪ノ毛 つんつん ヒッパラレテ、ナンデ嬉シソウダッタノ? 痛クナイノ?』
意外な言葉に、自分がなんと答えたのか覚えていないが、続いた人形の言葉は覚えている。
『ダッタラ、我ハ つんつん ッテ呼ボウット。ソシタラ つんつん サレテルミタイニ 嬉シク思ウー?』
柢王にされてることだから自分は嬉しく感じるのだろうと思ったが、人形の言葉がなんだか微笑ましかったので、桂花はつい「お好きなように」と応えてしまった。
柢王 「…そういや、ツンツン、ってさ、おまえがツンケンして見える、ってこと
だろ? 失礼な人形だよなー」
桂花 「・・・・失礼なのはあなたでしょう」
柢王 「はーっ!? なんだよ、それっ。…桂花っ、桂花って!」
そっぽを向いてしまった桂花の髪をツンツンひっぱって訊く。
それが答えですよ、なんて絶対教えてやらない。と、桂花は思った。
(↓以下は、NO.98〜NO.99「蒼天の行方」とここの前後の「統一地方選挙」のミックス(?)になってます。軽く…深く追求せずに、軽く読んでいただければ…幸いです)
後戻りはできない。
自分の意志でここまで来たのだ。
……掌に、爪が食い込むほど強く拳を握り締める。
懐かしい空に背を向けて、声にならない痛みに堪えるように、桂花は強く目を閉じた。
そうして、次に目を開けたとき。
「…………っっ」
桂花は目の前に立つ物体に、思わず息を呑み、部屋の隅まで一気に後退った。
『つんつん、久シブリ。』
「…ど、どうして、あなたがここに」
『遊ビニ 来テミタ。』
「来なくていいです」
『つんつん、冷タイ…』
「冷たくて結構。さようなら」
『ダッテ、我、ココデ あしゅれい ト 待チ合ワセ中』
「ここでって…」
なんて傍迷惑な……。
そう思い、桂花が懐かしい(?)デンゴン君を追い返そうとしたとき、扉が開いた。
「桂花! 大丈夫…か…? なっ…なんだ、それはっ!?」
桂花を心配して急いで戻ってきたカイシャンの目が、奇天烈な銀人形に釘付けになる。
『ソレ、ッテ……。失礼ナ 子供ダナ』
「うわっ、なっ……こいつ、喋ったぞ! 桂花、聞いたか!?」
『コイツ、ッテ。つんつん、言ッテヤッテ。モウ。……我ハ 神ナリ。オマエ、チョット失礼スギルゾ。つんつん2号』
「2号…って。なんですか、それは」
『ダッテ、ソイツノ髪ノ毛 少シダケド つんつん 立ッテル。』
「…………」
前はもっとツンツクツンで、やっとでここまで収まってきたところなんだとは、カイシャンの前ではいえない桂花だった。
「桂花、桂花、凄いぞ!! おまえ、ゲルでこんなもの作ってたのか!? 陛下もこれを見たらきっと驚くだろうな。…桂花、これ陛下に見せてきてもいいかっ!?」
だが当のカイシャンは、人形の言葉を聴いているのかいないのか(たぶん聴いてない)、おおはしゃぎだ。
桂花もそんなにキラキラした期待の瞳で尋ねられては、嫌とはいえない。
「…吾も行きます」
そういうと、桂花はデンゴン君をひょいと持ち上げ、カイシャンとともに部屋を後にした。
『チョット待ッテ。つんつん、ドコ行クツモリ? つんつん! つんつん ッテバ!!』
そうして、フビライの御前。
『ナルホド、ソナタガ ふびらい カ。』
ときに甘えん坊なデンゴン君だが、腐っても三界主天様・作。締めるときは締める人形だ。
「おおっ…。なんと見事なからくり人形じゃ!」
「いえ、まあ…その…」
「桂花、この人形、儂に譲ってはくれぬか!」
そう言って、桂花の手の中のデンゴン君を奪い、自分の目の前まで持ち上げ見とれるフビライ。
「見れば見るほど、なんと面妖な…」
『……子供バカリカ ジジイ マデ 失礼ダナ』
「はっ! なんとおもしろい! このフビライをジジイとは!」
楽しげに笑うフビライに、桂花は冷や汗タラタラだ。
「陛下、それは吾が作ったのではなく…」
「なんと! ではどこの誰が!?」
「………」
桂花にしては歯切れの悪い物言いに、フビライも気にかかる。
「陛下」
そこへカイシャンが声をかけた。
「陛下、それは、神なのだそうです」
「神、とな?」
「はい、それが自分でそういいました」
「ほぉ…。ますますおもしろい!」
『オモシロクナイヤイ。つんつん、あしゅれい ハ? 我ハ、あしゅれい ト 遊ビタイ』
「神は、あしゅれい、とやらを所望か!?」
『ウン』
「で、あしゅれい、とは神のなんなのだ?」
『あしゅれい ハ… 』
と、デンゴン君がうっとりとアシュレイについて語ろうとすると…
「残念ですが、ここまでです」
『ナニガ?』
デンゴン君のあどけない質問など気にもとめず、桂花は声をひそめて続けた。
「陛下、この人形は吾が作ったものではありませんが、実はこの人形には呪いが…」
「なんと!?」
「ほら、ここに…」
と、桂花はフビライから人形を受け取り、デンゴン君の額を指差す。
「なんじゃ、それは…」
「陛下…。これこそが、呪いの『選管マーク』なのです」
「…だから。なんじゃ、それは」
「これは、国や領地を治める王のところに突然現れ、その地位から引き摺り下ろしたり、治世を混乱に陥れる人形であり、この印はその混乱を見守り管理する、邪悪な印なのでございます」
「…よくわからんが、よくないものだということか…?」
「はい」
桂花の答えに、フビライはいまだ意味不明ながらも、さきほどの桂花の歯切れの悪さにもようやく得心がいった。
「普段はお茶目な人形なのですが」
「ふぅむ…」
ふたりが声を潜めて話し出してから、カイシャンは少し下がっていた。
そのカイシャンに、人形が不思議そうに話しかけた。
『…オマエ、確カ つんつん ノ 相方 ダロ? ナンデ チッチャク ナッタンダ?』
…は?とカイシャンが聞き返そうとした瞬間、
「ああっ…!!」
桂花が盛大にうめき声をあげてその場にうずくまった。全力でデンゴン君の口を封じながら。
「どうした、桂花!」
「桂花殿!」
フビライや周りに控えていた者たちの声があちこちであがる。
「桂花っ、まだ具合が悪かったのか!? 陛下っ…!」
「うむ。ひとりで大丈夫か?」
「はい!」
カイシャンは、すぐに陛下に退出の許しを得、桂花を抱き起こしてその場をあとにした。
「…ごめん。俺がその人形を陛下に見せに行くって言ったから…。だから、おまえまだ具合よくなかったのに…」
桂花を支えてゆっくり歩きながら、カイシャンは桂花に謝った。
「吾は、いつでも自分の意志で動きます。あなたのせいじゃありませんよ」
「…桂花」
『・・・ク、苦シイッテバ、つんつん…!』
「…あ、ああ。すみません」
桂花は、塞ぎっぱなしだった人形の口から自分の手を外した。
『モウ、死ヌカト 思ッタジャナイカ!』
(死ぬんですか? というか、息してるんですか?)
と心で疑問がスパークしたが、桂花はそこらへんを一切スルーした。それは桂花が長く生きる中で自然と身につけた処世術のひとつだった。
「おまえ、呼吸してるのか!?」
驚いたようにカイシャンが叫ぶ。
『生キテンダカラ、当然ダロ!』
「おまえ、生きてるのか!?」
『我ガ 死ンデルヨウニ 見エンノカ!』
……たとえ柢王の転生とはいえ、この目の前の子供はまだこの世に生を受けてたった10年…もうすぐ11年にしかならないのだ。
スルー、などという高級テクがあろうはずもない。
だが、この馴れた感じのボケとツッコミはなんなんだ一体…。
桂花は、真剣に頭痛を覚えた。
「桂花、桂花っ! この人形、すごく可愛いなっ!」
『…ナンダ、オマエ、イイ奴ジャナイカ。』
「…………カイシャン様。大変申し訳ございませんが。」
「なんだ?」
「この人形のことはお忘れになって下さい」
「…なんでだ?」
「この人形は…」
そのとき、ふたりを閃光が包んだ。
『あしゅれい ガ 来タカラ 行ク。つんつん、マタナ』
「…ったく、なんでこんなとこ待ち合わせ場所にしたんだよ」
『ダッテ、つんつん ト 相方 、人間界デ ドウシテルカナッテ思ッテ。あうすれーぜ、教エテクレナインダモン。…デモ、一緒デ ヨカッタ。』
「…全く、おまえは可愛い奴だよな」
まばゆい光りの中で、桂花の目に、赤い光が銀の光を愛しそうに腕に抱いて空に上っていくのが見えた。
「…い、今の、なんだったんだ、いったい」
カイシャンの問いに、桂花もしばし言葉が見つからない。
「でも…空耳かもしれないけど、俺、なにか聴こえた気がする」
「え…?」
「桂花は聴こえなかったか?」
「…なんて?」
「たぶん、あの人形の声だと思うんだけど……安心した、って」
(安心した……?)
それは…いったいどういうことなのか…。
桂花には、言葉の意味がつかめない。
ましてや人形の心など……。
それでも桂花は、なぜか、とても泣きたい気持ちに襲われていた。
(終)
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